29話目
「魂は神が与えたもの。神の所有物。神が人に与えた契約の証。であるからして、それを奪取する契約で上書きしなくてはいけないのですよ。人が自ら手放すようにね」
ザフキエルは憮然として答える。人の愚かしさの話をする時はあまり面白そうではないようだった。
「では、魔術書の所持者も悪魔と契約していると?」
「左様。その者は死後に間違いなく地獄へ落ちる事でしょう」
光太郎はそう話をしていて、ふとこれまでに悪魔みたいな男がいた事を思い出した。
「少し前に、魔術書を盗まれたと言うやつに会った事があるんですが・・・・・・」
光太郎の話を聞いて、アナエルがまずい話になったと言う顔をした。
「ほう? それでどうなりました?」
ザフキエルの表情が変わった。興味深そうに話を聞き始めている。
「アナエルのルミナス・アローを手で弾き飛ばしてしまいました」
光太郎はその時の光景を思い出しながら語る。
「天使の光弓を手で弾くと。それはもう人間の技ではありませんね。間違いなく悪魔でしょう」
「その人、アスモダイと名乗っていましたよ」
光太郎の一言。その一言でザフキエルの動きが固まった。
「序列三十二位の魔王ですと!? よくあなた方は無事ですみましたね?」
ザフキエルは非常に驚いていた。
「その時はガキの相手なんてしていられるかって、見逃してもらいましたが・・・・・・」
「あなた方はその幸運に感謝しなさい。アスモダイは上位魔王。間違いなく強大な力を持っている悪魔です。我々にとっては重要討伐対象となる存在」
「すみません・・・・・・その時は逃げるしかありませんでした・・・・・・」
アナエルが言いにくそうに話を切り出す。
「最下位の天使の位で戦える相手ではありません。アスモダイの堕天前の位は智天使。はるかにあなたより階級が上です。存在レベルで異なるのですから」
ザフキエルはアナエルが逃げ出した事を咎めなかった。
「ザフキエル。もしかしてその盗んだ者が魔術書の写本を流布しているという事は考えられませんか?」
ゆえが何かに気がついたようだ。
「ありえますね。しかし上位魔王を出し抜く人間とは。やはりかなり狡猾な人間の仕業なのでしょう。しかし面倒な事になりました。事と次第によっては上位魔王を相手にしなければいけませんね」
ザフキエルは考え方を改めたようだ。それまではいつもの仕事と考えていたのだ。
「だ、大丈夫ですよ。その時アスモダイを相手にした時は預言書を持ち歩いていない時でしたから。」
光太郎がフォローする。しかしそれがいけなかった。
「なんですと? あなた方は預言書もない状態で上位魔王を相手にしたというのですか!? アナエル。召喚者には預言書を常に持ち歩くようにと言っていなかったのですか?」
「面目もありません・・・・・・説明する事を失念しておりました★」
「アナエル。あなたはきちんと天使学校を卒業したのでしょう? そんな基本を忘れてどうするというのですか! 今までもずっとこのような感じでやってきていたのですか?」
ザフキエルが激怒している。
「実はまだ在学中です★ それに光太郎が初めての召喚者なんです。初めての相手だったから、どうすればよいのかわからなくて・・・・・・」
アナエルの弁明に、ザフキエルが「あちゃー」といったしぐさをした。
「これは一度あなた方の実力を測らねばならなくなりましたね。ゆえ様、よろしいでしょうか」
ザフキエルがゆえに問いかける。
「必要と在らばよろしくてよ。私も知りたいと思っていました」
ゆえが頷く。光太郎とアナエルはとんだ事になったものだと思っていた。
四人は家の外の庭に出た。庭は広く、外側は高い外壁で囲まれているので、外からでは中で何が行われているのかはわからない。
光太郎とアナエルはゆえとザフキエルと模擬戦を行う事になった。
「光太郎君。預言書を手にしなさい。そして強く念じるのです」
ゆえが光太郎にアドバイスをする。光太郎はそのようにしようとしたが、何を念じればよいのか分からないのでしているふりをしている。
預言書の所持者を挟んで二人の天使が向かい立つ。
「アナエル、あなたは全力できなさい。構いません」
ザフキエルは余裕の表情だった。それに対するアナエルは表情に余裕がなかった。上位天使の天使長とも言える者を相手にしなければならなかったので、とてつもないプレッシャーに襲われているのだ。
「えーい、なるようになーれ☆」
アナエルは既に思考放棄していた。




