03.Knife To Survive ②
男が後退を止めたのを見て、少年も足を止めた。
背丈の違いからくる攻撃範囲の関係上、至近距離で戦うのは少年側にとって得策とは言い難い。初撃同様、身体の身軽を活かした一撃離脱を基本としたい。逆に男としては、自分の刃先のみが届く距離を維持したい。
其故、今度は男がじりじりと前進を始めた。
しかし少年は下がろうとはせず、姿勢を低くし飛び掛かる契機を待っている。
次第に両者の距離は近づいていく。少年は動こうとしない。男は若干逡巡の様子を見せる。
(刺突からの離脱を狙っているのであれば、走り抜けるためのある程度の勢い…助走が必要になる。初歩の加速だけでは速さが満足にでない。にも関らずこのガキは下がろうとしない)
修羅場の不慣れさからくる立ち回りの拙さか。だが男を睨みつける少年の顔つきは注意深く、冷静さを欠いているようには見えない。
(…黒く、見切りづらい恰好をしているから、至近距離の勝負になっても勝てると踏んでいる?だが、いくら間合いを読ませないといえ、距離が近づくほど有利になるのはこちらだ。見えなくともリーチの差は確実にあるのだから、足を止めての戦いになるとこちらが一方的に斬りつけられる機会が増える)
男は接近する速度をやや緩め、観察を続けた。
ふと、少年の後方で声が聞こえる。
「水が吸い出し切れてない、クロエ、カテーテル頂戴」
「あわわ、は、はい」
襤褸を着た少年と華奢な少年が息も絶え絶えな嬰児に寄り添っていた。
男の視点からは何をしているのか見え辛いが、どうも救護をしているらしい。
少年の決死の特攻が男と嬰児を引き離すものだったとすれば、少年としては、この前線を崩すわけにはいかない。何の妨害もなく男が走れば、ものの数秒で斬り散らせる距離である。
(…なるほど、そういうことか)
それなら取るべき方法は一つ。面倒な間合いの計り合いなどする必要はない。
「…何してやがるガキども。ぶっ殺す!」
男は怒声を上げ、嬰児たちのもとへ突貫する。
「…!」
少年は機敏に反応した。
男はやや少年を迂回する走行ルートを採っている。
その為、走る男の横合いを狙う形になる。
刺し切らなければならない。
ここで止めなければ後ろの嬰児たちに危険が及ぶ。
少年は加速し、男の腰部を目掛け最高速に達する。
突如、男が走る勢いを急激に殺した。
不意を突かれた少年は目標を失い、即座に離脱を試みたが、銀髪が緩慢にその動きに付いていく。
長髪は直前の身体の動きを反映する。しかもやや遅れて。
男の左腕が銀髪を捉えた。
「……ッ!」
鷲掴みにした後ろ髪を思いきり引き寄せる。
右手は背中を刺し貫くつもりで手首を固めている。後は倒れてきた少年に対し、包丁を突き出すのみ。
「死ねぇ!」
少年が、二重円柱になっているナイフの柄を抜き取った。