第三章準備をしよう
「うえー、気持ち悪い」
翌朝、最悪の気分で目が覚めた。
初めて飲んだ酒が原因かもしれない。
ホームは死屍累々というありさまだった。いたるところでメンバーが死んだように眠っている、さらに飲みかけの酒や食いかけの料理がぶちまけられているので掃除が大変そうだなと思ってしまった。
「起きたかグレン」
「テトラ……さん」
「テトラでいいよ、堅苦しい」
レギオンのリーダーなので「さん」をつけたのだが、どうやらいらぬ心配だったらしい。
「そうよもう仲間なんだから気安くお姉さん達に頼ればいいのよ」
いつの間にか起きていたシアが平たい胸を叩いた。
「はっ、お姉さんって歳かよ、万年処女」
テトラが鼻で笑う。
「万年なんて生きていないわよ! 多く見積もっても千年よ!」
「処女は否定しないんだな」
「もうテトラのバカ!」
「ぷっ」
俺は思わず笑ってしまった。
「グレン君に笑われたじゃない」
シアがテトラに抗議する。
「悪かったって、でもグレン前よりも生き生きとしているぞ、いい事だ」
「話をそらさないで!」
しばらくテトラとシアの口論が続いて、俺はそれを笑って眺めていた。
「さっさと起きろ野郎ども!」
「うぃー」
テトラの一声でメンバーがアンデッドのように起き出す。
「グレン、君に最初の仕事を与えよう!」
俺は思わず身構える、最初の仕事とはなんだろう? 期待と不安がごっちゃになったような気分になった。
「ここの掃除だ!」
「へ?」
何を命令されるかと思ったらまさかの掃除だった。
「そんな事でいいんですか?」
「そんなとは失礼な、これは極めて重要な任務だぞ」
「あなたも手伝うのよ」
ゴミを片付けながらシアがテトラの耳を引っ張る。
「いたた、わかったから耳はやめろぉ!」
俺はこのレギオンでの初任務に気合を入れた。
「ふぅ」
一時間後、ホームは綺麗に片付いた。
「なにこれ、前よりも綺麗になってない?」
シアが驚いたように床を見つめる。
「グレンは掃除の経験があるのか?」
テトラが不思議なものを見るかのように俺を見た。
「前にこき使われたレギオン、『ブレイズフェニックス』ってところのリーダーの酒癖が悪くって、毎日、酔って暴れて大騒ぎしていたのでこのくらい平気ですよ」
「『ブレイズフェニックス』って言えばAランク冒険者ばかり集めた大手レギオンじゃない、グレン君そんなところで働いていたの?」
シアは俺が『ブレイズフェニックス』にいたのが信じられないみたいだった。
「奴隷でしたから、メンバーに入っていませんし、仕事は荷物持ちと買い出しと掃除くらいでしたよ」
「ごめんなさい、嫌な事思い出させてしまったわね」
シアが頭を下げて謝ってくる。
「そんな辛気臭い事は忘れようぜ!」
テトラがそう言って明るく振る舞った。
俺もこれ以上、思い出したくないのでテトラに合わせる事にした。
「そうよね、うん、わかったわ、グレン君はもう奴隷じゃないものね」
シアもこれ以上は聞いてくるような事はせず、明るく笑った。
「それじゃあ、グレン君に質問ね、レギオンと冒険者についてどのくらい知っている?」
「えーと」
俺は覚えている事を可能な限り思い出して言った。
冒険者は冒険者ギルドに登録された者を指す。
功績によって冒険者はランクが決まっており、下はDランクから始まり最高がSランクとなっている。
このランクは冒険者が受ける依頼の難易度にもなっており、基本下位ランクの冒険者は上位ランクの依頼は受けられない。
次にレギオンだがこれは簡単に言うと冒険者達のパーティーが集まった組織だ。
高難易度の依頼になればなるほど多くの人数が必要になってくる。
そうやって集まった冒険者達が立ち上げた組織がレギオンだ。
冒険者ギルドではレギオン向けの依頼を取り扱っていて、功績上げたレギオンに所属している事が一種のステータスとなる。
「凄い、ほとんど正解よ、どこで覚えたの?」
シアが驚きと好奇心の入り混じった視線を向けてくる。
「前のレギオンでメンバーが話しているのを聞いて覚えました」
「それじゃあ細かい説明はいらねえな、冒険者ギルドに登録は?」
「していません」
「まずは登録からだな、その前にグレンの服装をどうにかしねえとな、おい! 予備の制服があっただろ持ってこい!」
俺はボロボロの服のうえにぶかぶかの黒いコートを着て、テトラとシアとともに外へと出た。
この街、プロキオンの冒険者ギルドは街の中心に位置している。中心に近いほどに治安は良くなり場所代が高くなる。
東側が商店街、西側が居住区、北側がスラム街、南側が奴隷や非合法な品物を取り扱う危険地帯だ。
