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初めてのトラウマ

前回のあらすじ

お兄ちゃん(脳内知識)が出来ました。

先生、カーウィックを、捌きたいです!


残酷な表現あり。

グロ注意。

ちゃいちゃも注意(笑)

 目の前には五匹のカーウィックが並んでいる。


 二匹は朱里が捕ったものだ。残りは男達が捕った。

 つまりシーキュイは一匹もとれなかった。


 結果、シーキュイがむくれている。


「まあ、お前は狩りも要課題だから、こっちで捌いてる間、狩りの練習してろ。な?」


 シャンボークが苦笑い気味に、テイジョウを補佐にシーキュイを再び草原に放った。


「あの人達は捌き方見なくてもいいんですか?」


 早々に名前を忘れた朱里は、あえて指名せず、シャンボークに尋ねた。

 当然、シャンボークの名前も忘れているので、名前を呼ばなくて良い様に、シャンボークの顔を見て聞いた。


 朱里の悪い癖である。


 朱里は人の名前と顔が覚えられない。または一致しない。

 学校では、その場で付けたあだ名を呼んだり、誤魔化していれば良かった。

 だが、バイトを始めてからは、スタッフやお客様を間違った名前は当然ながら、あだ名で呼ぶことも許されなかったため、初めて苦労した。

 自業自得だが。

 結果、朱里は相手の名前が分からない時や忘れた時は名前を使わないで相手と会話する事を覚えてしまった。

 悪い事に、朱里は人を忘れるだけで、過ごした事柄は覚えていた。しばらく話していれば、あぁ、あの時のあの人かと話が合わせられた。

 それもこの悪癖を加速させた。


 朱里は人の名前を覚える努力をしなくなった。


「テイジョウは料理が下手でな。触らせたくない。ポーションとかはうまく作るんだがなぁ。

 それにうちでの料理はもっぱらハンジュが作るから、こいつが見てれば基本問題ない。

 シーキュイは……捌く練習以上に狩りの下手さが問題だからな……」


 苦く笑いっぱなしのシャンボークに頷くハンジュ。

 彼らの指にはシャンボークは青、ハンジュは銀の指輪が嵌っている。テイジョウは青だった。


「じゃあ、始めましょうか」


 シーキュイは赤。

 魔物を狩れない彼女に、赤は下から二番目のランクだとしても違和感があった。

 シャンボーク達、高ランクのチームにいる恩恵か、はたまた……。

 だが、朱里は深く追求しなかった。

 必要ならその内分かるだろうというスタンスで、それよりもカーウィックに向き合う。


 今必要なのは、彼らの情報ではなく、朱里自身のこの地に住まう人としてのレベルアップだ。


「まずは死骸を触る所から、だな」


 シャンボークが一番端のカーウィックの腹を撫でた。

 朱里を見る目が言っている。

 さあやってみろ、と。

 朱里はおそるおそる一番きれいな死骸に手を伸ばした。が、毛皮の前で止まる。


 そのカーウィックはシャンボークが狩ったものだ。

 彼が背負っている大剣は使わず、懐から取り出した大きめのナイフで首を跳ね飛ばした。

 首なしだ。

 だが、頭がない他は奇麗だった。


 朱里はがんばった。

 ぬいぐるみだと思い込んで触ろうとした。

 だが、伸ばされた手は次第にプルプルと震えだし、カーウィックとの距離は縮まらなかった。


 その時ハンジュが動いた。


 無言で、がしっと朱里の手を掴んだ。

 朱里が振り払うより先に、力付くで朱里の手をカーウィックに押しつけた。


「うひぃいいいぃぃ……」


 少し冷えた体温とぐにっとした肉の感触に、朱里の肌は総毛立った。

 朱里は悲鳴を上げた。

 逃げようにもハンジュの手は動かない。


 そして、シャンボークも動いた。


 胸元で握りしめられていた朱里の手が、がっと掴まれる。

 これまた朱里が何かするより早く、隣に寝かされていたハンジュが仕留めたカーウィックの前足の付け根に朱里の掌を押しつけた。

 掌の下に、しとめた時の矢傷が当たる。

 血が少量流れ出ていて、周りの毛をしっとりと濡らしていた。


 感触がダイレクトに朱里の掌に伝わった。


「ひぃやぁああああ!!!!」


 完全に予想外の事態と感触に朱里は半泣きで叫んだ。

 だが、やっぱりシャンボークも放してくれなかった。


 ちなみに鉄で出来た矢じりは、弓と共に引き抜かれてハンジュに回収されている。

 鉱物は貴重なのだ。


 朱里は手を引こうと暴れた。体を後ろへ引っ張った。

 高ランクの実力者である二人は朱里の全力の後退にも負けなかった。逆に朱里の両肩に空いた手を置き朱里が後ろへ下がるのを引き留めた。それが更に朱里の掌がカーウィックに押しつけられる事になった。

