36話目
学校を出て、近場のネカフェに入る一行。光太郎とゆえはカップルシートに座ってパソコンを見つめていた。
「関東ざやく組の情報が出てきたわね。神保町周辺に根ざしているみたい。こいつらを叩いておけば、あなたの好きな街の治安も少しは良くなるんじゃないかしら」
ゆえが光太郎のやる気を出させようと話を振る。
「僕にそこまでの献身性を求められても困るよ。どうしてゆえさんはそんなに平気そうなのさ?」
光太郎の言葉にゆえは意外そうな表情をした。
「それは天使達が未来を見て問題ないと判断しているからに決まっているでしょう。もし召喚者に悪影響が出るならば、天使達も無理は言いません。あなたは天使が未来視をできるのは知らないのかしら?」
その話は光太郎も知っていた。だが、それがどれほどの精度でどれくらいすごい事なのかは知らなかった。
「それは知っているけれど・・・・・・具体的にどういうことなのかは知らないかな」
「あなた達は召喚してまだ日が浅いのでしたわね。信頼関係の構築が望まれるわ。あなたはもっと天使の事を知ろうとするべきなのよ。彼女はあなたにとって、もっとも身近で信頼を置ける隣人なのよ?」
ゆえはザフキエルにかなりの信頼を置いているのだろう。高位の天使だから信用するに値するのであろうが、アナエルが見習い天使だとわかった光太郎には、アナエルを頼るという事に一抹の不安を覚えるのであった。
「彼女がすごい能力を持っているのは知っているけれど、いまいちありがたみがわからなかったから・・・・・・」
「あなたは天使に見初められるという事の幸運をもっと理解したほうがいいわね」
「ゆえさんはザフキエルを信頼しているようだけれど、一体召喚してからどのくらい立っているのさ?」
ゆえが光太郎の言葉に過去を思い出す。
「そうね、ざっと10年かしら。私が始めてザフキエルを召喚したのは大体6、7歳の頃。父が趣味で購入した古書の中に預言書があったの。父がいないときに書斎に忍び込んだ私は預言書を手にとって、その時にザフキエルを召喚したわ。しばらくザフキエルは私の見えないお友達扱いだったわね。彼、しばらくは霊体のままでいたから」
ゆえはふふっと笑った。
「10年! そんな長い間ずっとこんな事をしてきたの?」
「魔術書探しをするようになったのは高校生になってからよ。それまではザフキエルは私のよき相談相手になってくれていたわ。10年と言う月日、一番身近にいてくれたのがザフキエルよ。私は彼に感謝しているわ。私の人生を導いてくれた事にも。彼は座天使達の指導者。よき指導者でもありますから」
ゆえのザフキエルへの信頼は磐石なものだった。それほどの月日とともに過ごしているから信頼できるのだ。それは能力への信頼だけでなく、人格への信頼も含んでいた。それは最近バディとなったばかりの光太郎とアナエルにはないものだった。
光太郎とゆえはネカフェを出た。外ではザフキエルとアナエルが待っていた。
「どう、ザフキエル。関東ざやく組のことはわかったかしら?」
「お二人が情報収集をしている間に調べておきました。構成員は30人ほど。昨日書物を持っていたとされる男は関東ざやく組の組長と思われます。監視情報からアナエルの証言と一致する男がいましたので、間違いないかと」
光太郎は再び目の前が真っ暗になる思いだった。末端構成員なら何とかなりそうでも、組長に手を出しては組そのものに追われることになってもおかしくはない。
そんな光太郎の胸中など知らないゆえが「では行きましょうか」と先を促す。
光太郎が決心を付けかねているうちに、どんどん目的地が近づいてくる。ゆえやザフキエルは普段どおりだったが、アナエルはいつも以上に生き生きとしていた。
「何でお前そんなに嬉しそうなんだよ?」
「なぜって、私は運命を知っているから!」
「運命? 今回のことがうまく行くって言う事の?」
「それもそうだけれど、私が考えているのはそれだけではないからね☆」
アナエルは非常に上機嫌だった。これから討ち入りに行こうと言う者の態度とは思えない光太郎には腑に落ちないものだった。
それを見ていたザフキエルが笑った。
「アナエル。あなたは照れ隠しで言うべき事を言わないから彼の信用を勝ち取れないのですよ?」
ザフキエルの言葉に、アナエルがどきんとしている。
「ザ、ザフキエル様! いやだなぁ。まるで私が何か隠し事をしているみたいじゃないですか!」
「あなたが召喚者を大事にしようとしている事はわかりました。彼に安易な道を選ばせない事も」
「ちょ、ちょっと。なに気になる事を話し合っているのさ!」
光太郎はアナエルとザフキエルの会話に居ても立ってもいられなくなった。安易な道を選ばせないとか、すごく不吉な内容だったからだ。
「皆さん。おしゃべりはそこまで。目的地が見えてきました」
ゆえが周囲に注意を促す。ついに関東ざやく組の事務所が見えて来たのだ。ビルに看板が出てきるから間違いない。
「あぁぁあぁぁ!」
光太郎が声にならない声を上げる。
「ザフキエル。正義を為すからには堂々と正面から、だったかしら」
「その通りにございます。ゆえ様」
「では光太郎君。ちょっと変わった場所へのデートと行きましょうか?」
ゆえは冗談を交えていたが、それでさぁ行こうと言う気分にはなれるわけが無い光太郎だった。
「むむむ、無理だよ!」
光太郎は及び腰の逃げ腰になっている。
「あら、ふられてしまったわ。残念ね。では私たちだけで結構。行きましょうか、ザフキエル」
ゆえとザフキエルはずかずかとやくざの事務所に上がりこんでいった。
「う、うわぁ。なんであんな真似を平気で出来るんだ!?」
光太郎はおろおろしながら成り行きを見守るしか出来なかった。




