28話目
「写本に何か手がかりがあったりしなかったんですか? すぐ燃やしてしまいましたけれど」
光太郎がゆえ達に質問する。
「そうですね。無記名の写本でしたので、手がかりは何もないでしょう。原典を秘匿するようにして作られた事は確かでしたので。あぁ、本を取り上げた時にスキャンして調べましたので大丈夫ですよ」
ザフキエルが光太郎にそう答えた。
「原典と写本って何が違うんです?」
光太郎の更なる質問。
「おや、アナエルはその話はしていませんでしたか」
ザフキエルがアナエルを見た。
「申し訳ございません。不勉強でして、そのあたりは寡聞にして知らず・・・・・・」
アナエルがしゅんとなっている。
「これは天界の座学で習う事のはず。不勉強が過ぎますね」
学校で習った事が社会人になって全て覚えているかと言うと、全くそんなことは無し。
「ではそのあたりについてはこちらから説明致しましょう。光太郎君。明日私の家に来ていただけるかしら?」
ゆえが光太郎を家に招待した。
「大丈夫だけれど」
「話が長くなりそうだから明日にしましょう。今日はもう遅いから帰りましょうか」
ゆえは帰宅を促した。確かにその日はもう大分時間も遅くなっていたので、全員帰ることに賛同した。
翌日は土曜日だった。光太郎はアナエルとゆえの家を訪れていた。
ゆえの家は大きな洋風の建物で庭はとても広く、一目見て金持ちの家だと判る造りをしていた。
光太郎は広い洋間のソファーに座ってかしこまっていた。調度品も骨董品のようで、どれも値打ちもののように思えた。壁には絵画が掛けてある。
光太郎は女性の家にお招きされるのは生涯で初めての経験であり、ともすれば女性が相手でなく友人であっても初めてのことであった。そのため光太郎はそわそわしていた。
「光太郎。落ち着きなよ☆」
アナエルがせわしない光太郎を気にとめる。
「なんだか居心地が悪くて・・・・・・」
他人の家と言う空間が光太郎には馴染みがなく、なんだか非常に居辛い場所に思えるのだった。
と、そこにドアを開けてゆえが入ってくる。紅茶とクッキーを乗せたトレーを持っていた。ゆえが茶と菓子を差し出す。
「今日は魔術書の話をすると約束していましたね。今ザフキエルが来ますからお待ちを」
ゆえがそういうと、ちょうどザフキエルがドアを開けて部屋へ入ってくるところだった。
「皆様、お待ちしておりました。これがゆえ様が今まで封印してきた魔術書になります」
ザフキエルは三冊の本をテーブルに置いた。どれも年代物の書物である事は一目でわかった。赤い表装、黒い表装、茶色い表装の三冊の本。
「これらが魔術書・・・・・・なんだか普通の洋書みたいですね」
「ところが中身はそうでもなくてね。魔獣召喚であるとかいかがわしい秘術がこれでもかと書かれているのだよ」
「これの写本って、中身を書き写しただけなんですか?」
光太郎は写本の生成方法に興味があるようだった。
「いや、手で書き写すわけではない。ミラーイメージといって、魔術書から全く別の本を分裂して作り出す技を使う。内容は原典にある内容をコピーするのが関の山だが、大体は全ての術は写さず、重要な秘術だけは原典に残したままとするのが主流だ。用途としては魔術書の所有者が仲間や手下を作りたい時に行う。だから劣化コピーの方が都合がよいのです。自分の主導権を失わないようにね」
「手にとって見ても大丈夫ですか?」
光太郎は書物に目がないので、古書が出てきてテンションがあがっていた。
「どうぞどうぞ。中に悪魔達が封じられていますが、私が念入りに封じておりますのでご安心ください」
ザフキエルが気になる一言を言った。
「悪魔を封じている!?」
光太郎が驚いて書物に伸ばしかけていた手を引っ込める。
「左様。魔術書にはそれに連なる悪魔がいます。その大元の悪魔が魔術を地上にもたらしているのです。私達からすればプロメテウスも悪魔のようなもの。人の手に余るものを人に与えるのですから」
「前々から気になっていたんですが、悪魔達はそんな事をして何の得があるんですか?」
「いい質問ですね。光太郎殿。悪魔は人間の魂を欲します。しかし、魂を手に入れるためには契約が必要となるのです。己を使役する契約では面倒なので、英知を授ける契約をするのですよ。だから悪魔達は学問や技術など様々なものを人に提供します。金銭を与える契約なんて手軽なものなので、悪魔は喜んでやるでしょうね」
「対価の見返りを求める。なぜ強引に魂を奪えないんです?」
光太郎はまだ納得がいっていないようであった。




