センチメンタルな感情から産まれた決心ほど無駄なものは無い
シュレッターではない、シュレッダーだ。
そう心の中で呟く、高橋楓は今日もシュレッダーの目の前にいた。
今日の高橋は、元気が無い。
シュレッダーを見つめているだけで、両手は紙を持つのに塞がったままだ。
心も塞ぎ込んだまま、小さいため息だけが高橋の心の中から溢れ出していた。
昨日は日曜日。用事のない休日ほど素晴らしい日は無い。
高橋は外を出歩き、大好きな雑貨屋へ足を運んだ。そこは現実世界とはかけ離れたウッド調の空間。異世界の店へ足を踏み入れると、木状の床から軋む音が。世間はどこへ足を踏み入れても強く押し返してくるが、木が軋むことで高橋を優しく受け入れてくれる。
日々、シュレッダーと向き合っている高橋にとって、何かに向き合わず一方的に自分を受け入れてくれるこの空間が恋しいのだ。
高橋を癒してくれる数少ない空間で小物を見ていると、ある置物に目を奪われた。
「あ、これ…」
3ヶ月前に別れた彼氏の家にあった置物にそっくりなものと出会ってしまったのだ。
女性は過去の恋愛を上書き保存すると言うが、高橋にとっては未だに上書きできるような恋愛が出来ていなかった。
頭の隅っこに追いやっていたはずの記憶が次々とフラッシュバックしていた。
「そう言えば、2日前はあいつの誕生日だったなぁ」
元カレを投影するように置物を見つめながら、センチメンタルな心情に浸る。
そして、誕生日を祝うメッセージだけでも送るかどうかを悩んだ。
こんな時は、送らない方が幸せになると分かっているはずなのに、送ってしまうのが人間の性である。
連絡を交わしていくと気になるが知りたくは無いことまで知ってしまい、自分の首を絞めてしまう。
別れてもなお優しいこと、別れたのに自分のことをよく知ってくれていること、そして、新しく彼女が出来たこと。
無意味に連絡は続く。中身の無い会話の中に自分が引き摺り込まないようにするので必死だった。
それは、シュレッダーの目の前にいる今もそうだ。
センチメンタルな感情は、時に心を潤す。そして、時に心を濡らす。
高橋の錆び始めた感情と身体を繋ぐ歯車に潤滑油を差すように、シュレッダーにも油を差した。
油を売るだけではなく、自分を男達に売り込んで過去に蓋をする。自己防衛のために男を作ろうとしている自分の魂胆に嫌気がさした。
自分の魂もシュレッダーにかけて、人生のリスタートを切りたい。心に大きく開いた穴に紙ゴミでもいいから埋めて満たされたい。
高橋は、生まれ変わろうという決意を胸に締まっていつものようなシュレッダーをかけ始めた。