初めての外泊の朝
前回のあらすじ
朱里のトラウマが増えた。
リア充爆発しろ。
初野宿、初外寝の朝である。
朱里は体の痛みで目が覚めた。
原因は主に下敷きになっていた小石達だ。
昨日は何も考えず、その辺で転がって寝ていたが、体には石の跡が沢山ついていた。
痛い。
朱里はゆっくりと体を起こして辺りを見回した。ついでに体についた石を払う。
太陽は見えない。だが明るい。
草は露に濡れて体に掛けていた布もしっとりしている。
近くには大小の布の丘があり、ハンジュとテイジョウがまだ寝ていた。
反対側の少し離れたところには大きな布の塊が見える。きっとシャンボークだろう。
シーキュイが見あたらないが、あの塊の中にいるのかもしれない。いやいるのだろう。朱里はそう判断した。
一人、目が覚めてしまったが、もう起きてもいい時間だ。
朱里は、桶と布を魔法鞄から取り出した。
木の裏に回って、桶に水を魔法で溜めると顔を洗った。ついでに拭ける範囲で体と髪を拭いた。
布を洗って乾かし、水を撒いて始末した後、桶と布を仕舞う。
次に取りだしたのは櫛だ。
濡れた布で拭いたのでしっとりはしたものの、寝ている間に跳ねてしまった髪を梳いて落ち着かせる。
朱里は前の世界では自然乾燥派だった。
寝ている間に髪が爆発しないのかといえば、する。だから、風呂は朝が多かった。
だが今は野宿中。
川も近くにないから水浴びもできない。
他人がいるから、服を全て脱いで体を拭くのも難しい。
なにより何かあった時、すぐに動けない。最悪、自分だけではなく周りにも被害が出る。
重々に承知している朱里は、少しだけ離れはしたが、その場で朝の支度をすべて終わらせた。
髪が落ち着いたか鏡で最終チェックしていると後ろから声がかかった。
「それ、魔法鞄だったんだ」
テイジョウである。
「おはようございます。
そうなんですよ。旅に出ると決まった時、森に残った姉が旅先での苦労が減るように、と持たせてくれました」
ちなみに姉は管理者もしくはサイである。
「すごいね。どれだけはいるの?」
「さあ?とりあえず今のところ満杯になった感じはしません。
まあまだこの鞄が無くても持って旅ができるほどしか入ってませんが」
嘘である。
朱里は町を歩いている間に知ってしまった。
魔法鞄の容量がでかければでかいほど法外に高くなることを。
魔法鞄自体持っている人が少ないことを。
そして、一般的な容量はだいたい登山をする用のでかいリュックサック程だと言うことを。
体育館一軒分などという容量は国宝級だということも。
だから知らないことにした。誤魔化した。嘘をついた。
荷物は全て出したら、身動きできない程入っている。
「便利だよね。大抵は必要最低限入れたら一杯になるんだけど、まだ一杯にならないのなら高級品だ。さっきの桶とか昨日の調味料で内容量を推測するにね」
見られていたらしい。
「手作りですから、どれ程か分からないんですよ」
朱里は苦笑いを浮かべた。
「手作り!見たい!調べさせてくれない?それか作り方教えて」
テイジョウの目が輝いている。初めてだ。
テンションが高い。初めてだ。
「人には渡すなと兄に厳重に言われてまして。それに姉が作ったところを見ていないので、材料も作り方も分からないんです」
これは本当である。
脳内知識が教えてくれた魔法鞄についての基礎知識は、使用者が常に身につけ、魔力を与える事で発動すること。物を入れる際に物に自身の魔力を少し纏わせないと入らないこと。
