化けの皮は脱いで寝るべし
家庭用シュレッダーを持っている人は、絶対にエロい。
今日も高橋楓は妄想をしながらシュレッダーで個人情報を砕いていく。
高橋は何枚も重ねた紙が吸い込まれていくのを見て心を落ち着かせている。
このシュレッダーを使い始めてから、もう5年の月日が経っている。高橋と仕事の苦楽を共にしてきた無機質で歯が生えた箱には、愛着が湧いていた。
しかし、今日の高橋は浮かない顔をしていた。
それもそのはず。昨晩の寝る前に化粧を落とすのを忘れてしまったのだ。
夜更かしは美容の敵なんて言われているが、化粧を落とさずに寝るのと比べれば優しいものである。
しかも、コンタクトも外し忘れていた。泣きっ面にオオスズメバチくらいのもんだ。
昨晩の高橋は苛立っていた。
普通はやることのないクレーム対応に追われていたのだ。
本来、事務員である高橋は電話が来ても受付以外は対応しないことがほとんどだ。しかし、その時は課長は外出中、クレーム担当も他の電話対応で出られずにいた。
お客様へ事情を説明して待つように説得したが、相手の怒りは収まらず。たまたま電話を取った高橋に怒りをぶつけられたのだ。
本来、自分がやるべきではない仕事やクレーム耐性のない高橋にとってクレームは鬼畜の所業。
感じたことのない疲れが、高橋を襲った。
疲れ切った高橋を唯一癒してくれるのは少し離れたところにあるスーパーで買ってきたプリンと柔らかいベッドだ。
甘さと柔らかさに包まれた高橋は、そのまま寝落ちしてしまったのだ。
そして、起きた頃には後悔の念。
「最悪だ…」
夢の世界から失楽園へ急降下。しかし、コンタクトのおかげで視界だけは良好だ。黒目の上で干からびた1ミリにも満たない薄い膜が、皮肉にもクリアな世界を映し出している。
高橋は急いで洗面台に行き、鏡で自分の姿を見た。
「だ、だれだこいつ…」
クリアに見える世界は、時に残酷な現実も鮮明になってしまう。
肌はクレーターの様にゴツゴツしていた。アポロ11号も驚きの不整地っぷりだ。
急いで化粧を落とすが時すでに遅し。化けの皮を剥がした後に化け物のような顔が出てきたのだ。
高橋の浮かない顔が、それに拍車を掛けた。
人間、目覚めが悪いと一日中やる気が出ないものである。
高橋は今日も大きなため息をついた。
今朝剥がしたばかりの忌々しい粉性の仮面と一緒にシュレッダーにかけたい高橋であった。