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「なんでテメエがいるんだ!」
十年ぶりに再会して、開口一番に言われた。
随分な口調だ。
感動的な再会なのに。
別に、何を言われても、僕の彼女に対する愛は変わらないのだけど。
なんなら、君のその強気な性格が健在で、物凄く嬉しいのだけど。
僕は思わずにっこり笑う。
「いやぁ、王都に流れてきた魔王の噂を聞いてたら、どうも君みたいな特徴持ってたからさ。
───────────つい、口説きに来ちゃった。」
僕は、そんな軽いノリで彼女に言った。
胸ぐらを捕まれた。
「ふざけんな!」
おー怖い怖い。
でも、彼女の顔が至近距離にあって、幸せだなぁ。
「なんで一般市民でしかも人間のテメエが魔城に辿り着いてんだよ、訳わかんねーだろっ!」
彼女はそう怒鳴って、右こぶしを振り上げた。
む、さすがに魔王に殴られるのはマズいような気がする。
彼女の拳で殴られるのは本望だけれど、僕の命が危ない。死んでしまったら、彼女に愛を伝えられないしね。
なので、
「うわーっ!タンマタンマ!僕、丸腰!」
僕は彼女のこぶしを掴んで叫んだ。
彼女は盛大に舌打ちして、僕の胸ぐらから手を離す。かなり乱暴な離し方だったので、着地に失敗しかけた。
無様な着地を見せた僕を冷たく見下ろすと、諦めたかのように側にいた付き人に言った。
「こいつは人間だが、私の旧い知り合いだ。とりあえず、奥の間に通せ。」
そして、僕を視線だけで殺せそうな勢いで睨んで言った。
「少しでも余計なことしたら、殺す。」
「はーい。」
「はい、でしょ!」
さすが魔王とあって、通された部屋は絢爛豪華でありながら、どこか毒々しい色味を帯びている。
赤と黒の市松模様の床。血染めのように真っ赤なカーテンに、繊細な飾りのついた黒曜石の調度品。
出された紅茶まで赤い。一口飲むと、甘酸っぱい花の香りが口一杯に広がる。別に血の味はしない。貴族のご令嬢たちも好みそうな味だ。
どれもこれも、彼女の趣味だと思うと、素晴らしく見える。
彼女は人払いをしたようで、この部屋に二人きりだった。もしかしたら、魔法で見張りぐらいはつけているかもしれない。
現在、魔物と人間は対立しあっている。なのに、完全に丸腰でほいほい魔城にやって来るやつは滅多にないだろう。というか、僕ぐらいだ。
信用はされていないのはわかる。
でも仕方ない。
会いたかったんだもん。
「・・・で?何用?」
彼女は尊大に言った。キリッとアイラインが引かれた瞳が、僕を見つめている。綺麗な瞳だ。
僕は素直に答えた。
「噂の魔王が、本当に君なのかなーって思ってさ。」
「たったそれだけのために来たの?」
頷いた。
彼女は呆れたように額に手を当てた。
「ちなみに、あたしはどんな風に噂されてたの?」
呆れたような態度だが、その目は興味津々といった様子で僕を見ている。
彼女も女性だ。周りからどう見られているか、気になるのだろう。
迷うことなく言う。
「クリスタルの角を持つ、黒髪の美しく気高い残虐な王。」
「そんな情報で、よくあたしだと分かったわね。」
彼女は気持ち悪いものを見るような目で僕を見た。
しかし、彼女が『美しく気高い』の部分でわずかに顔を緩ませたのは、見逃さない。
僕は少し誇らしくなって、胸を張る。
「分かるよ。君のことだもん。」
みるみるうちに彼女の頬が赤く染まる。
彼女がそんな表情をするのは珍しい。
見とれていたら、バシッと彼女の扇で叩かれた。
「よくそんな気持ち悪い台詞をすらすら堂々と言えるわね!」
誉め言葉と受け取っておこう。
「ふふふ。」
「誉めてないわ気持ち悪い!」
また叩かれる。
「痛いなぁ。」
僕は叩かれた頬をさする。軽く熱を持っているようだが、別に彼女に殴られたって、嫌な気はしない。
むしろ、積極的なスキンシップをとってくれて、僕として嬉しい。
「僕は本当に、君に会いたかったんだ。10年前のこと、覚えてる?」
すると、彼女は整った顔を歪ませた。
「覚えてるに決まってるわ。あんたはこう言ったわ──、」
「僕と結婚しよう。」
僕は先回りして言った。
ブハァッ、と彼女が吹き出す。魔王にあるまじき行為だとおもう。良かった、紅茶が彼女の口に残っていなくて。
この紅茶は赤いから、吹き出したら血を吐いたみたいになりそうだ。
たとえそんな彼女でも、僕は大好きだけど。
「ま、まさかあんた、今でもそんなこと思っているの?」
「当たり前じゃないか。」
10年も探してたんだ。
「僕が君にプロポーズした直後に消えたときは、もう、本当に死にそうになったんだよ。」
僕は彼女の切れ長の赤い瞳を見つめた。
本当に、突然消えたのだ。別れの挨拶も書き置きもなく、いつものように口説きに言ったら、消えていた。
それからは、ずっと彼女を求めて放浪していた。
彼女を探して、求めて、歩いて、旅した。
彼女の噂を聞くたび、それが隣の国だろうが構わず確かめに行った。その度に、彼女ではないことに気がついて落胆した。
それでも、探した。
何年、彼女とまた相見えることを望んだか。
母や父に馬鹿にされ、友人たちに罵倒され、それでも探したんだ。
もう一度、彼女に会うために。
やっと巡ってきたこのチャンス、見逃すわけには行かない。
「もう、10年も前のことだから、記憶も曖昧でしょ?だから、改めて言うよ。」
僕は、彼女の白い陶器のような肌に触れた。
予想通りだったけれど、すべすべだ。
「僕と、結婚しよう。」