12話目
光太郎達も帰り道を進む。
「アナエル。あの犬はなんなんだったんだ?」
「あれはヘルハウンド。この世の者じゃない。あれは誰かが魔術書を用いて呼び出したんだ」
「魔術書とはなにさ?」
「君が持っているわたしを呼び出した媒体であるあの書物は預言書と呼ばれている。それとは対を成すのが魔術書さ。神の奇蹟を人が行使できるようにする術が描かれたもの。魔術書は持ち主を選ばない。誰でも使えて、悪魔たちが普及した物なんだ。これが地上に広まると秩序が乱れる。私はそれを焚書にする使命がある」
「話を聞いていると、魔術書のほうがなんだか有意義そうなんだが」
光太郎がそんな事をぼやいたところ、アナエルが怒り出した。
「そんなことはない! 悪魔達は魔術の行使に対価を求めるんだよ! それは大抵つまらないものだったりするけれど、魂を要求する事だってある。山吹色のお菓子とかでは解決できないんだよ!」
アナエルが叫んだ。こればかりはやってはならんといわんばかりに魔術書の事を否定する。
「なんだ山吹色のお菓子って。ところで書物として普及するって事は魔術書にも色々あるんだろうけれど、預言書もいろいろあるのか?」
「それはもちろんあるよ☆」
「その中でお前のグレードってどのくらいなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「急に真顔になるなよ! で、どうなのさ?」
「えっ、それはね・・・・・・下から二番目くらい・・・・・・」
アナエルがぽっと顔を赤らめて、それはそれはもう恥ずかしそうに言った。
「なんだよ、やっぱりそんなもんかよ」
「そんなもんってなにさ★ そんなグレードの預言書を手に出来ること自体が稀で幸運だって言うのに」
「ヘルハウンドとか預言書とか魔術書とか色々な話が出てきたけれど、お前ら何かと戦っているんだな」
「天使は己の仕える神様の敵対勢力である邪神や、反逆者達である悪魔と戦っているんだよ。彼らが人間を惑わし悪をなさせる。地上に悪が蔓延るのは奴らのせいなんだ。だから光太郎。彼らと戦うのを手伝ってほしい☆」
アナエルは光太郎に懇願した。
「わかりやすい構図で何よりだが、断る。面倒ごとは嫌なんだ。揉め事とか嫌いなんだよ。出来るだけ周りと波風立てずに生きていきたい。やばそうな話に関わるのはごめんだね」
「そう言われると何も言えないかな。これは世界の光と闇の派閥の戦いなんだ。無理に巻き込むわけにもいかない」
と、二人がそんな会話を続けているうちに家についた。
「ただいまー」
光太郎が靴を脱いで玄関を上がる。ふとアナエルと見ると、靴を脱ぐ動作もなくそのままあがろうとしていたが、家の床に足を突く直前に靴がふっと消えて裸足になっていた。
「ん? なにか?」
アナエルが怪訝な表情で光太郎を見つめ返す。
「いや、天使の靴ってどうなっているのかなと」
「あぁ、今靴が消えた事の話をしているのね。私にはアポートの能力もあるので、身の回りの品とかは天界から一瞬で転移して取り寄せることができるんだよ。普段は靴とか服とか弓とかは天界の自分の家に置いてあるのさ☆」
「便利な能力だなぁ。そんな能力があるなら僕が今日忘れていった教科書も転移してくれたらよかったのに」
光太郎は今日の授業でアナエルに見捨てられた事を思い出した。いざという時に頼ると危険な奴のようだった。
「それは無理だねぇ★ アポートはマーキングしている物に対してしか使えないんだ。何でもかんでも転移させられるわけじゃない」
「そこまで便利な能力でもないのか」
と、トタトタと歩く音。
「あら、光太郎。今帰ったのね。アナエルちゃんも一緒だったの?」
光太郎の母親だった。
「あぁ、アナエルの奴がどうしても付いて来たいって言って聞かないものでね」
「同じ高校に入れたの?」
母親の質問。その一言にアナエルの目がきゅぴーんと輝いた。
「・・・・・・いや、どうだろう。今日は疲れたからもう寝るよ。今日はご飯いらない」
そう言うと光太郎は真っ直ぐ自室へと向かった。
「じゃあ、アナエルちゃん。いろいろお話聞かせてよ♪」
母親の関心はわが子よりもアナエルのほうに向いていた。母親がアナエルの手を引いて居間へと向かう。
「はい、喜んで☆」
アナエルも嫌な顔もせずそれに付き合うようだった。
光太郎は自室へ入ると鞄を机へと投げ込んで、そのままぼふっと布団に潜り込んだ。
壁のアイドルのポスターがいつまでも変わらない笑みを浮かべている。時計の針の音だけがちこちこと音を立てている。
光太郎は頭まで掛け布団を被った。外界の情報を一切シャットアウトする。実は今日一日びくびくしながら過ごしていたのだ。不良達が仕返しに来るかもしれないと。しかしそれはなかった。アナエルの事が噂で広まっていたくらいだった。今の時点でなら、自分とアナエルは他人という事で切り抜けられるかもしれない。今抱える問題は、アナエルは何かしらいろんな能力があるのがわかったが、同時に気安く頼っていい相手でもないこともわかったから、自分のそばにおいておくのも危険だという判断だった。
光太郎は考え事をしているうちに、いつしか眠りに落ちていた。




