32話目
目的地の駅で降りて、徒歩で古書店を目指した。光太郎にとっては馴染みのある町並みを二人で歩く。
「そういえば、お前はどうして古書店に流れてきたんだよ。開かない本だなんて、一歩間違えば古紙回収に出されるとか捨てられてもおかしくなかっただろう」
「それは持ち主が私にふさわしくないからと言ったよね★」
確かに以前、そんな話をしていたはずだった。
「僕も大概だけれど、何が違ったのかなと思ってね」
「それはね。この時代の人間の願う事って大半は自分が成功しますようにとか、贅沢な暮らしが出来ますようにって願いばかりだからさ。そういう願いにつけ込むのが悪魔の所業なんだけれど、そんな人間ばかりだったからねぇ」
「僕だって似たような者だけれど。そのくらいの願いは持っているし」
光太郎は納得いかなかったようだ。それもそうだろう。そういった願いが無いのかといわれるとそうではないからだ。
「そうかな? それだけではなかったから私がいるんだけれどね」
光太郎はアナエルの言っている事が何を指しているのかわからなかった。そうこうしているうちに目的の古書店にたどり着く。
薄暗い店内に老人の店長が一人佇む。この店は何時来ても客が殆どいない。
「おや、光太郎君じゃないか。今日は女の子連れかね? 珍しい事もあるもんだ」
「あぁ、こいつはうちに同居しているんだ」
「アナエルと言います。よろしくお願いします」
アナエルは丁寧なお辞儀をした。元をただせばこの店のおかげでアナエルは光太郎と出会えたのである。
「外国人の方か。若い女性がこの店に来るのは珍しくてねぇ」
「アナエルは古い書物を探すのが好きなんだ。特に魔術書みたいなやつとか」
光太郎は嘘を言ってはいなかった。好きかどうかは別として。
「魔術書かい? それは変わった物を探しているねぇ。光太郎君の趣味は変わったのかい?」
「本の趣味ですか? 変わってはいないですよ。ただ、僕も魔術書みたいなのには興味はありますね。あれも古い本が多いでしょう?」
光太郎は本棚を物色しながら店長の相手をする。
「ここ最近は見かけてないねぇ」
「昔はあったのですか?」
光太郎は店長の話が気になって、本探しに集中できなかった。
「随分昔だけれど、魔術書と呼ばれる本を見かけたことはあるねぇ。洋装の本で中に書かれている事は理解できなかったねぇ。光太郎君、知っているかね? 以前光太郎君にあげた開かない書物があっただろう。あれはね、預言の書ではないかと言われていたんだよ」
ふいにアナエルの書の話になった。
「・・・・・・へぇ、そうなんですか」
光太郎は知らないふりをした。
「預言の書には天使が宿っていて、持ち主を認めると守護してくださると言う。ははは、御伽噺だよね! しかし、天使の守護を得られると持ち主は幸福になるという。君に幸福になってほしくて譲ったんだが、流石に天使は現れなかっただろう?」
「えっ、どうですかね? 出たらどうします?」
光太郎はアナエルの姿を見た。アナエルはどうしたよいのか迷っているようだった。
「ははは! 天使様に生きてお会いできるなら光栄だねぇ。昔は地上にも天使が大勢いたらしいが、時代が下るにつれて目撃情報は無くなったからねぇ」
老人は静かに笑った。
「・・・・・・おじいさん。その預言書を手にした者は、最後はどうなるんです?」
「うん? 預言書を手にしたものは神の言葉を聞くと言う。自らの使命を果たし、天に至ると言われる。かのキリストなどがそうだと言われている」
光太郎は老人の言葉に疑問を感じた。
「キリストって、最後は磔になった人でしょう? その人は最後も幸福だったと言うんですか?」
「うん、光太郎君はよく知っているねぇ。キリストは磔になったが、三日の後に復活したとされる。最後は神の右の座につき、生者と死者を裁くとされている。光太郎君が手にしたのが本物なのなら、君は一体どうなるのかねぇ」
光太郎は磔になるのはごめんだと感じた。
「・・・・・・少なくとも試練は与えられるようですがね」
「乗り越えられない試練もきっとあるだろう。しかしだね。挑んだ事はなくならないんだ。それが経験となり、人となりを形作っていく。安易な生き方は地獄へ至る道だよ。学生は勉学に励み、スポーツに励むものさ。今の苦難を乗り越えた先に道は拓ける」
老人は一般論の乗り越えるべき試練の話しをする。
「すくなくとも勉強はそこそこには頑張っていますよ」
光太郎は勉強が全く出来ないわけではない。
「うんうん。よいことだ。日本の社会において学歴はないよりあった方がよいからね。今を楽すると後で苦労すると言う話さ」
光太郎は親からもそんな話を聞かされたなと思い出す。




