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本能の目覚め

前回のあらすじ

スカルと戦ってます。

 地面が揺れた。


「これで、村も気づくだろう!」


 ガインの高笑いが爆音に紛れて聞こえた。


「小麦粉もそうですが、砂糖はそれ以上に高額だったんですよ!

 おやつ作りたかったのに!」


 爆風で飛んできたスカルを朱里は裏拳で弾き飛ばした。


 朱里は戦闘に慣れ始めていた。

 ゴキリウスの時のように泣き叫んだりもしない。

 ……まあ、あれは相手も悪かったのだが。


 慣れてくると、ある感情が湧いて出てきた。

 それは、朱里の体の疲れを感じなくさせ、朱里の口角を上げさせる感情だった。

 前の世界でも感じたことのある、この世界でも初めて料理をした時に感じた。


 ”楽しい”


 手は硬いスカルを殴っているのだから痛いはずだ。

 足はずっと走って、スカルを蹴っているのだから疲れているはずだ。

 肺も息切れがひどかったから痛みを感じて当然。

 目の前にはスカル。人並みに大きな百足。

 怖いはずなのだ。

 なのに。


 感じるのは、湧き上がってくるのは高揚感。

 手は痛みを感じず、足も疲れてない。むしろ程良く力が入る。

 息切れも落ち着き、マラソンの最中のように安定した息継ぎが出来ていた。


 目の前のスカル。大きな百足も怖くない。

 ここを蹴れば、殴れば、潰せば、倒せると分かる。

 視野が広い。

 振り回される尾がよく見えた。

 見えるなら避けるのも簡単だ。


 朱里は笑った。


「なあ、朱里よ!戦うのは楽しいだろう?」


 いつの間にか声に出して笑っていた朱里の側にガインが居た。

 背中合わせだが分かる。

 ガインも笑っていた。


 朱里はこくりと頷いた。


「やっぱりお前も森の人間だ!」


 ガインの言葉は、朱里の体の中にすっと収まった。


 そう、朱里は森の人だ。

 前の世界で、地球で生きていた朱里は死んだのだ。

 死んで、この世界で生きている。


 この時初めて、朱里は本当に生まれ変わった事を自覚した。




 二人はスカルを倒しまくった。


 到底、ハンターであっても草原の人だったらまず持たなかっただろう数だった。

 けれど、ガインは体術だけなら勇者と張れると言っていた通り、強いし、その分体力も持っていた。

 朱里もギフトとして、一般の森の人の倍の体力が与えられていたので、拙い体術でもなんとか持った。


 何より、スカルカイザーが何故か来なかった。


 これが一番大きかった。

 見渡す限りスカルの死骸しかなく、後は、朱里がやった粉塵爆発の煙しか見えなくなった頃、二人は気づかなかったが、多くの人の声が煙の向こうから聞こえた。


「おーい、無事か!?」


 やがて、一際大きな声が挙がり、体格のいい男達が煙の中からスカルの死骸を踏み越えてやって来た。


「どうやらアイツ等がスカルカイザーを引き受けてくれたらしいな」

「ってことは、終わり、ですか?」

「なんとか生き残れたか」


 二人は戦闘態勢を解いて座り込んだ。


 体力があると言えど、疲れない訳ではない。

 戦闘中は高揚感で忘れていた分、一気にきた。


「おーお。殺りに殺ったり、って感じだねぇ。

 二人でこれとは、森の人って奴は恐ろしいな」


 やって来た男たちの中で、先頭に立っていた代表だろう男が更に近づいてきた。


「冗談でしょう?大半はこの人ですよ。私は自分の身を守っただけです」


 それは事実だった。


 朱里は必死だった。

 だが所詮付け焼き刃の体術は、せいぜいガインの足手まといにならない所か、ガインが来るまで身を守る程度しかできなかった。

 なので、大半殺ったのは、ガインである。


「なお恐ろしいわ。あんちゃん何者だい?」


 男は呆れたように肩をすくめた。


「死ぬかと思った。マジで。

 助かった」


 未だ立ち上がれない朱里を余所に、さっさと立ち上がったガインは男達に頭を下げた。


「何、爆発音が聞こえたんでね。

 出て見りゃ遠目にスカルカイザー。

