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森の女達

前回のあらすじ

修行頑張ります。

 お昼まで修行を頑張ったが、何とか自力でガインの家まで歩いて帰ることが出来る程度の怪我で納めることが出来た。

 疲れはそんなに感じない。筋肉痛も前回よりはひどくない。

 午後からも動ける範囲だった。


 朱里はここいらでようやく理解した。

 体力=筋力ではないのだと。


 サイに体力は増やして貰った。だから疲れていない。

 思い返せばこちらに来てから疲れたと思うことはあまり無かったように思う。

 ゴキリウス戦とかスカル戦を除いて。

 しかし、筋力は増やして貰ってない。


 朱里は大学でダンスサークルに所属し、日々踊ってかなり激しい運動をし、筋肉は人よりあると思っていた。

 だが、一般人だ。


 筋肉量はそれに見合う程度しかなく、またそれは戦うための筋肉ではない。

 しかし、この世界に来てからその使用量は明らかにオーバーしている。しかも普段使う事のない方の筋肉を。

 故に、筋肉痛だ。


 体力があるから疲れにくいが、筋量は少ないので力に制限がある。


 それでも、と朱里は思った。

 それでも筋肉は増える。現に筋肉痛はマシになっている。

 朱里は密かに成長を実感して感動していた。


 いずれ、ガインのように動ける様になれるだろう。

 一人で狩りも夢ではない。


 それ即ち、一人で旅が出来るという事。

 夢への一歩だった。




 昼はガインの家に帰った。

 ライスバーガーである。


 蒸し米を半殺しにして、形を整え、魚醤を塗って焼いた後、根野菜と何かの干し肉をお湯で戻した物を魚醤で煮つけて、蒸し米のバンズの間に挟んで、紙で巻いて板とその上に重石を乗っけて。

 押し寿司の要領で作った物を朝に用意していたのだ。


「どうせ修行一日目なんて、筋肉痛で作れなくなることは分かってましたからね!」


 朱里は胸を張った。


「おぉ!胸を張る事じゃねぇが、旨そうな料理に免じて誉めてやろう!

 偉いぞ!」

「わーい」


 平和な昼食が始まった。


「午後から、俺は狩りに行ってくる。

 お前はまだ連れてけねぇから、昨日言ってたように、洗濯場行って余所の嫁さん達の話、聞いて来いよ。ついでに洗濯を頼む」

「一人の時は、洗ったり乾かしたりするのに魔法使ってたんですが……」

「基本使うなよ。森の人間は大半が使えない。馴染んで話を聞きたいなら周りに合わせろ。

 ……洗濯の仕方は知ってるんだよな?」


 ガインが心配そうな目を朱里に向けた。


「知ってます。盥と洗濯板で洗って干すんですよね。干す場所は?」

「家に持ち帰って、それぞれの家の干し方で干す。

 俺の場合、入り口から木をぐるっと回った裏に、紐掛けて、干してたが、」


 ガインは、蚊帳の方を指さした。


「干した後、取り込むのが面倒なので、魔法で」


 二人は頷き合った。


「魔法って便利だな」

「私、生活に活用できる程度しか使えませんけどね」

「全く使えん俺からしたら、うらやましい限りだぜ」


 朱里は管理者に心の中でお礼を言った。




 洗濯場は、井戸の周りだ。

 ガインの地元であるクノ村には、四つ井戸がある。


 海の方角に一つ、ヤン村という勇者が『伝説の剣』を手に入れたという迷宮のある村の方角に一つ、宿泊所のマールの木のそばに一つ。そして、ガインの家のそばに一つ。


「うちは、代々村の取りまとめ的なことをしていてな。だからいざというときは避難所になる。

 この木の上に家があるの気づいたか?

