思い出はリアルよりも3割増し
紙を切り刻むのはシュレッダー 日々を刻むのはカレンダー 毎日苦しくても心枯れんな 可憐な日々でも挑戦し続けろチャレンジャー
韻と紙を刻みながら今日も高橋楓はシュレッダーに紙をかけていく。
今、高橋は境地にいる。
2週間前に事件は起きた。
元カレから急にLINEが来たのだ。
恋愛経験の少ない高橋にとって、元カレの数なんてたかが知れている。元カレの母数が少なければ少ないほど、元カレ一人当たりに思い出せる量は多くなる。そして、無駄に思い入れも多くなるものだ。
元カレからのLINEが、どれだけ破壊力があるのか。人によって様々だろう。
高橋には、効果抜群だった。
「久しぶり。元気してる?」
元カレの教科書があるのなら、一ページ目に載っているような定型文で高橋の携帯に通知された。
高橋はその通知を見た瞬間、なつかしさと今更感が身体中を駆け巡った。
「久しぶり!元気だよー。どうしたの?」
こちら側も元カノとして王道を闊歩し始めようとしたが、スマートフォンを触る親指が止まった。
「これはどれくらいの時間を置いてから返信するのがいいんだ・・・?」
高橋の脳みその中には元カノの教科書が無かったのだ。
「すぐ返信すると軽く見られるし、1時間後は時間をわざと置いたと思われるだろうし・・・」
不毛な一人議論が交わされた結果、10分後に返信した。
そこから、他愛のない会話が繰り返された。世間話に始まり、仕事の話、家事の話。そして、昔の思い出話。
元カレとして、話の流れは完璧だろう。ここまで来たら次の話題はただ一つ。
「最近、彼氏とはどうなの?笑」
さすがの高橋もこの連絡の正体には気付いた。
そう、罠だ。
高橋の前頭葉は高速回転した。彼氏がいる前提で話すことで、彼氏の存在を自然と確認できる。そして、語尾に「笑」を付けることで、ふざけて聞いているだけだよ?探りを入れてるわけじゃないからね?というメッセージである。さらに、いないと答えたら飲みに誘われた後にワンチャンで大人のパコリングコミュニケーションまでのハッピーセットになっているということを。察したのだ。
しかし、事実彼氏はいない上にご無沙汰である。
土日に誰と遊びに行くわけでもない高橋にとってはちょうどいい暇つぶしだった。
「そんなのいないよ!笑」
「そっちはどうなの?」
高橋はLINEを分けて打ち、言葉を強調するよう仕掛けた。
「え、俺?彼女いるよ!まだ、付き合って3ヶ月だけどね!」
高橋は絶句した。元カレとしての"マナー"がなっていないことに。
元カレという生き物は、元カノに連絡してくるときは彼女がいない上に大人のアレをしたい時でなければならないという法律がある。それなのに、こいつときたら意味の分からん流れ弾を打ち込みやがる。そして、付き合って3ヶ月。そんな情報は要求していないしする気もない。
そんなことを思いながらイラついている高橋にもう一発流れ弾が。
「最近、楓の家の近くに引っ越したんだよね。もし、前の場所から引っ越していなかったら飲みに行かない?」
こいつは頭がおかしいのか?高橋の怒りは煮えに煮えていた。
しかし、興味はあった。元カレという食べ物は、熟すことで味が引き立つのか。甘酸っぱいままなのか。
興味と怒り。高橋はシュレッダーに紙をかけていた手を止め、感情を天秤にかけた。
古びたオフィスで元カレの顔が思い浮かんだ。
「よし、行ってやるか」
高橋は決心した。
そして、元カレと会う当日を迎えるのであった。