13話目
光太郎が次に目覚めた時には翌日になっていた。光太郎はいつの間にか締められていたカーテンを開ける。
外は晴天。綺麗な空模様だった。小鳥が空を飛んでいる。見慣れた光景の朝。ごとりと物音が聞こえる。押入れからだった。どうやらアナエルが寝返りを打っているようだ。
光太郎は晴れ晴れとした気持ちには慣れなかった。今日も一日何事も無く過ごせるだろうかと言う心配しかない。霊体になったアナエルはおとなしくしていてくれているので、昨日は何もなかったが、昨日は昨日で余計な厄介ごとを引き込もうとしていたので油断が出来なかった。
今日こそは忘れ物をしないようにと身支度を始める。その用意が終わってもアナエルは起きてこなかったので、光太郎はアナエルをおいておくことにした。
部屋を飛び出して行き、朝ごはんを食べずに家を出る。それはいつもの事だった。光太郎は朝が弱い。寝起きにご飯を食べられないのだ。
明け方の静かな住宅街を通り抜けて学校へ向かう。通勤途中のサラリーマンや学生だらけの通学路。そこにはなんら違和感はなく、いつもの光景。昨日見かけた犬だけがおかしかったのだ。だが、それ以降は何の問題もない。普段どおりの日常だ。
光太郎は学校へ辿り着き、靴を履き替える。と、その時。
「ねぇ、あなた」
光太郎は不意に声を掛けられる。振り返ると成城ゆえがいた。彼女はいつも本を持ち歩いているようだ。
「はい、なんですか?」
「やはりあなた、なにかあったわね。放課後に屋上にこれるかしら?」
ゆえからの何かしらの誘いだった。
「えぇ、大丈夫だと思いますよ」
光太郎は思わず誘いに乗った。
「じゃ、待っているから」
そういうとゆえは去って行った。光太郎は何事だったのだろうとゆえの背中を見続けた。
光太郎はそのまま教室にたどり着き、自分の席についてからもゆえの事を考えていた。学校のマドンナとでも言うべき女性からの誘い。何事だろうかと思ったが、何かあるのではないかと期待してしまっていた。もしかして告白でもされるのだろうか。そんな期待を抱く。これまで何の接点もなかったのに、そういった飛躍した妄想を抱いてしまうのも悲しき非モテ男子の性だった。
光太郎がぼんやりとこれからのありえない未来を妄想しているうちに授業が始まった。・・・・・・だが、教師の動きがいつもと違う。
「えー、今日は皆さんに転校生のお知らせがあります」
教師の言葉にクラスの生徒たちがざわめきだす。季節外れの転校生。突然の知らせだった。
戸を開けて金髪女性が入ってくる。・・・・・・それはアナエルだった。頭上の光輪はなく、背中に羽もない。完全に人間に擬態しているアナエルだった。
「おおおーっ!」
クラスに歓声があがる。アナエルは見た目が美女だし、それが外国人ともなると他とは違うオーラがある。
「なんであいつが!」
光太郎が驚いて声を漏らす。一体どのような手続きを踏んでこんな突然入学してきたというのか。
「それでは席だが・・・・・・魁の隣が空いているな。あそこの席にしなさい」
教師が光太郎の隣を指差す。アナエルはしゃなりしゃなりと歩いて光太郎の隣に座った。
「やっほー☆ 光太郎。来ちゃった☆」
アナエルが光太郎に手を振った。
「お前、一体どうやってここに・・・・・・」
「天使の力。過去干渉の力を持って、天界経由で学校への入学手続きを済ませてもらったのさ☆ これで晴れて私もクラスメートだね」
アナエルが学校の制服を見せびらかす。
そんな二人のやり取りをクラスメート達が見ていた。「なんだ、光太郎の知り合いなのか」なんて声が聞こえてくる。
光太郎は慌ててアナエルの相手をするのをやめた。目立ちすぎていたのだ。
程なく授業が終わって休憩時間になったとき、アナエルの周りには人だかりが出来ていた。主に女子が集まり、男子生徒は周りから遠巻きに見ているだけだった。
「アナエルさんはどこの国からきたの?」
女子生徒達が質問攻めをしている。
「遠い遠い空のかなたの天の国からです☆」
アナエルは嘘もつかずに馬鹿正直に答えていた。
「今はどこに住んでいるのかしら?」
「光太郎の家に」
ふと交わされた爆弾発言。この一言に女子生徒達がざわめく。
「えっ、光太郎君と同棲しているの!?」
「えぇ、そうでだよ。同じ部屋に寝泊りしているよ☆」
更なる爆弾発言。「なにーっ!?」と生徒たちが声を上げている。
「あっ、アナエルは押入れで寝泊りしているんだよ!」
光太郎が慌てて話に入り込むが、それはまずい内容だった。
「えーっ、光太郎君。アナエルさんを押入れで暮らさせているの? ひっどーい!」
女子たちからブーイングがあがる。
「私が無理を言っているだけだから当然だよ☆ ご両親にも了承を得て居候させてもらっているね」
アナエルが光太郎をフォローした。
「えーっ、親公認の同棲!? いいなー!」
女子たちは盛り上がっている。それとは逆に、男子生徒達は嫉妬と羨望のまなざしを光太郎に向けていた。美少女との同棲。そこには男のロマンがあった。
アナエルはあっという間にクラスの人気者になっていた。毎回休憩時間には人だかりが出来ている。昼休みの時などは光太郎が購買にパンを買いに言っている間に、席に女子が座っていた。仕方無しに光太郎は屋上で昼飯を取ったくらいだった。
光太郎にとっては無駄に騒がしい日常が始まった。話の中心にいるのはアナエルだが、光太郎の隣の席なので無駄に周りに人が集まるのだ。




