15話目
「そうです。まだ天使との間に信頼関係も出来ていない状態でしょう。それで良くぞ魔獣を相手に戦えたものです。これは賞賛に値しますね」
ザフキエルが感心しているが、光太郎にはザフキエルが何にそんなに驚いているのかわからなかった。
「何がそんなに凄い事なんですか? 犬退治はこいつが勝手にやった事ですし」
光太郎が横にいるアナエルを指差した。
「天使の力は仕える者の霊格の影響を受けます。非常に高位の次元に達した人間に使役されれば天使もそれ相応の力を持ちますが、出会って間もない人間に仕える状態で力を発揮するのは至難の業のはず」
「光太郎は正しい願いを持った人間です。どんな苦にも困難にも負けずに生きてきた人間です。だから決して侮れる人間ではないですよ☆」
アナエルがザフキエルにそう答えた。ザフキエルは「そういうことですか」と納得したようだった。
「あなた達、魔術書探しを手伝っていただけないでしょうか?」
ゆえがそう二人に頼み込んだ。これが本題なのだろう。
だが、光太郎は・・・・・・。
「そんなことに関わりたくないね。お断りします」
そういうと光太郎はアナエルを置いて屋上を出て行った。
「ふむ。中々難しい少年のようですね、アナエル」
ザフキエルが顎に手をあて難しい表情をした。
「これまでが困難な人生過ぎて、少し屈折しているんです。でも大丈夫。正しい願いを持った方ですから☆」
「試練に負けぬような方だとよろしいですね」
ザフキエルは遠く空のかなたへと視線を移すのであった。
光太郎はおかしな事には関わっていられないとばかりにずかずかと学校を出て行った。あんな犬を使役して人を襲うような相手がまともなわけがない。場合によっては命の危険になりそうな予感がしたので、そうそうに話を切ったのだった。
光太郎は学校を出てすぐに古書店に向かう事にした。以前買った本が破り捨てられて読めなくなったので、新しい本を買う事にしたのだ。
神保町を目指して光太郎は自転車を漕ぎ出した。コンクリートのビルが立ち並ぶジャングルを抜けて目的地を目指す。
光太郎はいつもの古書店に辿り着くと、自転車を止めて古書店の中へと入っていった。
それを見ている男が一人。銀の指輪やネックレスをジャラジャラつけたガラの悪そうな男だった。
光太郎は買う目的の物もなく古書店を訪れていた。
古い本独特の臭いがする店内。所狭しと積み上げられた古書の数々。光太郎はこの店に来ると非常に落ち着くのだった。数少ない居場所の一つだ。
「おや、光太郎君。今回は御早いお出ましだね。この間の本はもう読んでしまったのかね?」
店主の老人がやってきて光太郎に話しかける。
「・・・・・・えぇ。あっ、そうだ。あの洋書、開きましたよ」
光太郎は言いにくい事は敢えて伏せて別の話題にそらした。
「おや、何をやっても開かなかったあの洋書がかい!? それはもったいない事をしたな! で、あれの中身はどうだったかね?」
光太郎は預言書の中身を思い出す。何が書かれているのかわからないが、外国語で書かれている事だけは確かだった。
「外国語の書物だったので、読めなかったですね。だけど、今家にある本では一番古い書物なので宝物ですよ。ありがとうございます」
光太郎はお礼を言うと頭を下げた。少なくともこの老人のおかげで天使と出会って窮地は切り抜けられたのだ。
「いやいや、かまわんよ。本は適切な持ち主の手に渡ったのだから。君なら大事にしてくれる事だろう」
光太郎は心が痛んだ。この老人から買った本の一冊はびりびりに破られてしまったのだから。光太郎は人間よりも本を大事にする人間だった。本はこの世の煩わしさを忘れさせてくれる。いつもそこにある。だから本こそが親友であった。いや、それ以上にこの世で何より大事なものだった。そんな親友にも勝る存在を無残に破り捨てられた。それは激しいショックを受ける出来事だった。
「光太郎君。今日はこのユダヤの格言の書などはどうかね? その昔研究されたユダヤ人の言葉を収めた古書だ」
老人は一冊の書物を差し出した。光太郎は受け取る。光太郎は思い出した。天使の発祥の地はユダヤ人の聖地、イスラエル。これがあればアナエルの事がもっとわかるかもしれない。
「今日はこれを買います!」
光太郎はユダヤ人の格言の書を購入した。老人は茶色い紙袋に書物を入れる。
「はい、お品。毎度ありがとうね」
老人が紙袋を光太郎に手渡した。光太郎は紙袋を鞄に入れて古書店を出る。外の停めてあった自転車に乗ろうとした時のこと。
「おい、お前。ちょっと待て」
光太郎は呼び止められる。何事だろうと振り返ると、ガラの悪い男が立っていた。