 ぐにゃりと肉と骨が朱里の手の下で蠢いた。


「うみゃあぁぁぁああああ!!!」


 朱里は泣いた。




「なんて様なの!」


 二人が朱里の手を離したのは、朱里がさんざん泣き喚き、それでも動けず、やがて諦め、涙も枯れ、動く気力もなくなった後だった。

 その間に、カーウィックの毛皮を一部剥いで、朱里の手を突っ込むという暴挙まで成されていた。


 シーキュイ達が戻ってきたのはその後。

 日が落ち夕闇に包まれはじめ、カーウィックがねぐらに帰り、狩りができなくなってからだった。


 帰ってきた二人が見たものは、捌き終わったカーウィックではなかった。出来上がったおいしい夕飯でもなかった。

 シャンボーク達の手が離れても真っ白な灰になり、カーウィックの腹に手を突っ込んだままの朱里と、さすがにやりすぎたと反応の無くなった朱里に声をかけている男二人の情けない姿だった。


 シーキュイは呆れた。


「トラウマにしてどーするのよ!なに考えてんの!?やりすぎでしょ!?」


 シャンボークとハンジュはシーキュイの前に正座させられた。


「……生きてるか?」


 ぼそぼそとテイジョウが朱里の顔をのぞき込んだ。

 反応は無いが生きている。もとい、気絶していないのを確認して、カーウィックに差し込まれたままだった朱里の手を抜いてやる。ついでに朱里に話しかける前に用意していた水で、布を濡らして両手を綺麗に拭いてやった。


「こんの!脳筋共がぁ!!!夕飯どうすんのよ!馬鹿ぁ!」


 シーキュイの罵倒が草原に響き渡った。


「あんたもいつまでも真っ白になってんじゃないわよ!テイジョウ!気付け薬!」


 朱里はテイジョウの気付け薬で正気を取り戻した。

 だが、正気に返ってもショックから枯れたはずの涙をほろほろと流すだけで何も出来なかった。


 シャンボークとハンジュが土下座した。



 結局、シーキュイの説教が終わり、朱里が泣きやんで、全員が温かな夕餉にありつけたのは夜も更けてからだった。

 ハンジュが朱里の口頭指示を元にカーウィックを捌いて焼いた。時間もないので味付けは塩胡椒のみ。一口サイズにして火の通りを早めた肉を串に刺して直火焼きだ。


 ちなみに調味料は朱里が提供した。


 不味くなる原因、捌き方の違いは、腹を割くときに、肛門近くにある臭腺と呼ばれるカーウィックが仲間を確認する際に尻から出す臭い液をためる袋を破らないように、肛門部分で肉を大きく丸く抉って取り除くだけだった。

 ハンジュは肛門からまっすぐ腹を捌いていたので、臭腺を破ってしまい、結果肉全体に臭腺液が流れ、肉が苦くなっていたのだ。


「つーか、シーキュイおまえ結局一匹も穫れてねぇじゃねぇか」


 じゅわりと焼かれたカーウィックは、茶色く焦げ目を付けて、胡椒のいい匂いと共に、朱里以外の空になった胃袋をこれでもかと攻撃してくれた。

 いつもと違う形に開いた肉は全く苦みがなかった。匂い通りうまかった。

 朱里を除いた全員がうまいうまいと串に刺さった肉に食らいつく中、シャンボークはシーキュイを叱り始めた。


 酒が入ったからである。


 シャンボークは、朱里の前の世界によくいた、酒が入ると部下に訓戒を述べ出すおっさん上司と同じ酒癖があった。


「確かになぁ、ハンターのランクは強さじゃなくギルドへの貢献度を示すものだからなぁ、依頼や討伐をしなけりゃランクは上がらんから、赤でも弱いってわけじゃないが、現に、お前だって弱くないが、いくら強くても当たらなきゃ意味ないんだぞ?