だから虫など使用者が許可しない物は入らない。
そんな鞄だから持つ人が変わって、その人が魔力を流し込んでしまえば、鞄に流れる魔力が変わり、前の人が入れていた荷物はすべて吐き出されてしまう。
だから人には貸せないし、預けられない。
まあ、盗られやすいからというのも勿論あるのだが。
ちなみに、朱里がこちらに来たとき、鞄はすでに朱里の魔力を纏っていた。
どうやったのかはサイとその仲間達しか知らない。
それから脳内知識には一般常識ではない魔法鞄の作り方はなかった。ただの鞄もなかった。
ただ、革の鞄のみ食べ方が載っていた。
皮の鞄は食べ物に入るらしい。
「残念だ。魔法鞄のレシピは高嶺の花だ」
テイジョウは分かりやすく落ち込んだ。
「こんなに便利なんですから、公開して一般に出回るようにしてもいいと思うんですけどねぇ」
ここまで落ち込まれるといたたまれない。それほど落ち込んだテイジョウに朱里は慰めの言葉をかける。
「まあそれをすると武器の大量移送とか窃盗とか犯罪に使われかねんからな」
いつから聞いていたのかハンジュが起きていて話に加わった。
「あと、材料だけなら俺は知っているが、とても知っていても手に入るものじゃない。
テイジョウには前教えたが、材料にレア素材、クーマンの糸がいる。
クーマン自体滅多にいるもんじゃない上にその糸も切れやすく扱いにくい代物だ。
容量を上げようと思えばさらに上位のクーマンから糸を採らなきゃならないが、そんなのクーマン探しに一生捧げて、一生に一回会えれば良い方だと言われている程、稀少種だからな。
下位のクーマンでさえ、べらぼうに強い。ギルドに依頼を出すなら銀ランクレベルの依頼だそうだぞ」
朱里は魔法鞄から魔動物図鑑を取り出した。
クーマンは一般的な魔動物ではなかった。それに食材にもなったことがないようで脳内知識になかったのだ。
「えっと、クーマン……蜘蛛型の大型魔物。天災指定……天災レベル!?……毒の牙と爪と糸、それから毒の露を纏った体毛を持ち、岩をも断つ硬度の糸を吐く。息にも毒が含まれているので近づくべからず。
……これ、倒せるんですか?銀ランクの人なら……?」
朱里には正直勝てる要素が見あたらなかった。
「俺はまだ出会ったことはない。依頼もな。
だが、知り合いの銀の奴が死にかけながらも糸を採ってきたことがある。
倒せなくても糸の回収はできると言っていた。まあ二度とやりたくない相手だそうだ」
朱里は自分の魔法鞄を撫でた。
これにはいったいどんな化け物レベルのクーマンの糸が使われているのか。
「朱里の姉上、よく用意できたね」
テイジョウの言葉に朱里も無言で頷き、同意した。
その顔はちょっと青い。
内心は、過剰サービスだよ!管理者さーん!である。
さてそうこう話をしていたら、残りの布の塊が動いた。大きな山から小さな人がでてくる。
シーキュイだ。
「んー……おはよう……」
気だるげな声を上げるまだ完全に起きていない彼女に三人はそろって声をかけた。
「「「おはよう。昨晩はお楽しみでしたか?」」」
途端に顔を真っ赤にするシーキュイ。
「は!?な、なに言ってんのよ!朝っぱらから!ばっかじゃないの!?」
早速彼女の口から飛び出す怒声に、
「いやいや、朝だから、でしょう」
「若いってのはいいな」
「シーキュイ破廉恥」
シーキュイは真っ赤になって腰に差していたナイフを三人に向かって投げた。
三人はもちろん避ける。
「きゃーこわーい」
「シーキュイが怒ったぞー」
