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君がダルシムになる前に  作者: 金本知憲
1/1

もし僕がダルシムになっても君は愛してくれますか


「あと1年であなたはダルシムになります」


「はぁ」


医者が真剣に言う言葉に僕は気の抜けた返事をするしかなかった。こんな時何といえばいいかわからないのだ、そうですかという言葉が口からでかかった時僕の後ろにいた彼女が僕の手を握り、他の病院に行こうと促す。それすらも煩わしさを覚えていたのだが、善意を流石に真っ向から無下にはできない。

彼女の柔らかく温かい手に幾許かの思いを抱きながらもゆっくりとその手をほどき。


「大丈夫だよ」


と言った。彼女は僕を睨みながらじっと見つめる。


「何が大丈夫なの?こんなに病院に行って、全部だめだって言われてるのに」


また始まった。こうなると、もう面倒なことこの上ないのだ。わかったことがある、彼女のこの外見から垣間見える清純さやら大人しさなどは、ほんの一部で彼女を構成するもののほとんどは真っすぐな自我だ。こうと思えば決してそれを曲げることはない。そこに美しさを見出す見方もあるだろうが、僕からすればただ煩わしく放っておくともっと面倒なので頭の中で対応を考える。


「死んじゃうかもしれないんだよ」


彼女は涙目にそう訴えた。長い付き合いではないが短い付き合いでもない。彼女は最低な僕なんかのために涙を流してくれている、多分映画や漫画の世界ではここで彼女を抱きしめて「大丈夫僕は死なない君を守るから」みたいな歯が浮くようなたわごとを平気でのたまうのだろうがあいにく僕は一般人だし彼女と僕はそもそもそういった関係ではないのだ。


「死なないよ僕は」


「なんで?」


僕が言うと彼女はじとりと僕を睨んだ。いつもの適当な言葉だと思ったのだろうか。ありがたい僕なんかのために悲しんでくれるとは僕は罪な男だ。


「だって僕は死なないんだ。こんな所で死んじゃたまらないよ。したいゲームもあるし、まだ君にお金を返していないんだ。天国まで取り立てに来られたら恐ろしくておちおち寝てられないよ」


言っていてなかなか冗談で済まない。なんせ彼女は一度受けた仕打ちは決して忘れないのだ。小学生の頃一度彼女の友達に悪口を言った男子がいた。彼女はそれに激昂してつかみかかろうとして男子は驚き逃げまどい先生など大人が仲介してその場はようやく収まったのだがそれだけでは終わらない。

その日の夜、その男子が家で過ごしていると母親から「友達がきたよ」と言われ怪訝に思いながら玄関のドアを開けると彼女が笑顔で立っていて顔面にそのままパンチを食らった逸話がある。


親からは「アンタが悪い」と言われるし僕も、確かに僕が悪いと今になっては思うが当時はなんて暴力的な女だと思ったがまさか10数年たった今でもそんな彼女と友人関係を続けているとは当時は思いもしないだろう。


「それも、そうね」


彼女は少し機嫌を取り戻したのか笑顔を見せた。


「死ぬなら私が貸したもの全部返してからにしなさいね」


「なんて怖い取り立て屋なんだろう」


「それよりさ、ごはん行こうよ お腹すいたし」


「本当に君って能天気だよね」


「考えても仕方ないよ、それより食べたいものがあるんだ」


「パスタでしょ?いいよ行こうもちろんおごりよね」


「了解了解」



僕らは、病院の近くのファミレスへ向かった。


「だから僕も訳がわからないよ。ただ全世界でもここ10年で5人しか発症が確認されていないってことだからね。」


僕は目の前に置かれたうまくて安いドリアを少しずつ口に入れる。


「結局なんなの?それは病気なの?違うの?死ぬの?」


さっき終わったつもりでいた話を気まぐれでぶり返してみると彼女は感情的にがっつりくいついた。彼女は感情が高ぶると早口になるきらいがある。僕は彼女の気持ちを抑えるためゆっくりとした口調を心がけながら


「死なないって医者も言っていたじゃないか。ただ今までの記録とか人間性とかすべてを失ってダルシムになるってこと」


「じゃあ死ぬと同じじゃないの!!」


彼女は僕の対面でバンとテーブルを両手で叩きつけた。周囲の学生や女性たちは好奇心や驚愕やらといった目で僕らをみるので僕は慌てて彼女を宥めた。ドンキーコングの下Bのようだとも思ったがそれを言うと余計に炎上させるので心の中でおさめた。


「なんで、そう他人事なのかな 君は」


彼女は呆れたように脱力する。決して他人事になったつもりはないのだがもしかしたらそうなのかもしれない。それもそうだ、ちょっと体の調子が悪いなと思ってたらどこの医者に行っても「あなたはあと一年でダルシムになります」の一点張りなのだから、僕が芸能人だとしたらまずテレビのドッキリを疑うだろう。


