管理者からのお願い
前回のあらすじ
主人公、死にました。
もし、目が覚めたら、運が良ければトイレの壁、もしくは病院の天井。悪ければあの世とやらが見えるものだと思っていた。
朱里が目覚めたとき、体調の悪さはすべてなくなっていた。
喜ぶべきことだ。
だがしかし。
目に映ったのは、コーンとかポーンとか音を立ててカラフルな球体が転がる白い空間だった。
朱里は思った。
最近のあの世に三途の川ってないんだな、と。
その考えはすぐに否定される。
「こんにちわ」
突然、それもすぐ隣から話しかけられ、朱里の身体はびくっと跳ねた。
「私の言葉わかりますか?」
声のする方を向けば、細長く背の高い、銀色に発光したグレイのような、だが目は細い人が、白い紗を幾重にもまとってこちらを伺うように頭を傾げて立っていた。
「あ、はい」
未知の生物、不可思議な体験。
けれど、相手が丁寧にしかも自分の知る言葉で話しかけてきたことにより、朱里はパニックを起こさなかった。否、パニックを起こしそびれた。
普通に話しかけられたので、普通に返してしまった。
「今のあなたの状態、わかりますか?」
受ける雰囲気は彼女だが、本当はどうだかわからない彼女はやわらかい声で再び口を開いた。
そこで初めて朱里は自分の手を見た。
体調が良くなっているのはわかっていた。
だが自分の状態と聞かれ、思わず確認したのが手だった。
その手は透けていた。
「は?」
自分の体の見える全ての範囲を見た。
透けていた。
足先は消えている。
ユーレイだ。
「え?」
混乱した。
「あなた死にました。覚えてますか?」
話しかけられて、自分の最後の状態を思い出し、何とか喚かずにすんだ。
「ああ、死んだんですか、私」
「はい。なにが原因か、私は知りませんが、あなたは死んでいます」
はっきり死を肯定された。
頭の中に一気に今までの人生の思い出があふれてくる。
涙が出てきそうだった。
すべて食べ物関連の記憶だった。
おいしいと喜んだ記憶よりおいしくないと落ち込んだ記憶の方が多い。
なんて人生だ、と。
「あなたは、本当は、転生するはずでした」
彼女はうなだれる朱里に言いにくそうに言った。
「少し、お願いがあったので、私たちがここに呼びました」
それはここがあの世ではないような言い分だった。
事実そうだった。
「ここはどこ?」
「あなたが住んでいた宇宙がこれです」
朱里の問いに彼女は一つの青い球体を差し出した。
「宇宙?」
「はい。
ここにはたくさんの宇宙があります。たくさんの宇宙が来て去って死んでいく場所です。
私たちはそれを見守り、仲介し、宇宙内の原因以外の要因で宇宙が死なないように管理しているものです。
サイとお呼びください」
それはどういった場所だろう。
朱里には分からなかった。
けれども、彼女らについては、オカルト関連や宗教でたまに聞く高次元在住知的生命体とやらなのだろうと理解した。そうすると、人間よりも上なのだとよく説明される高次元の知的生命体とやらが自分に何の用なのかが気になった。
「お願いって?」
同時に、サイの言葉が本当ならば、と朱里は考えた。
あの自分が住んでいた宇宙とやらは地球を内包するものだろう。ならば、地球だけでも生物はまさに八百万。他に生き物がいる惑星があるともTVなどで聞いた覚えがあるから、宇宙全体となれば幾多とも砂漠の砂粒とも表しきれないほど生命はいるだろうに、その中で何故わざわざ自分だったのか。
選ばれたとは思えない。
適当に篩にかけて残ったのが自分だったのか。
その考えは、当たっていた。
「はい。先日、こちらで言う先日なのであなたにとっては数年前、になるのでしょうか。別の宇宙内からこちらの宇宙に召還魔法が使われました。
……召還魔法は分かりますか?」
サイはもう一つの赤い球体を取り出した。
「あ、はい。なんか魔法のある世界で使える別次元から勇者とか聖女とか世界を助けてくれる人を呼び出したり、従者になる動物を呼び出す魔法ですよね?」
サイの後ろで白い球体がコーンと音を立てて跳ねた。
「そうですね。この赤い方は魔法がある宇宙です。そこからこちらの青い方に召還魔法が使われました。そしてだれかが連れて行かれました」
「呼ばれた宇宙側からすれば、神隠しとか誘拐ですね」
言って、何か引っかかりを覚えた。
けれど、それが形をなす前にサイが口を開いたため、朱里はそのこと自体を忘れた。
「召還自体は他の宇宙を巻き込むことも、失敗して爆発することもなく終わりました」
「え?爆発するの?召還魔法が?」
「はい。します」
それは失敗した場合だろうか。
思わず聞き返した言葉に余りに真剣に力強く返されたので、何となく、被害、大きかったんだろうなと思った。そして大変だったのかな、とも。
「それで、私達、何事もなく終わったとほっとしていましたら、この赤い方に異常が見つかりました。ここです」
サイは赤い方のある一カ所を指し示した。
「ここ。穴が開いてます」
彼女が指さす先には薄いガラス玉に小さく丸い穴が確かに開いていて、そこからひび割れが広がっていた。
「これを放置しているとひびが広がり、この宇宙は割れます」
サイは申し訳なさそうな顔を再びした。
「本来ならこの宇宙に召還された人にお願いするべき案件です。ですが、この宇宙のどの星に呼ばれたのかは特定できましたが、どの人か特定し、連れ出すことは出来ませんでした。
このままではこの宇宙は割れます。中の人達も死にます。魔法を使った星の人だけでなく、関係ない他の星の人も。
ですから大変申し訳ないのですが、召還された宇宙の同じ星からこちらに連れて来れる方を探しました。そして、印を付けて召還を行った星へ行っていただき、先に召還された方と同じ条件の人を作ることにしたのです」
「同じ条件になることに意味があるのですか?」
「はい。同じ条件の魂でないとこの穴塞がりません」
朱里はため息をついた。
「それって、本来なら、そっちの赤いのの中の人の都合で勝手に呼ばれた人が、死後だか見つけ次第だか知らないけど、魂を赤いのの中の人が開けた穴の修繕に使われてたってことで合ってますか?」
「はい、合ってます。魂でないと呼べないので死後です」
「呼んだ人じゃなくて呼ばれた方が使われるなんて理不尽ですね」
「いいえ、理は通ってます。説明は難しいのですが」
朱里はいらないと言うように手を振った。
魔法の知識はもちろん物理学の知識も禄にない朱里が聞いたところで理解できないことは火を見るより明らかだった。
どうにも出来ないことは聞くだけ無駄なのだ。
サイは赤い球体を持ったままだ。
青い球体は彼女の足下をころころ転がっている。
朱里は考えた。
「私、転生するところを呼ばれたってことは、この後何事もなければ生まれ直してたってことですよね」
「はい」
「このお願いに頷くと転生後の人生がなくなるってことですよね?」
「はい」
「私がこの先の転生後の人生を犠牲にしてまでそれをしてあげる義理なんてないですよね?」
「はい、ありません。ですから今までの方々にも断られました」
「そりゃそうだ」
言いながら、朱里はやはり自分だけではなかったと僅かに落胆した。
テレビやマンガのような特別な人間などいないのだ、と。
だが、予想通りと言えばそうなので納得もした。
「なにもただでと言うわけではないんです」
サイは赤い宇宙を抱えている自らの腕に力を込めた。
「説明します。長くなりますので座りますか?」
ポーンっと軽いここの宇宙達が跳ねるときのような音が聞こえた。
20.4.25 改稿