生クリームの達成感
今日ちょっとこれ終わるかな?
繁忙期でもなんでもない今日、ちょっとしたミスに気付くのが遅れて手直しが大変なことに。めんどうだー、大変というよりただただ面倒。でもこれ今日やらないと確認がまた遅れる…もっと面倒だここで片づける。
ダカダカとキーボードを打ちこんでいると視界の端の方で人が動き始めた。
気づいたら定時だ。こんな時期に残業とか怒られるかな、いつも真面目なんだし今日くらい許してほしい。なんて、ぽやっと思いつつ訂正し続けた。
「あ、まだいるじゃん」
背後から声をかけられた、気がする。思わず振り返ったら久藤先輩がいた。手を振っているが、私にだよな…?いまいち確信が持てず横、後ろを確認、誰もいない、私に向けているようだ。
「お疲れ様です先輩」
「いまの動き動物っぽくて面白いな」
「そんな面白いです?」
「無表情あいまってなかなかの野生感あった」
「そんなワイルドでしたか」
「いやワイルドではない」
野生といえばワイルドだろう。いやこんな話をしている場合ではない。
「すみません、あともうちょっとなんで見逃してください」
「なんの話?」
「残業叱りに来たのかと」
「直属じゃないし別にいいよ。早く終わらせるに越したことないけど」
「寛大なお言葉」
「それほどでも。邪魔して悪かったね、特に重要な用があったわけじゃないんだ、終わらせちゃって」
「はい、失礼します」
軽く会釈したのちパソコンに向き直る。あとは誤字チェックだけだからすぐ終わらす。強い意志が大事。
はー、終わった。
完成したファイルをメールで送り。さっさと電源を切る。席を立っていつもより気持ち急いで退勤処理。1時間の残業か。全然許容範囲内だ偉すぎる私。こんなに早く終わらすなんてむしろ褒められるべきだ。終わった解放感にテンションを上げつつ着替えを終え、ロビーに出た。もうこれはコンビニスイーツ案件だろう。生クリーム食べたい。
「お疲れー」
「うわっ」
気を抜きすぎていた。びっくりして声まで出てしまった。恥ずかしい。
「えっと…ごめん…?」
「いえ、こちらこそ…驚きすぎました…」
「あ、やっぱ驚いてたよな、ごめん」
「え、なんだと思ったんですか」
「驚いた割に顔は冷静だったから読みあぐねた」
「顔に出にくいらしくて」
「いや知ってたんだけど、やっぱ読めないな」
なぜ知ってる。
「先輩まだ残っていたんですね」
「あー、うん」
「なにかあったんですか?」
「いや、そんな重要なことでもないから」
さっきも聞いたなそのフレーズ。
「まあ、いいんだよ俺の用事は。山岸こそ今まで残業?」
「はい。うっかりミスが結構面倒なことになってしまって」
「あるある案件だな」
「そのわりに1時間で済んだのでむしろ喜ばしいぞと思っておりました」
「おもったよりプラス思考だな」
何を思われていたのか
「喜ばしい山崎にプレゼントがあるぞ」
「なんです?」
「はい」
差し出されたのはコンビニの袋。
中にはロールケーキ。
「どうしたんですか?」
「さっきコンビニで買った」
「なぜ」
「食べようと思って」
「なぜ」
「食べたくて」
「いえ、そうではなく、それをなぜ私に」
「頑張ったから」
「ほう…?」
「頑張ったらご褒美だろ。先輩からのご褒美」
「はあ」
「ありがたく受け取ってくれ。じゃあな」
呆けているとさっさと歩きだしてしまった
「あ、ありがとうございますー」
聞こえたんだか聞こえていないのか、先輩は振り向かず手だけ振って歩いて行ってしまった。
「あ、生クリーム」
CMで生クリームを食べる、みたいなフレーズで宣伝してたな。先輩エスパーなのかな