「そうかな、でもさ考えてごらんよ。僕らはダルシムがどういうキャラか理解していたからまだ話についていけてたけど、もしダルシムを知らない人間がこの病気に発症したとしたら『ダルシムってなんですか?』『ダルシムとは、あの格闘ゲームで登場する人気キャラで身体が黒く、手とか伸ばして人を攻撃したりします』みたいな会話が診察室で繰り広げられるんだぜ。面白くないかい」


僕がそういうと、彼女ははぁとため息をつきながら


「君はそういう人間だったねそういえば」


と少し笑った。怒りが収まったのだろうかそれとももう呆れてしまったのかおそらく後者なのかもしれないが。彼女の笑みは魔法のようでネガティブな感情など彼女の笑顔をみたらあっという間になかったことになる。それは僕だけなのかはわからないが


「そもそもダルシム病だなんてネットで調べて初めて知ったし、死ぬ病気じゃなさそうじゃないか。どの医者も僕に死ぬなんて言わなかったし。心配性なんだよ君は」


こんなふざけた病に一喜一憂する方が間違っていると僕は思う。ただ彼女が本気で僕を心配してくれていることに非常に大きな喜びとそして劣等感と罪悪感を抱く。もっともそれを表沙汰にするとまた彼女は怒り出すから僕はそれを隠しているのだが。

目の前の彼女は深刻そうな目でテーブルをみつめている。僕の軽口が聞こえていないかのごとく、怒っているのか悩んでいるのかわからないが深刻そうな表情なので僕は口をつぐみそれを見守るとやがて彼女は口を開いた


「ところでさ、手とか伸びるの?」



「え?」


間の抜けた返答をしてしまった。


「いやだってさダルシムになるんだったらさ、火とかだしたり腕とか伸びるでしょ?」


彼女は真剣にそれを聞いてきた。質問の内容とその真剣な表情のギャップに思わず笑ってしまったが彼女はむっとした表情をしたので僕は慌てて答える。


「医者も何人か言ってたけどダルシム化とは言っても少し腕は伸びるだろうけど必ず火が噴けるとも限らないらしいよ。強い精神力があれば話は別みたいだけど」


自分で話していても滑稽だと思う。ネットで調べると確かに乗っていたからかろうじで信じているのだがもしネットのない世界なら僕は信じていなかったしもしダルシムが生まれていなければこの病気はなんと言われていたのだろうか。


「なんか、さっきまで悩んでいたのがバカみたいだね私」


彼女はふっとつぶやくと、フォークでパスタを巻きつきかぶりついた。


「そうだよ、悩む必要なんてないよ。それに僕はダルシムに自我を支配されないさ。

僕は死なない」


僕は彼女の言葉に便乗した。あまり悲しそうな顔の彼女をみたくなかったしどうしても次の言葉を言いたかったから。


「なんで、そんな自信満々なの?」


彼女はじとりと僕をにらむように見つめるので僕は臆することなくむしろ胸を張って


「愛する君を残して死ぬわけにはいかないからね」


と告げた。彼女は表情一つ変えずに


「高杉真宙君とかに言われたらときめくんだろうなぁ」


とため息をつく。


「俺と彼の何が違うと言うんだ。俺だって彼と同じように目がふたつあるし耳もふたつあるし鼻もひとつだし肺呼吸だし」


「はいはいわかったわかった かっこいいかっこいい君もかっこいいよ」


「わかればいいんだ」


こんなことを言いあいながら僕らは笑いあった。

本当の気持ちをそのまま人に伝えるのは怖い、今の関係が壊れてしまうから、失ってしまうから、だから道化になってから伝える。

愛する君を残して死ぬわけにはいかない、これは僕の本当の気持ちだ。

もちろん彼女は本気でそう思っている訳ではないし僕も冗談めかして言っている。

卑怯なのかもしれない、男っぽくないのかもしれない。


彼女が傷つくことよりも自分が傷つくことを恐れている最低な人間だ。

今だって、結局目の前の問題から逃げて後回しにしてしまう。変わってしまうことが怖くて衝突することが怖くて現状を愛しているわけではないのに行動をろくにしないまま生きていく。

多分、こんな受け身の人生をこれからも送っていくのだろう。いやダルシムになるのならそれはそれでよいのかもしれない。


「雨、やんだね」


「え?」


彼女の声にふと窓の外を覗くと雨がカラリと上がり晴れ間が覗き東の空には虹がかかっていた。


「大丈夫だよ、きっと」


ぽつりと彼女がつぶやいた。


「そうだね」


そう返した。さっきまで雨の中僕のために走り回ってくれていた彼女に感謝を示しながらふと思う。僕らのこれからはこの空のように晴れやかになっていくのだろうか。それは誰にもわからない、ただ目の前の彼女だけは大切にしたい、そう思うようになった夏の日。


この日から僕と彼女との関係性は大きく変わるようになる。




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