44話目
光太郎はゆえと別れ下校する事にした。歩きなれた道を歩いているはずが、魔獣に監視されていると言う恐怖によっていつもと違う風景に見える。
「なぁ、アナエル。あの何とかと言う魔獣はどうなっている?」
「ステュムパリデス? どうもこっちを監視しているみたい★」
光太郎は不安そうな表情をする。
「どうして僕がマークされているのさ!? これまでやってきたのは通り魔まがいの男を懲らしめるのと、やくざの事務所に突撃して張り倒して逃げてくるのと・・・・・・十分すぎるくらいに思い当たる節があるじゃないか!」
光太郎の一人ツッコミ。
「光太郎大活躍だね☆ これで魔術書の所有者にも一目置かれて危険視されるようになった、と。良かったね☆」
「全然良くない! 僕の日常がどこかへ行ってしまいそうだ・・・・・・」
光太郎は意識が朦朧とし、くらくらとしている。
「私を召喚した段階で君の日常はエクストラモードに突入したから☆」
「自分の人生、通常モードもどうにもなっていなかったのになぜにこうなった!」
「良かったじゃないか。現実的な悩みを抱えていた君は、ラノベ主人公的な問題に悩める事になったんだから。後はフラグ管理をしっかりやっていれば、ハーレムエンドも間違いなし☆」
「なんだって!? 少しだけやる気が出てきたよ!」
光太郎は目の前に人参をぶら下げられた事に気がついていなかった。それは絵に描いた人参である。
「まぁ、そんな展開を神が許すかだけれどね★」
「そんな先の話よりも今の問題の方を何とかしようよ。鳥の魔獣、撃ち落せない?」
アナエルが感覚で相手との距離を測っているようだ。
「うーん。遠くて無理★ もうちょっと距離をつめれば何とかなるかも☆」
「このまま家を特定されたくないよ! どこかに立ち寄ろう!」
光太郎達は一旦近くの公園へと避難した。そこはかつてヘルハウンドが不良達を襲っていた公園だった。
光太郎が自販機で大好きなコーラを買って、公園内のベンチに座った。アナエルも隣に座る。
「まだ魔獣がこっちを監視しているね★ 狙いがなんなのかわからないから、どうしようもないよ」
アナエルは魔獣の隙をうかがっているようだった。必殺の間合いに至れば対処はできるようだが、相手ははるか上空に滞空している。
「これで家まで特定されたら、もう安らかな睡眠は得られそうにないや・・・・・・」
「預言者たるもの自分の命を狙う輩の10人や20人はいないと☆」
「それは嫌過ぎる! そんな人生を現代日本で歩みたくない!」
光太郎はコーラのボトルを開けて、喉に一気に流し込んだ。何か気晴らしでもしていない時が休まらないのだ。
「光太郎君じゃないか?」
唐突に聞こえてくる男の声。光太郎が声のする方角を見ると、なんと冥堂寺が立っていた。
「空耶さん?」
「あぁ、たまたま近くを通りかかってね! もしやと思い声を掛けてみてよかった」
冥堂寺は晴れやかな笑顔を浮かべている。
「そうだ、この間は魔術書をありがとうございました」
光太郎が頭を下げる。
「気に入ってもらえたかな? 本物と思わしき魔術書があったからね。これはと思い譲ったが良かったかな?」
「空耶さん。あれは本物の魔術書のようでした。下手に手を出さないほうが良さそうですよ」
光太郎の言葉に、冥堂寺はおや? といった顔を浮かべた。
「それは解せないな。本物なら良かったではないか? 魔術書の力を手に入れられるんだ。人生が180度変わると言うものだよ」
「魔術書は危険だと思います。迂闊に用いてはよいものではないかと・・・・・・」
「わからんね。魔術を用いれば、君を苛めた連中も見返してやることが出来る。仕返しをして思い知らせてやったらいい! 魔物でも召喚すれば、いじめっ子たちを痛めつける事も容易だ。これまで受けた君の痛みを彼らにも存分に味あわせてやったらいい!」
冥堂寺は笑顔のままだった。しかし、その言葉は光太郎に復讐を行わそうとしている。
光太郎は冥堂寺の言葉に押し黙った。
「・・・・・・暴力に暴力で対抗するのは良くないと思います」
光太郎の言葉を聞いた冥堂寺はつまらなさそうな物を見る目で光太郎を見下した。
「非暴力、不服従とでも? 君はかのガンディーのような主義を掲げる人物かね? しかし彼の生涯も暗殺によって終わっている。彼のように末期の瞬間に神に祈るような、そんな道でも歩むつもりかね」
「・・・・・・僕はそれでも相手と同じような人間にはなりたくありません。生き方だけは彼らと同じとは、決してなりたくない」
「わからんね。光太郎君。痛みを知らぬ者は、平気で人に痛みを与えるものだ。理性も知性も持たぬ獣を相手にするのに言葉も理想も通用しない。力を振りかざす者は力によって支配されるのが常だ。その摂理に従って、彼らに思い知らせるべきではないかね。彼らの振りかざす主義によって彼らを支配する。暴力によって人を従えようとするものには暴力によって」
「・・・・・・僕はそうは思いません。僕は、できる事なら強く正しい人間でありたい。痛みや苦しみを知る者が、同じ物を他者に与えていいだなんて僕は思わない」
光太郎は初めて己のありたいと思う姿を人に打ち明けた。
・・・・・・無言になる冥堂寺。やがて彼は拍手をする。
「すばらしい。君は理想論者だね。それが実現できる事を私は祈ろう! しかし、もしかしたら君の気が変わるかもしれない。魔術書はそのまま持っていたらいい。君の役に立つ日が来るかもしれない。では、私は失礼するよ。またね、光太郎君」
冥堂寺はにこやかな笑顔に戻っていた。彼はその場を立ち去っていく。
そして冥堂寺の姿が見えなくなった頃……。
「光太郎! すばらしい! 君の目指すありようは聖者の道だ! 人から疎まれる事もあるだろう。しかし、その道は間違いなく君の為の茨の道だ! もっとも困難な生き方を貫き通そうとする。そんな者の前に天使は姿を現すんだ☆」
アナエルは非常にハイテンションだった。これまで出逢った後では一番といってよい。
「茨の道って・・・・・・それはそれでなんだか嫌だなぁ」
決意に水を差される光太郎であった。
「あっ、いつの間にか空の魔獣が姿を消している」
アナエルは空にいたはずの魔獣を探す。しかしどこにも姿はなかった。
「どこかへ行ったのか。ふぅ、今日は安全に家に帰れそうだな」
光太郎は安堵した。二人はそのまま帰路に着く。その日はそれ以上何も起こらなかった。