 あそこに子供が入る。大人は戦うから外にいて、女達がこの木の回りに陣を張るんだ。

 だから、近くに井戸がある。まあ、他の家も大体、井戸の周りに家が有るんだがな。うちほど近いのはないな」

「水路は掘らないんですか?」

「あー、水路良いよなー。

 でも、毒放り込まれたら一発で水が全部ダメになるだろう?だから、多少不便でも、点在の井戸から水を汲むことになってるんだ。

 ……まあ、もうちょっと、井戸増やしたいよな。

 でも、井戸掘るのは重労働だしな。もう少し、男手がないとな」


 昨日、ガインは、草原の人の事を獣と言った。

 夜な夜な来て村人を狩っていくと。

 井戸の話は、ガインだけでなく、この村自体が草原の人の襲撃を昔の話にはしておらず、未だ警戒は続けているのだと語っていた。


「じゃあ、行ってくるから。お前も行ってこい」

「はい。いってらっしゃい。行ってきます」


 妙な挨拶になってしまった。

 だが仕方がない。見送りと同時に自分も出かけるのだから。

 仕方ないと手を振った。のだが。

 ガインは何やら目頭を押さえて空を仰いでいた。


「あの……?」


 その姿はまさに不審。思わず声を掛けてしまった。


「いいな……!家に人がいる!」


 ガインは感動していたようだ。

 同じ独り身でも、前の世界合わせても実質二年程しか一人暮らしをしていない朱里にはよく分からない感覚だ。

 それ故に、ガインの一人暮らしは長いのだろう。

 それだけは分かった。


 ガインの家の近くの井戸はすぐ分かる。何せ出てすぐ見える。

 今も外に出て身体を井戸に向けただけで、井戸の周りで洗濯をする女達が見えた。


「こんにちは。お邪魔してもよろしいでしょうか」


 朱里は手に洗濯板と盥とその中の洗濯物を抱えて女達に声を掛けた。


「ああ!はいどうぞ!ガインが連れてきたお嫁さんよね?」


 返事を返してくれたふくよかな女性の言葉に朱里は一瞬固まったが、そんな場合ではなかった。


「あれまあ、美人さんねぇ。あの子も面食いだ事」

「ちょっと幼くない?あの人、子供拐かしてきたんじゃないでしょうね?」


 朱里が返事を躊躇っている間にとっとと話が進んでしまう。


「あ、あの、私は子供じゃないです」


 間違えた。

 否、間違ではないのだが、今真っ先に否定する順番を間違えた。

 こちらに来てから、子供子供と言われるので、つい反射的に子供の方を否定してしまったのだ。


「まあ、いくつ?」

「今年、二十歳です」

「えっ嘘!年上ー?」


 朱里は座った。とりあえず洗濯をするために。


「あと、お嫁さんじゃないです」


 ここの井戸は滑車式だった。まずは、水を得るために紐を引かねばならない。


「え?どういうこと?」


 一番若い人が好奇心丸出しに目をキラキラさせて聞いてくる。 

 朱里はなんと答えたものか考えたのだが、


「わたしが、余りに箱入りのまま旅をしようとしていたので、修行して貰ってます?」


 この返事で森の人的に説明できているのか朱里には自信がない。しかし、事実なのだから仕方ないと開き直った。


「あらやだ。家族に溺愛されてたのねぇ」

「兄弟みんな結婚しちゃったの?村は?」


 なんか通じた。


「住んでいた所を出て、姉と兄がいたんですが、二人とも結婚してしまい、一人になった所だったんです。

 どうも、育ち方が草原寄りだったらしくて、森の常識に疎いそうで、たまたま、行き合って、面倒を、見て貰うこと、になりました」


 水の入った桶は重い。昨日も思ったが。

 朱里は腕に力を込めて思いっきり紐を引いたが、なかなか上がってこない。

 昨日はガインがしびれを切らして代わりに引いてくれた。

 すごく早く桶が出てきた。


 朱里は再び思った。

 体力=筋力じゃないんだな、と。


 ようやく持ち上がった桶を取って、盥に水を張る。


「はぁ、で、この森で、森の常識を学べということで、お世話になってます」


 朱里は水を張るだけで痛くなってしまった腕をさすった。


「あらあら」

「まあまあ」


 女性陣の年輩組がにやにやしている。

 どういう意味の笑いか聞こうかと思ったが、それより早く若い女性に捕まった。


「じゃあ、あなたお客様なの?宿泊所でなくていいの?」


 やっぱりそうだよなぁ、と同じ事ガインに聞いた朱里は頭を掻いた。


「面倒だから家にいろと言われました」


 筋肉痛でしばらく面倒見られていたからというのは言わなかった。

 今までの経験を鑑みて、筋肉痛を知らない可能性があるし、説明するのも恥ずかしかったので。だが、


「へぇー!気に入られてるのねぇ」

「いいわー!若い子の話は!若返るわぁ!」

「昔を思い出すねぇ!」

「ねね、出会いってどんなの?どうして一緒になったの?」


 女三人、揃えば姦しい。

 それを思い出すのに十分な程三人にいろいろ聞かれたり答えたりした。

 しかし、朱里は言葉がわかり、質問も理解出来るのに、答えた後の彼女達の反応と話が理解出来なかった。

 なので、洗濯の間中、頭を悩ませる事になった。

 頭痛がした。




「疲れたー!」


 おかしい。修行や料理や旅では筋肉痛にはなれど、疲れたと感じたことはそうなかったのに。

 これが気疲れか、と床に倒れ込んで天井を見上げた。


 女達の話は、新たにやって来た朱里への興味がほとんどだったが、他のご家庭のいざこざや子供の話など多岐に渡り、また飛びまくり、着いていけなかった。


 そして、洗濯よりも話が多い。


 手よりも口が動く彼女達から聞いて分かったのは、洗濯はここ固定でなくても良いと言う事。

 とはいえ余り遠くだと旦那の嫉妬が激化するので、近い所で河岸換えをし、そこで会う女達とも話すのだ。

 そうする事で女達はより多くの話し相手と多種多様な情報を手に入れ、共有するのだという。


 つまり、女達の話から学べとガインに言いつけられた朱里は近くの井戸以外にも、四カ所全ての井戸に出向かなければならないという事だ。

 何せ、ガインの家は、担う役割もあって、村の中心地だ。

 今日行った井戸が一番近く、他四つは少し遠いが同じ様な距離にある。

 他の女性達は二カ所か多くて三カ所だというのに。


「マジですかー……」


 女達の社交場の面倒さに朱里はしばらく起き上がる事を拒絶した。


 とはいえ、朱里は、ガインが帰ってくるまでに、洗濯物を乾かして畳んで片づけて、夕食を作らなくてはならない。

 そういつまでも倒れてはいられなかった。


 床の心地よい冷たさを堪能した後、おもむろに起き上がる。

 洗って絞ってしばらく放置してしまった洗濯物は皺が付いていた。

 黙々と洗濯物から魔法で水分を飛ばし、皺を伸ばし、畳んでいく。

 そこでふと、たぶん今回の旅で着ていたのであろうガインの上着の裾が破れているのに気付いた。そういえばズボンも裾が解れている。自分のを見ても端々が破れたり、解れたりしていた。


「……裁縫道具あったっけ?」


 朱里は確か旅に必要な物をそろえた時に、と記憶を探りながら、葛籠に入れてある自分の魔法鞄を引っ張り出した。

 裁縫道具はすぐに出てきた。

20.4.30 前話分割後追加

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