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森の暮らし

前回のあらすじ

温泉回なのにお色気なし。何のイベントもなかった。

あれはない。(男風呂に入っていた独身モブ男談)

 その日の夕食はガインが作った。

 傍らで台所の使い方を教えてもらっていた朱里は驚いた。


 ガインの家には米があった。

 慌てて脳内知識を漁れば、草原の人の国でわずかに流通していた米の産地は主に森だった。

 朱里は喜んだ。


 一人喜んでいる間に、ガインは米を蒸し始めた。

 森の人は米は炊かずに蒸すのだ。


 それを見て朱里は思った。

 蒸し米があるなら、麹も作れるのでは?と。


 この世界において麹の記述は1000年前に少しあるだけだった。途絶しているのだ。

 しかし記録はある。その記録に作り方もあった。

 ならば作れる。朱里にはその能力が付与されている。


 麹が出来れば、前の世界で一時流行った塩麹(保存・味付け・肉を柔らかくするのに便利)も甘酒(好物)も日本酒(大好き)も味噌や醤油(調理の基本)だって作れる。


 脳内知識にはこの世界の日本酒、味噌、醤油らしき物の作り方やそれらを使った調理の仕方があった。

 日本での使い方とほぼ同じだった。

 残念ながら、塩麹、甘酒の作り方は無かったが、そちらは前の世界の知識で朱里自身が知っている。

 作ったこともあった。失敗したが。

 だが、今なら、失敗せずに作れるだろう。やらない手はない。


 問題は、時間がかかるので、やるならこの村に定住しないといけないということだ。


 朱里はまだ他の国も見て回りたかった。

 他の国々の料理を実際に食べてみたかった。


 悩み所である。


「おい、眉間にしわ寄ってるぞ。まずかったか?」


 出来上がった蒸し米とうっすら塩味が付いた野菜汁を食べ始めて、最初から手が遅いのが気になりはしていたが、やがて全く箸を動かさなくなれば、ガインでなくても気になる。

 だからこその質問だったが、


「蒸し米の誘惑と戦っているので少々お待ちください」


 朱里は予想外の返事を返してきた。


「?好きならお代わりあるぞ?」


 ガインはお櫃を取り出した。


「あー、量は十分です。そうではなく。

 実はこの蒸し米で作れる物があって、作りたいし、作れるんですが、実際、作るとなると時間がかかるので定住しないといけなくて、でも、まだ旅もしたくて……という感じで悩んでました。

 ご飯はおいしいです」


 朱里が止まっていた箸を動かし始めた。

 蒸し米を口に入れ、すぐに口元がほころぶ。


 お櫃を元の場所に降ろしたガインは朱里の話に耳をぴくぴく動かし、首を傾げた。


「教えて出てくってのはだめなのか?アルス村みたいに」


 朱里は噛んでいた蒸し米を飲み込んだ。


 考え込んでいた時には気付かなかったが、初めて食べた蒸し米は意外に柔らかく、甘みがあって旨かった。

 なのですぐ次を口に入れてしまう。

 話している最中なのに行儀が悪いなと思っても止められないおいしさが蒸し米にはあった。

 最初の数口を考えながら作業的に口に入れた事を心底後悔し、ちゃんと食事の集中しようと朱里は反省した。


 なので、返事にはそれなりに間が空いた。


「……口頭ではちょっと難しいです。実際にやって見せて、全く同じ手順でしても、失敗する事がある代物が多いですし、そもそも制作に時間がかかる物が多くて」


 ついさっき反省したにも関わらず、再び口に指を当て、食べながら悩み始めてしまった朱里は、ガインの顔を見ていなかった。


 ガインは笑顔だった。


 ただそれは、嬉しそうと言うより悪巧み中のそれだった。

 しかし、再び朱里がガインを見た時にはその顔はすっと引っ込められ、逆に、眉間に皺が寄っていた。


「とりあえず、飯に集中しとけ?」


 ガインはそう言いながら、すっかり冷めてしまった汁物の器をトントンっと人差し指で叩く。不機嫌の元はこれだとわかりやすく朱里に教えるように。


「あ、そうですね。すみません」


 朱里はようやくちゃんとご飯と向き合った。


 食べ始めて二人の間には会話が無くなった。

 ガインはすでに食べ終わっていたが、顎に手を当て何事か考え込んでいたし、朱里は待たせていると思えばこそ、食べるスピードを上げるべく、無言で顎を動かしていた。


 こうして、双方考え事ばかりの消化に悪そうな夕食は終わった。


 片づけは朱里がした。

 終えて振り返ると、朱里が寝ていた布団の隣、玄関側に、ガインの布団が敷かれていた。


「蚊帳は一つしかないからな。邪魔するぜ?」


 布団の上ですでに横になっていたガインがニヤリと笑って朱里を迎え入れた。


「お邪魔してるのはこちらですよ」


 朱里はガインの布団を迂回して敷きっぱなしの奥の布団に座る。


「じゃあ、さっき中断したお前のお悩み相談でも聞くとしますかね?

