25話目
「ありがとう。ゆえさん」
「あなたもあなたです。あんな面倒な人を相手にして、どうして逃げなかったのですか?」
成城ゆえは真っ直ぐ光太郎を見つめた。
「逃げても無駄な相手だとわかったから、逃げなかっただけだよ」
「なるほど。だから天使は手出ししなかったというわけですね」
成城ゆえはそう言うと屋上の物陰を見た。そこには霊体となって気配を殺していたアナ
エルが立っていた。
「お見通しでしたか★ さてはザフキエル様のせいか」
アナエルが姿を現す。
「そういうことですよ。アナエル」
成城ゆえの背後からザフキエルが姿を現す。霊体化をやめて実体になったのだ。
「あなた達天使は人の成長を見守る者。たとえ試練に遭おうとも、気安く手助けはしない。
逆に人が真に窮地に陥ったときには導いてくれる。そういう存在ですものね」
ゆえは天使の事に詳しかった。ザフキエルもそのような感じなのだろう。
「しかし、驚くべきは魁光太郎君の成長ですよ。殴られても相手の雰囲気に呑まれること
もなく、決して意志も挫かれてはいない。男子、三日会わざればかつ目して見よと言うや
つですか」
ザフキエルは光太郎に感心していた。さっきの一部始終は見ていたようだ。確かに光太
郎は随分変わった。一つの意思決定がその後の考え方も変えるという事だ。
「驚く事はないわよ、ザフキエル。天使が認めた相手なのでしょう。それくらいの事は当
然です」
「はははっ! 左様でございましたな。光太郎殿、見くびるような真似をしたこと、お許
しください」
ザフキエルが深々と礼をした。光太郎は何に謝られているのかわからなかった。
「さて、魁光太郎。私が何の用であなたに話しかけたかは察しがついたかしら」
「いえ、まったくわかりません」
「あなたがたは先日、ヘルハウンドを退治しましたね」
光太郎はゆえの言葉に驚いた。そういえば先ほど不良の相手をしていた時も何かを言っ
ていたような気がする。
「どうしてその事を知っているの!」
「あぁ、昨日あなた方がヘルハウンドと戦っていた時の事は、ザフキエルの能力によって
見ていました。何の手助けもしなかった事はどうかお許しいただきたく」
ゆえが頭を下げて謝る。
「なぁ、アナエル。お前もそんなことできるの?」
「出来ないよ! それは神の監視者たるザフキエル様だからできることなの☆」
「やっぱりお前ただの下っ端じゃん」
「ひどいなもー。あちらの話の続きをちゃんと聞こうよ」
「話を続けてもよろしくて? それで、私達はあなた方に魔術書探しを手伝っていただき
たく思いまして、再びお声を掛けさせていただきました」
「わたくしザフキエルの能力だけでは地上を監視しきれないのです。どうしてもカバーし
きれない部分をアナエルに捜査していただきたく思いまして。あぁ、私は高次元の存在ゆ
えに召喚者の負担も重く、ゆえ様にあまりご無理をさせたくないという事情もお話しする
必要がありましたな」
高位の天使だから良いというものでもなく、アナエルのような下位の天使だから光太郎
にも呼び出せたという側面があった。そして召喚後の負担もない。
「そういうわけで、私達は軽々に動けないという事情がありまして、そこで光太郎君の力
をお借りしたいの。どうかご助力願えませんか?」
ゆえの頼み事。光太郎には一度断った事ではあるが、改まってお願いされた。
「・・・・・・いいよ。やるよ」
光太郎は引き受けた。光太郎の心境の変化は大きかった。この問題を放置しては社会に
大きな影響があると考えての行動、と言うわけではない。ここでかっこいいところを見せ
てモテモテになるかも、というよこしまな考えがあった。それほどに昨夜のヘルハウンド
退治で気をよくしていた。
「むっ、邪念★」
アナエルが光太郎の邪悪な念波を受け取っていた。
「そうですか、引き受けていただけますか。それは大助かりです」
ゆえは素直に喜んだ。
「では、私達はいつもとあるビルの屋上に陣取っています。そこからならば地上を監視できる。あなた方は地上をくまなく捜査していただきたく。アナエル、あなたも魔術書の邪悪な力を辿る事はできますね?」
ザフキエルがアナエルに問う。
「はい。できます。ザフキエル様」
「よろしい。ならばあなたには斥候をやっていただきましょう」
「と、いうことでよろしいかしら。光太郎君」
ゆえが最後に光太郎に尋ねる。
「それが一番と言うならそれで良いよ」
「では、今夜から見回りをするという事でよろしいでしょうかね、ザフキエル」
「ゆえ様、それはいつもの事でしょう。あぁ、共闘体制は今日からですが」
ゆえ達は今までずっとこんな事をやってきていたようだった。