レギオン『ナイトレイヴン』は西の居住区近くに位置しており、中心からやや離れている。
二人についていくとすぐに冒険者ギルドにたどり着いた。
冒険者ギルドの中に入ると依頼を貼った掲示板に人だかりができていた。
何度か来た事があるので特別珍しくない光景だ。依頼は掲示板から取ってくるか受付で聞くかの二択だ、受付からの依頼はそれなりのレギオンでなければ指名されない。
二人は慣れた足取りで受付に向かう。
「『ナイトレイヴン』の方々ですね、本日はどういった御用でしょうか?」
受付嬢が笑顔で応対する。『ナイトレイヴン』だとすぐわかってもらえたのでこのレギオンはそこそこ大きいのかもしれない。
「新入りが入ったから冒険者登録に来た」
「そうですか、ではお名前を、文字は書けますでしょうか?」
「書けます」
「グレン君、文字が書けるの?」
シアが驚いた声を上げる。
このクレイティア王国で文字を書ける人は少ない、俺は前のレギオンで雑用を押し付けられる事が多かったので自然と覚える事ができたにすぎない。
「グレン様ですね、少々お待ちください」
そう言って受付嬢は書類を持って後ろに下がる。
「グレン、お前って色々とできるんだな」
「ええ、戦闘したのはこの前が初めてでしたけど」
「初めてでリザードランナーを半殺しにしたのか、武器はなにが使える?」
「武器ですか? 実はまともに武器を扱った事がないので、強いて言えば拳?」
「徒手空拳か、面白そうだな、帰ったらメンバーに相談してみるか」
「お待たせしました」
テトラと話していると受付嬢が戻ってきた。
「こちらがグレン様の認識票になります」
そう言って受付嬢は鈍色の認識票を取り出した、そこにはグレンと名前が掘ってあった。
「認識票は身分証明にもなるので絶対なくさないでください、もしなくした場合は再発行に手数料が発生するのでお気をつけて」
俺は渡された認識票を身に着ける。
「グレン様は新規の登録なのでランクはDからとなります」
「わかりました、ところでお二人のランクは?」
俺は興味本位でテトラとシアに聞いてみる。
「あたしはBランク」
「私もBランクよ」
テトラとシアは見たところAランクでも通用しそうな強さを持っていると思っていたので驚いた。
「あたしらは亜人族だからな低く見積もられるのさ」
テトラが寂しそうにそうつぶやいた。
「おいおい、誰かと思えばこの間まで飼ってやってた奴隷じゃねえか、いいご主人様に巡り会えたか?」
振り向くと後ろにはレギオン『ブレイズフェニックス』のメンバーがいた、もちろんリーダーのダスティンも含まれる。
「なんだ、よく見れば連れは汚らわしい亜人族じゃねえか、まあお前にはお似合いだな!」
『ブレイズフェニックス』のメンバーから嘲笑される。
「あん? うちの新入りになにか用か? 三下!」
テトラが一歩前に出て威圧する、相手の何名かはそれでビビったのか後ずさる。
「お前、俺が誰か知らねえのか!?」
「知らねえよ」
「こいつ!」
ダスティンは怒り心頭のようで顔を真っ赤にして怒り出す。
「いいかよく聞け! 俺様はSランク冒険者のダスティン様だ! 三下はどっちかわからせてもいいんだぜ」
ダスティンが腰の剣に手を伸ばす。
「上等!」
テトラも背中の大剣に手を伸ばす、場は一触即発の空気になった。
「レギオン同士の諍いは禁止ですよ! お互い武器を収めてください!」
ギルドの受付嬢が必死に呼びかける。
「ちっ! 白けたぜ、行くぞお前ら」
そう言ってダスティン達は去っていった。
「グレンがいた前のレギオンがあれか?」
「そうです」
「次に会ったらグレンの分も含めてぶっ飛ばす!」
「流石にやりすぎよテトラ」
俺の為に怒ってくれた事が無性に嬉しかった。
「ありがとうございます、俺の為に怒ってくれて」
「同じ仲間だからこのくらいは当然だ!」
「そうよもっと私達を頼ってもいいのよ」
テトラとシアは本気で俺の事を心配してくれた、俺は早くこのレギオンに恩返ししたくてしょうがなかった。
「この後はどうするんです?」
「まずは生活必需品を買わねえとな」
「俺、金持ってないです」
「心配しなくていいのよグレン君、お金は私達が払うから」
「でも」
「遠慮しすぎるのがグレン君の欠点だぞ、大丈夫、お姉さん達に任せなさい」
俺は二人に引っ張られるように冒険者ギルドを出た。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
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