 眠くなるまでは聞いてやろう」


 朱里は横になった。頭が重かった。しかし、


「お願いします」


 一息、笑って、続きを話し始める。

 やりたいことはいっぱいで、でも優先したいのはこれで、と主に朱里が話し、ガインがたまに答える。


 二人の話し声は、夜遅くまでは続かなかった。



 

 翌朝から宣言通り修行が始まった。


 昨夜、温泉に来た時は既に真っ暗で何も見えなかったが、トゥリーをくぐってすぐ現れる修行場は、すがすがしい空気に満ちてはいたが、岩が聳え立ち、崖が口を開けていた。

 木は松の様な木が少し生えているだけで、地面は堅く締まっている。


 朱里は気を引き締めると同時に確信した。

 これは、叩きつけられたら大怪我する奴だ、と。それどころか、少し足場を間違えれば、自ら怪我をしかねない。いや、確実にする。


 朱里は無傷で家に帰ることを諦めた。


 修行場には、大人に付き添われた小さな子供達や、大人のいない大きな子供達がいた。男の子も女の子もいた。

 だが大人は男の人だけだった。


「どうしてですか?」


 朱里はガインに聞いてみた。

 ガインは、朱里の指さす方を見て、首を傾げた。

 改めて朱里が説明すると、


「ああ、大人の女、つまりすでに結婚した女は、修行して力を付ける必要がないからな。

 家からは基本、洗濯の時しか出ないって言ったろ?」


 そういえば、嫁を監禁する種族だった。


「未婚女性は修行する必要性があるんですか?」


 違いは何だろう?

 朱里は首を傾げたが、ガインはそんな朱里を笑って、頭を撫でた。


「あるだろう?

 いくら森の人間相手には甘くて一緒にいたら離れ難くなるっつっても、相性はあるし、好みだってある。

 気にくわない男に求婚されたら、女は戦って男を倒すか逃げるかしないと、一生好きでもない男の家に閉じこめられるんだぞ?

 選択権を手にするためにも、好いた男と添い遂げるためにも、結婚してない女には強さがいる。

 だから修行する必要がある。

 もっともいくら修行しても男女差ってのがあるからな。長じる程、女は不利になる。

 でも成長は女の方が早い。

 だから、少しでも有利な十代前半に女達は相手を決めて、気に入った男と結婚しちまうのさ。

 逆に言えば、その年頃に相手を捕まえられなきゃ、男は独り身が長くなるし、相手の意志を無視して力ずくで閉じこめようとする奴が増えるって訳だ」


 肩をすくめるガイン。

 だがしかし、朱里は考えた。ということは、だ。


「あぶれたんですか?」


 朱里はガインを見上げた。

 ガインは固まった。


「あぶれたんですかー」


 今度は疑問系にせずに言った。

 ガインがこちらを見た。

 笑顔だった。


「修行させずに閉じ込めてやってもいいんだぞ?

 二十歳で未婚女性の朱里ちゃんや」


 朱里は速攻頭を下げた。


「師匠!修行お願いします!」


 朱里の頭にたんこぶが一つ出来た。




 夕べの話し合いで、答えは出なかった。

 朱里が途中で寝落ちしたからだ。

 その反省を込めて、朝は朱里が作った。

 朝ご飯は、生米から作った雑炊。

 出汁の利いた塩味に、ガインはとても喜んでくれた。


「良い宿に泊まった訳でもないのに、朝からうまい飯が出てくるとはな」


 とても一人暮らしらしいコメントだと朱里は思った。

 その後、ガインは朱里に助言をくれた。


「とりあえず今は森の事を知るのを優先しろよ。後、修行。

 目の前の事を片づけたら、次にする事は自然と出てくるもんだ。その時に決めればいい。

 大体、今、無理矢理決めてもどっちもすぐには実行できないだろ?」


 朱里はそれもそうだと納得した。

 旅を続けるにしても、この森に定住して麹作りをするにしても、朱里が森の人の事を、管理人のサイから聞いた種族の上っ面の性質しか知らない以上、暮らし方のルールを、習慣を、狩りの仕方や戦い方を、ガインから習わなければ何も出来ないのだ。


 そんな訳で、朱里は修行をがんばった。

 ちっさい子達に混じって、がんばった。

 ちっさい子達に負けても、がんばった。

 ちっさい子達に負ける位なので、ガインは手を出さなかった。

 崖から落ちたり、岩に叩きつけられたり、木に引っかけたり。

 大きな怪我はしなかったが、擦り傷、打ち身、かすり傷。体中に作った。


「おーお、満身創痍だな」

「おかげさまで」


 休憩、とガインに声を掛けられ、地面に倒れ込んだ頃には、


「全身が痛いです」

「筋肉痛再び、か?」

「それもありますが、傷が地味に痛いです」

「そりゃしゃーねーな。受け身の練習、頑張れ!」


 ガインは、固い地面に仰向けで大の字になった朱里に、竹筒を渡してやった。


「飲んどけよ。身体から水が無くなるとしんどいぞ」

「ありがとうございます。いただきます」


 体を起こして受け取った竹筒に口を添える。

 中身は水。

 おいしかった。

20.4.30 改稿

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