メロンソーダの睡魔
最低限の事務連絡、動かない表情筋、愉快な会話術もなく、昼ごはんは一人で弁当。
別に嫌われているわけでも疎まれているわけでもなく、我慢しているとかでもなく、会社での私の印象はおおよそ大人しいやつで固まっていると思う。ノリが悪いわけでもない、冗談を言われて笑って返したり、普通に会話はする。面白いこと、印象に残ることがないだけだ。
自分のことを恥じているわけでもなく、まあ知り合いのいない、分け隔てなく社員を扱う社風から、特徴のない人はそのまま良くも悪くも印象に残らなくなるだけだ。飲み会で社員全員で写真撮ろう!って端の人が携帯掲げた時、たまたまトイレに行っていても気にされなかったり、シャッターの瞬間にから揚げ食べていてもいじられもしないみたいなその程度。学生の時も変わらない、空気、無色、その結果脳内での独り言が多くなってしまった。口に出すよりましだけど。
にしても今日は暇だ、暇なうえにやる気がない。書類のチェックを始めたが紙の上を視線が滑るだけで何も見えていない。これはダメだ寝てしまう。耐え切れなくなった私はコーヒーをがぶ飲み。減らない書類と反比例してコーヒーはおかわりが進む。午前中にしてもう6杯目。当然のように尿意も来る。コーヒー意味ないな、帰りに炭酸買おう。しゅわしゅわぱちぱちで気分上げよう。思いながらトイレを出て自販機へ足を向ける。ガコンという音に先客の気配を察知。角を曲がると営業部主任、そろそろ課長代理とのうわさの久藤さんがいた。
「おつかれさまです」
「おう」
手には激甘コーヒーを持ち、なぜこちらを凝視する。どう考えてもここに来る用事なんてひとつだろう
「あの、買ってもいいですか?」
「あ、やっぱ買いに来たのか」
ほかに何がある
「いや、めっちゃコーヒー飲んでたから水分いるのか?って思って」
「えぇまぁ…コーヒーは眠気を飛ばしてくれてもやる気は生み出さなかったので」
「やる気を生み出す飲み物なんてあんのか?」
「今のところ発見も発明もされていないかと」
「じゃあ何買いに来たんだ」
「炭酸で気分を上げようと思いまして」
「あがるのか?」
「当社比1.5倍ってところです」
「すごい倍率じゃないか」
「ただ当社の気分自体が平常時低めなので」
「たしかに」
「ところで買ってもいいですか」
一連の無駄話の間に動くかと思いきやまるで動かない久藤さん
「あー、山岸甘いもの好き?」
「わりと」
「じゃあこれおすすめ」
ぴぴっと勝手にボタンを押して何か買ってしまった
「えっ、なんですか」
「メロンソーダ」
「そんなの売ってたんですね」
「珍しいよな。ちゃんと緑でシロップの味するんだぜ。懐かしい感じの」
「へぇ、ありがとうございます。何円ですか?130?」
「いいよ奢られといて」
「ありがとうございます。久藤さん甘党なんですか?」
「なんで?」
「それ、わざわざ買いに来たんならよほど甘党なのかと」
「いや、これから出るから眠気覚まし」
「覚めるんですか、それ」
「甘すぎてびっくりする」
「なるほど」
「じゃ、またな」
「はい、いってらっしゃい」