17話目
店の外に出て、先ほどの古書店前の自転車のところまで来る。
「光太郎。私、悪魔に背を向けちゃダメなのに、逃げるしかなかったよ・・・・・・」
アナエルは無念そうだった。
「ケンカは勝てる相手だけにしろって話だよ! なんで一番下っ端の天使が魔王を一人で相手にしようとするんだよ! おかしいだろう」
光太郎は明らかに両者の格の違いを見て取った。アナエルが悪魔を相手にするとしても、あれを相手に戦えるとは思ってもいない。
「大事なのは勝つか負けるかじゃない。戦うか否かだよ・・・・・・★」
「それは僕のいないところで続きをやってくれ。僕はもう帰るからな!」
光太郎が自転車を引いて帰りだす。とんだ買い物となったものだと思っていた。
アナエルはいつの間にか人間の姿に戻っている。光太郎は彼女に助けに来てもらった事を思い出し、一人で先に帰るのを躊躇いかけた。しかしひどく落ち込んでいるアナエルになんと声をかけたらよいのか見当たらなかったので、結局一人で先に帰ることにした。
きこきこと自転車をこいで帰る光太郎。落ち込んでいる者に言葉を掛ける事すらできない。彼は今まで人に優しくされた事がなかったので、このような時にどうすればよいのかわからないのだ。だから考える事を放棄した。共感力も欠如している。だから身近な存在もぞんざいに扱ってしまう。神は、そんな人間にこそ試練を与えるのかもしれなかった。
光太郎は家に帰ってからは居間でテレビを見ていた。夕方のテレビ番組を流し見している。部屋で過ごしていても気分が晴れなかったので、気を紛らわす為にテレビを見ていたのだ。
アナエルが帰ってきたのは光太郎が帰ってからしばらくした後だった。
その日の夜は母親が出掛けていて父親も帰りが遅い為、夕食はラップされた物がテーブルに置かれていた。鯖の味噌煮と野菜炒めが置いてあった。
十九時になり、アナエルが料理を電子レンジに掛ける。テーブルに並んだ夕食を黙って食べ始める二人。どうもアナエルのテンションが低く、暗い雰囲気となっている。それほどまでに天使が悪魔相手に敗走すると言う出来事は大きかったのだ。
光太郎はそんな雰囲気を察するわけでもなく、黙々と夕飯を食べていた。テレビのチャンネルを変えると、ちょうどニュースをやっている最中だった。
『都内で大型犬が放し飼いか?』そういう見出しが目に飛び込んでくる。ニュースキャスターが東京都内で目撃された大型犬の話をしている。人間並みの体長で非常に獰猛である事などを、ニュースキャスターは深刻な表情で告げている。警察が懸命の捜索を続けているが、どうやらまだ見つかっていないようだった。
「昼間の犬の事か。あんなのが街中をうろついているとか、よく見つからないものだな」
光太郎が夕飯を口に運びながらのんきにそんな事を言っている。
「魔術書で呼ばれた魔獣はただの獣じゃないんだよ。ヘルハウンドは影から影へと身を潜める事ができる能力がある。人間が相手をするのは至難の業のはず。私達が戦わないと」
「気になっているところがあるんだが、どうしてそこで『私達』なんだ? お前が一人で戦って来たらいいじゃないか」
「私達召還された天使は召還者の側にいないと力を発揮できないんだよ。だから光太郎にいてもらわないと困る」
光太郎はありえないといった表情をした。
「それは迷惑ってものだろう。何で僕がそんな事をしなきゃならないのさ?」
「何でって言われたら、それもそうですねとしか言えないけれど、世の中を正しい在り方にする事は人にとって大事な事。翻って、光太郎の為でもあるんだよ。それが因果というものなんだ。光太郎の住む世界線を善きものにするのだから」
「何で無償でそんな危険な真似をしてまでしてやるのかって話さ」
「世界への貢献、徳を積む事は決して無駄ではないよ。それは理不尽な目に遭うのとは逆の出来事なんだ。自分の運命を変える最短最良最速の手段。これまでの自分の人生が不幸と感じたならば、生き方を変えてみたらいい」
アナエルがとても大事な事と言わんばかりにまくし立てるように言った。
「周りのせいでひどい目に遭ってばかりなのに、なんで自分が変わらなきゃいけないんだよ! やってられるかって話さ。魔術書の話とか魔獣の話とか興味ないね。お前が好きにやったらいい」
光太郎は立ち上がると外へ出かけようとする。
「どこへいくの?」
「どこだっていいだろう。俺の勝手だろ! ついて来るなよ!」
アナエルが「今は行かない方が良い!」と言っていたが、光太郎はアナエルの返事も聞かずに靴を履き替えると家を出た。魔獣の話をしていたはずが、気がついたら自分の人生について説教をされているような気分になったので、アナエルの事がうざく感じたのだった。




