34話目
そして本に関するあれやこれやと一時間ほど会話する。
「いやぁ、嬉しいね。昔は私も読書ばかりをやっていて、よくよく苛められていたものだよ。周りの連中は何て馬鹿ばかりなんだろうと思ったね」
冥堂寺のさりげない一言。この一言に光太郎は強く共感した。
「本好きだって知られると、おとなしいやつだと思われて苛められてばかりで・・・・・・」
光太郎はこの人になら自分の苦悩がわかってもらえるかもしれないと、自分の抱えていた悩みをカミングアウトした。
「ふむ。君は随分と苦労したんだね。君の価値観を理解できるのは、高尚な意志を持った人間に限られるだろう。下賎の輩に理解は不要だよ、光太郎君。君を苛めるようなやつらはもとから程度の低いやつらと言うわけだ。相手にするだけ時間の無駄だ」
冥堂寺は優しげな言葉を光太郎に投げかける。光太郎はようやく理解してくれる人間が現れたと安堵した。
「今度僕のお気に入りの古書をお貸ししますよ!」
その台詞は光太郎の中で最大限の友好の証だった。
「それはすばらしい! そうだ、連絡先の交換をしよう」
光太郎は冥堂寺と連絡先の交換をした。
光太郎はお礼を言った。その時に横のアナエルが放置状態だったことに気が付く。
「そうだ。空耶さん。魔術書と言うものを持ってませんか?」
「ん? 魔術書かね?」
「えぇ、横のアナエルが魔術書関連に興味を持っていまして、古書でそういうものは内科と探していたんですよ」
「へぇ、中々良い趣味をしている彼女さんじゃないか! 僕のコレクションにあったかな? 今度探してみるよ」
「ありがとうございます!」
「そうだ、私はこのあと用事があってね。彼女さんともうしばらくここでゆっくりしていったらいい。では、さらば!」
冥堂寺はブックカフェを駆け足で出て行った。
「いやぁ、すばらしい人だなぁ!」
光太郎は空耶にかなり興味を引かれていた。同姓の本好きとなると初めての出会いだったのだ。同年代の同姓はスポーツとか漫画やゲームにしか興味のないやつらばかりだった。だからかなり嬉しかったのだ。
「さぁて、どうだかね★ あの人の運命、いまいちはっきり見えなかったし、なんだか嫌な感じだなぁ」
アナエルは放置された事にいじけてぶすくれていた。
「ん、なんだ? もしかして妬いているのか?」
「そんなわけありませーんー! というか、普通一緒にいる女の子を放置してついて行っちゃう? 信じらんないんですけど★」
「あーはいはい。面倒くさいなぁ、もう」
「あー、そんな事だから女の子にモテないんだぞ★」
アナエルは不機嫌な顔で人差し指を立てた。
「ははん! 自分は今、女よりも同好の仲間を必要としている! ようやく見つけた同類なんだ!」
「自己投影しすぎて、相手の本質が見えなくなっても知らないんだから★」
二人の間にギクシャクとした空気が流れる。そんな矢先、通りで何か騒ぎがあったようだ。
「ん? なんだろう。何の騒ぎ?」
会計は冥堂寺が済ませていたので、そのままカフェを退店する。二人が通りに出ると、大勢の人が逃げ惑っていた。
どうやら何かの騒ぎが起きているようだ。
光太郎が人の流れを掻き分けて騒動の大元の場所を見ると、やくざ同士が抗争している真っ最中だった。
「おどれ、こんな真似してただで済むと思うなよ!」
やくざが長ドスを抜いている。それに対抗するやくざはなにやら書物を持っていた。
「ただで済ませるわけが無かろう! 出でよ、グリフォン!」
もう片方のやくざが書を掲げると書から金色の輝きが漏れ出して、やがて大きな塊となる。光が消えると、そこにはライオンの胴体に鷲の頭と羽と手足をもった魔獣が姿を現した。
「な、なんじゃこりゃあああ!」
長ドスを持ったやくざが驚愕の声を上げている。周囲の人々の悲鳴も一段と激しい者となった。
「あれはグリフォン!」
アナエルが驚いている。
「アナエル、あれももしかして・・・・・・」
「そう。魔獣だよ。退治しなきゃ☆」
アナエルがやくざ同士の抗争に突入しようとしている。それを光太郎が羽交い絞めにして止める。
「ま、まて! やくざ同士の揉め事に首を突っ込むんじゃない!」
「放して! これじゃ魔獣を倒せない!」
「だから状況を見てからそうしてくれ!」
光太郎は必死でアナエルを止めている。
その間に長ドスを持ったやくざは逃亡して行ったようだ。
書物を持ったやくざが高笑いしている。
「すごい! すごいぞ! こいつは本物だ! ははは! これで俺の天下が、関東ざやく組の時代がやってくる!」
グリフォンの姿が掻き消える。どうやらお試しで呼び出したようだった。書物を持ったやくざもその場を逃走して行った。
後に残るのはとんでもない者を目撃した人々。「あれはなんだったんだ?」「もしかしてなんかの撮影?」「CGって現実に映し出すものだっけ?」と、そんなやり取りが行われている。
しばらくして騒ぎを聞きつけた警官達が駆け込んでくるが、時既に遅しであった。警官が事情聴取を行おうにも目撃者達の現実離れした話ばかりが飛び込んでくるので、警官達も届出なしの何かの撮影が行われていたと判断して去って行った。
「もう、光太郎。なぜ止めるのさ!」
アナエルは怒っていた。目の前の魔術書所持者を逃がした事もそうだが、魔獣を目の前にして戦いを放棄させられたことが納得いかないようだった。
「相手はやくざだぞ! 下手に関わったら大変なことになる!」
「そんな些細な問題で!」
「まてまて、天使のお前には些細でも人間には大変な問題なんだよ!」
「もう、逃げられちゃったじゃないか★」
「ケンカをするなら相手を選べって僕は言ったよね!?」
「これはケンカではありません。正義の為の戦いです☆ すなわち聖戦★」
アナエルの興奮は止まらないようだ。
「そもそも、今日の魔獣はヘルハウンドじゃなかったみたいだし、一旦出直しだ!」
「あれはグリフォン。中級の魔獣だよ。ヘルハウンドよりは格段に強い」
「だからおかしいよ。この間まではヘルハウンドを呼び出す写本だったようだが、今日はそれより上位の魔獣が召喚されている。もしかしてやくざが原典を持っているの!?」
光太郎は目の前が真っ暗になった。まさかやくざを相手にするとは思ってもいなかったのだ。
「ならばいつもどおり倒すまで★ 撃つべし、打つべし、討つべし★」
「却下だ却下! どこの世界にやくざにケンカを売る高校生がいる!」
光太郎はびしいっとアナエルを指差した。
「創作の世界ではあながち珍しい構図でもないでしょう。光太郎もそこに名を参列するのさ☆」
「いや過ぎる! 僕は反対だからな!」
「もう! 私達は斥候をする事になっているじゃないか! ちゃんとお勤めを果たさないとダメだぞ★」
「こんな話は聞いてない! 今日はもう帰る!」
光太郎はアナエルを置いて歩き出す。アナエルも仕方無しに光太郎の後を追った。
後に残ったのは、先ほどの騒ぎについてを話し合う人々ばかりだった。