「おこりんぼー」
緊迫感のない悲鳴が上がった。
「あんたら、ねぇ!」
シーキュイ追撃をかけようと腰を上げた。だが、立ち上がることはできなかった。
「うーるせいなぁ。まだ眠いんだから寝かせろよ」
のっそりと腕を上げたシャンボークが、そのまま重力に任せてシーキュイを巻き込んで腕を降ろした。
巻き込まれたシーキュイはシャンボークの抱き枕となり身動きがとれない。シーキュイは顔をさっきまでとは違った意味で真っ赤に染めあげた。
寧ろ、さっきより赤い。
「しゃ、シャンボーク!はな、放し、放して!」
必死に拘束から逃れようとあがくシーキュイだが、
「シーキュイうるせぃ」
寝ぼけたシャンボークはあろうことか、口でシーキュイを黙らせた。
彼的には両手をシーキュイの拘束に使っているため他に使うものがなかっただけだろうが、シャンボークに片恋をしているシーキュイにはたまったものではない。
「んー!んぅ!むぅーーー!!!」
しばらく呻き声が聞こえていたが、シャンボークが再び毛布をかぶり山となれば、静かになった。
「ねぇ、あれで彼は彼女を他の男にやるって言ってるの?」
一連を眺めていた朱里は呆れた声を出した。
「そう」
「ありえん馬鹿がいるだろう?」
大きく頷いた朱里は、朝食の準備をし始めたハンジュの手伝いを始めた。
シャンボークとシーキュイが起きたのは朝食の用意が完全にできた後。
ハンジュに蹴り起こされた。シャンボークだけだが。
シーキュイはシャンボークの腕の中で身動きできずに固まっていて、寝ていなかった。
今朝のメニューはハンジュ達が提供してくれた丸い球型のパンを三つに割って間にバターを塗って、昨日の残りのカーウィックの肉と朱里がその辺から採ってきた食べれる野草を挟んだサンドウィッチ。つなぎのたれは朱里が作った前の世界でいう和風ゴマ油醤油味ドレッシングだ。
一口かぶりつけば、やや固いパンにたれが染み込み、噛みちぎりやすくなる。口の中では肉の脂のうま味と野草のさっぱりとした香り高い味が混じり合ってカーウィックを焼いた肉から出た脂の多さが全く気にならない。最後に醤油とごま油の、もちろん異世界にそんなものはないから朱里が似せて作ったものだが、味が広がる。
「うまい」
朱里は機嫌良く、その日の朝食を腹に納めた。
「あんたが出してくる調味料って食べたことない味なんだけどどこで手に入れてるの?」
食後のお茶を飲んでいると、シーキュイに尋ねられた。
「自分で作ってますよ」
朱里も隠すことなく答える。
「すごいもんだなぁ」
シャンボークは誉めてくれたが、尋ねた張本人は顔をしかめて「ふーん」と顔を逸らされてしまった。
「残念だったな、シーキュイ。シャンボークが気に入った味を手に入れられなくて」
代わりにハンジュが解説してくれた。
「ち、違うわよ!私が気に入ったから聞いたの!」
シーキュイは真っ赤になって怒鳴ったが、まあ、そういうことだ。
「作り方教えようか?」
特に隠す必要もないのでそう言ったら、
「いらないわよ!」
「ありがたい!」
シーキュイとハンジュに全く反対の意味で食いつかれた。
「シーキュイ。せっかく教えてくれるというなら聞いとけよ。お前、料理うまくないんだから」
シーキュイは朱里の提案を拒絶した直後に「しまった」と言わんばかりの顔をしていたが、シャンボークの言葉に、唇をつき出し、渋々という体で、
「し、仕方ないわね!別に!そこまでひどくないのよ!?でも、あの味は好きだから教わるわ!