 カーウィック一匹仕留められなくてどうするんだ!」


 この時、朱里はさすがに肉を食べる気がせず、昼と同じく、くこの実を食べていた。


「だって当たらないんだもの」


 シーキュイはせっかくうまい夕餉でほころんでいた顔を再びふくれっ面にした。


「シーキュイは、狩りの基本からなってない。あんなに騒いだら獲物が逃げるの当たり前」


 シーキュイに随伴していたテイジョウが語る。


「気配消さない。声上げて走る。大振り。失敗しても大声で文句言う。あれじゃあ無理だ」


 声はぼそぼそと小さく聞こえにくいが、なぜか全員に聞こえる声。

 当然、聞こえた朱里もそりゃ無理だと思った。気配の消し方など朱里も知らないが。


「シーキュイ?お前、やる気ねぇなら、村に帰れよ」


 シャンボークはシーキュイにだけきつい事も言う。

 それは、これまでの旅の中で、シーキュイがいかに何も出来なかったかを示すもの。だが。


 朱里は、彼らが付き合いの長さも深さも知らない。けれど、シャンボークの朱里に対するお節介とも言える面倒見の良さを体感していたので、彼のシーキュイへの当たりの強さは意外だった。


 だが、きついと感じていたのは、朱里だけではなかった。


 ハンジュがシャンボークを宥め始めた。

 シャンボークは言葉を撤回しなかったが。

 テイジョウも無言でシャンボークに水の入ったコップを渡して酒を遠ざけている。

 すぐに取り返されたが。

 シーキュイは、


「いやよ!私はシャンボークと一緒にいるの!」

 

 シーキュイは必死だった。

 ふくれっ面が一転泣きそうになっている。


「邪魔だ。遊んでる訳じゃねーんだぞ」


 シャンボークの声が一段と低くなった。

 こうなってくると困るのは、一緒にご飯を食べているが事情が全く知らない朱里だ。


 ギスギスした空気の中で食べるご飯はおいしくない。

 ただでさえ、今日は、食欲を凌駕する精神的疲労が多かった。食べやすいはずのくこの実も無理矢理飲み込んでいる位に。


 ちなみに食べないと言う選択肢はない。


 おなかが空いた時に必ず食べられる状況ならともかく、一応、危険な動物も魔物もいる状況なのだ。

 食べたい時に食べれないかもしれない可能性は朱里だって十分に想像できた。

 

 だからこそ、疲れても無理矢理食べている状態で、この状況はありがたくない。

 しかし、だ。

 朱里には二人の状況をよく知らない。

 幼なじみだという話だが、彼らを取り巻く事情を詳しく聞いたわけではないし、また興味もない。関わりたいとも思っていなかった。


 どうするかなぁと朱里が考えている間にも、話は進む。


「そもそも俺らは王命で動いてんだ。それだけ危険なんだよ!一時ならともかくメンバーの中でランクの極端に低いお前を連れて戦う余裕はない!足手まといだ!」

「わかってるわよ!だから構わなくて良いって言ってるじゃない!」

「出来るかぁ!それで死んだら俺らの寝覚めが悪いだろうが!」


 二人の言い争いはヒートアップする。

 ハンジュとテイジョウは二人を止める事をあきらめた。

 二人は自分達の分の食事を持って朱里の方へ避難してきた。

 朱里は口論が始まった時からにじりにじりと火の明かりは届くが、二人に巻き込まれない所まで後退りしていたのだ。


「やれやれ。シャンボークも女心がわからない奴だ」

「痴話喧嘩は、余所でやれ」


 呆れるハンジュと妬っかむテイジョウ。


「あーやっぱあれってそういう?」


 朱里が確認すれば、二人はそろって頷いた。


「王命って言ってるけど、勝手にメンバー増やしていいものなの?それに、二人は彼女がついてくることに異論はないの?」


 シャンボークは酒が入っているからこその説教のようだが、それでも、シーキュイがこの高ランクチームの中では足を引っ張る存在であることは間違いない。なのに、二人は苦笑いでシーキュイを受け入れている。