ハンジュも聞くみたいだし!」
朱里は、これが世にいうリアルツンデレかーと、前の世界では本を読むたび、現実でこんな性格破綻者生きてけねーよ、と思っていた存在に、これはこれでありかなと評価を改めた。
ただし端から眺めるに限る、だ。
端から見る分には楽しい人格だった。
自分にされるとめんどくさいのには変わりないし、社交性は壊滅という評価は変えないが。
「んーじゃあねー」
字が書けない朱里は、口頭でレシピを伝えた。字が書けるらしいハンジュがそれをメモしたので、シーキュイはそれを覗き込んでいる。
「材料、そんなに珍しいものじゃないんだな」
「大事なのは材料の比率ですかね?大ざっぱに作ると味が脂っこくなったり、しょっぱくなったりします」
「これとこれなんて混ざらないんじゃない?」
「その前にこれを入れて温度を上げると混ざるんです。入れる順番や手順も大事ですよ」
朱里の説明にハンジュが更に書き込みながら、朱里の説明に納得する。
「これなら作れそうだ」
ハンジュは喜んだ。
「大ざっぱじゃだめなのね」
シーキュイは肩を落とした。
シーキュイは前の世界の朱里と同じタイプのようだ。
朱里には痛い程シーキュイの言葉の意味が分かった。
要はめんどくさい、だ。
多分シーキュイがこのドレッシングを作ることはないだろう。朱里にはわかる。
だって、前の世界での朱里ならこんなめんどくさい手順のドレッシング、手作りしたりしない。しても手順を省いて失敗する。
「手順省いちゃだめですよ」
シーキュイは眉間をぎゅっと寄せて頷いた。
これは作らない。絶対に。
別にそれでも朱里は不快にならない。
世の中にはわざわざ教えてあげたのに実践しないなんてと憤る人もいるが、前の世界で怒られる側だった朱里には怒る権利も資格もない。気持ちが分かるだけに、だよねーとなるだけである。
まあ、このパーティにはハンジュがいるし、作れる人が作ればいいのだ。
「こういう細かい手順みてると、テイジョウの魔法薬みたいに思えるわ」
手順のおさらいをしているハンジュの横で手元を眺めていたシーキュイはそう言ってため息を吐いた。
「あーわかります。魔法薬が作れるなら、……テージョー、さんも料理作れるんじゃないかと思うんですが」
料理は化学の実験に似ている。
どっかの錬金術師の本でも料理との関わりの深さを説いていたシーンがあった。だから常々思っていたのだが、
「無理。
少々とかひとつまみとか曖昧なのが多すぎる。そもそも材料すべてが正確に分量が決まっているようで決まってない」
荷物を、主に昨日採った薬草を確認し、荷物をまとめていたテイジョウは即座に否定した。
テイジョウは完璧主義者だそうだ。
融通が利かないとも言う。
だから曖昧なことは出来ないのだそうだが、しかし考えてみれば、実験とは正確さを求めるものであり、少しの分量の違いで結果が変わるものでもある。
実際、前の世界ではそのわずかな差による違いまでも追求していた科学者達がいた訳で。
それらを考慮するなら、確かに料理は似ている様でありながら曖昧が多く似ていないものであると言えるのかもしれない。
「言われてみれば、芋一つとっても大きさや重さはばらばらだしな。いちいち全部画一化とかできねぇし、時間もない。」
手順を確認していたハンジュは出来上がった物を味見した。顔を見れば満足そうに口が緩んだところから思った通りの味になったようだ。しっぽが揺れている。
「人の好みなんて最大にしてやっかいな要素だよ。理解しようがない」
だから無理。とテイジョウは言った。
その結論を聞いたシーキュイは何かを考えるように下を向いた。だが、
「んーなもん、合わせてやる必要などない。自分の料理の味に染めてしまえばいい。
母親の味なんかその最たる物だろう?」
ハンジュがにししと笑うとシーキュイが顔を上げた。
「そうよね!その通りだわ!」
シーキュイは何か光明を得たようだ。
「まあ、基本的においしいと言われる物でないと難しいですけどね。
母親のは多少まずくてもそれこそ長い時間と初めての味という味方が付いてこそですし」
朱里の一言でシーキュイはまた沈んだ。
恋する乙女とやらは忙しない。
「お前らー、いい加減移動するぞー」
今まで会話に出てこなかったシャンボークが初めて口を出した。
声の方を振り向けば彼はすでに武装しており、歩いてこちらに来ていることから、周囲を散策か索敵をしていたようだ。
「おう!すまんすまん」
「今行くわ」
全員、すぐに広げていた荷物を片づけ始めた。
「今日の予定だが、俺らはこの先にあるクナウ川上流のアルス村に向かうが、あんたはどうする?」
シャンボークの言葉に朱里は少し考えた。
「予定では私も同じです」
シャンボークは笑った。
「よっし!じゃあ今日も訓練だな!」
「あ、やっぱりですか」
シャンボークの分厚く大きな手が朱里の頭をがしがしとわし掴んで髪をかき混ぜた。朱里はげっそりと肩を落とした。
20.4.27 改稿