「あーシーキュイはなぁ……」

「光魔法、使える。結構いてくれると、ありがたい」

「まぁ、確かに今の彼女じゃ、この先な。常々守ってやれるわけではないし、シャンボークが帰したがる気持ちも分かる。

 だが光魔法が使える者は少ない。

 シーキュイが自身の身さえ守れる位強くなってくれれば、な」

「せめて緑並に」


 光魔法とは治癒魔法のことである。

 使えるのは人種的には砂の人に多く、他の種族では少ないのが特徴だ。海の人には使えない魔法でもある。

 またその効果にも幅があり、上は息さえあれば助けられたり、欠損部位も復活できたり、不老不死も可能といわれている。だが、そんなのは伝説級であり、砂の人でもそこまで出来る人は物語の中の人だ。

 砂の人以外で現れる光魔法所有者に至っては、大抵、軽い怪我の血止めが出来たり、体力をわずかに回復できる程度。病気は治せないし、値段は高いが、普及している回復薬や血止め薬の方が効果が大きいのが普通だ。


 そんな状況で、さして強くなく、足手まといで、押し掛け女房的にメンバー入りしている、社交性にも問題がありそうなシーキュイが、「いてくれればありがたい」と条件付きながら言われるということは、彼女の光魔法はそれほど効果が高いということだ。


「そんなに効果あるの?彼女の魔法」


 言い争うシーキュイにはそんなすごい力があるという雰囲気は失礼ながらない。


「ああ。怪我は重症まで治せる。体力の全回復も可能だ。病気もある程度は治せるらしくてな。地元じゃ聖女扱いだったらしい。領主も頭を下げるほどだったそうだ」

「噂を聞いた国に呼ばれた時に、第二だか第三だかの王子と結婚して国の所有物になるはずだった。でも、勇者と魔王の出現にかこつけて、勇者について魔王の討伐に出たシャンボークを追って押し掛けて来た。……女の子は、すごいよね」


 想像以上にすごかった。

 恋する乙女の行動力が。

 よく謀反人にならなかったものである。だが、


「あれ、じゃあ、彼女、地元に帰ったらその王子とやらと結婚になるんじゃ?」


 男二人は頷いた。


「だから必死」

「シャンボークとしては王子の嫁の方がいい生活が送れるし、シーキュイのためになると思ってるんだろうが」

「好きな人がいるのに違う人と強制的に結婚って時点で不幸にしかならなくない?」


 シャンボークだけがわかっていない。本当に乙女心のわからない男のようだ。


「シャンボークはシーキュイを保護すべき妹としか見ていないからな」

「鈍すぎる」

「全くだね」


 三人は呆れた息を吐いた。


「でもどうしよう。このままじゃうるさくて眠れない」


 朱里としては、お腹も満ちたし、今日は精神的に疲れたし、もう眠りたかった。


「もうすぐシーキュイが泣き出す」

「そしたら静か眠れる」

「ただし、目は向けるなよ。お前らもう結婚しろよとナイフ投げたくなる光景に突入するからな」

「なにそれ?」


 朱里が疑問を呈した後、シーキュイがタイミング良く泣き出した。

 すると酒精に任せて説教していたシャンボークが途端に慌ててシーキュイを宥め始める。

 シーキュイを抱きしめて、頭を撫でて、優しく声をかける。それはもう愛しい自分の幼子に嫌われんためにあやす父親のような猫なで声だった。


 そして朱里は男二人の忠告を理解する。


 確かに静かになった。

 あたりに響くのはシーキュイのすすり泣く声とシャンボークのシーキュイを宥める静かな声のみ。


 ハンジュとテイジョウはすでに毛布をかぶって寝ていた。

 朱里もそうすれば良かったのだ。

 だが、朱里は見てしまった。


 あやす為、シャンボークはシーキュイの髪をかき揚げ額に唇を落とした。

 甘い声を出しながら、瞼や頬、シーキュイの唇の際と口付けていく。片手はシーキュイの頭を撫でて髪を梳き、もう片方は腰に回ってしっかりとシーキュイを抱えて。


 朱里は毛布をかぶって男共のように横になった。


「リア充爆発しろ」


 地球で生活していた時の僻み言葉がぴったりの光景に、思わず。

 この世界では意味不明と知りつつも他にそう言うよりない苛立ちを、朱里はなるべく小声で、しかし全気持ちをその言葉に託して吐き出した。


 確かに幾分静かにはなったが、今夜は眠れそうになかった。


20.4.27 改稿

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