 その上、ギルドの職員が昨日からスカルの大量発生で人集めてたし、急いで出てきたのさ」

「まあ、正直、草原の貴族が青ランクのハンターを護衛に連れてきてなかったら、俺らも早々出られなかったけどなー」

「なに、スカル達がこの二人に集中していなければ、我々とて危うかった」


 増えた男達にガインはもう一度頭を下げた。


「ところで、後の女の子は大丈夫かい?」


 草原の貴族が雇ったという青ランクのハンターの内の一人の言葉に、男達とガインの眼が一斉に朱里に向いた。


 朱里は、地面に倒れ伏していた。


「!?朱里!!」


 慌ててガインが抱き起こす、が、


「いたっ!いたいいたいいたいぃ~!

 動かさないで、くださいぃ。

 な、なんか、体中が、ちょっと動かすだけでも、痛い!

 千切れるぅう」


 朱里は涙目でガインに訴えた。


「どいうことだ!?お前、怪我してないだろう?」


 動かさないように、朱里の体をガインはざっと見てみた。

 怪我はあった。

 手の甲と膝下がスカルを叩きすぎて赤く張れて血が出ていた。

 特に指輪を填めていた指は、折れていないのが不思議なほどだった。

 だが、それで全身痛むのはおかしい。


「スカルに噛まれるか刺されるかしたのか!?」


 服を脱がそうとするガインに、意識のある朱里は抵抗した。

 痛みを堪えて首を必死に振る。


「噛まれてません!刺さってません!掠んない様にも気をつけましたぁ!

 だから、こんなところで脱がさないでぇ!」


 朱里は抗った。

 だが、元々の力の差に加えて、痛みでほとんど力が入らない手は、ガインからすれば、添えられているだけの状態だ。


 口の割に入らない力にガインは益々慌てた。

 だが、


「落ち着きなさい」

 

 見かねた男達が、朱里とガインを引き剥がす。


 今度はガインが抵抗して暴れた。

 ガインを引き受けた男の数は五人に増えた。

 青ランク三人は朱里側に付いた。

 それでもぎりぎりなのだから、この男恐ろしい体力と力である。


「落ち付けって。スカルの毒ならもう死んでるし、手足以外に傷もない。

 なあお嬢さん、つかぬ事を聞くが、普段、こんなに戦闘やなんかで体動かす方かい?」


 朱里を受け取った男は、ガインを言葉で宥めながら、朱里の涙を拭って地面に降ろしてやる。

 朱里は小石の痛みを覚悟したが、背中には男のものだろう分厚いマントが敷かれていた。


「いえ、こんなに動いたのは正直初めてです。

 ……まさか……」


 男の質問に答えてから、朱里は思い当たった。

 だがこんな急にくるものなのかと疑問にも思う。

 けれども自分を横たえた男の苦笑いに答えを確信し、朱里の顔に血が上った。


「……うん。言っちゃあ何だが、貴族の坊を相手にやりすぎた時によく見るよね……」


 ガイン以外の男達が納得した顔で朱里を見た。

 皆、経験があったのだろう。ガイン以外。


「……筋肉痛……」


 朱里の全身から力が抜けた。


「なんだよそれ!?

 大丈夫なのか!?」


 そして、全くわかってない男が一人。


 全員が苦笑いに包まれた。

 やっぱりガイン以外。


 その後、説明を聞いたガインは、


「そんなバカな……。森の人だぞ?」


 あり得ないとばかりに絶句した。

 朱里の顔はますます赤くなって顔が上げられなかった。

 



 朱里は村の宿のベッドに寝かされた。

 二人は村で宿を取るのを避けたのに、結局村で宿を取る事になったのだ。


「森の人でもなるんだなぁ、筋肉痛」

「普通はねぇよ。聞いたことがない」


 枕元に椅子を並べて、ガインはともかく、草原の貴族の雇った青ランクの内の一人が残ってガインと話している。


 嫌な予感しかしていなかったが、やっぱり、この後、草原の貴族がやって来て、この度のご活躍にお褒めの言葉を頂けるそうだ。

 もちろん二人はいらないと即答した。

 だが、押し切られ、なぜか村長まで来ることになり、二人が逃げないようにこの青ランクがついてきた。


 ついでにギルド職員も一人いる。

 こちらは荒くれの多いハンターが、お偉いさんに失礼をしでかさないようにギルドが気を利かせて派遣した職員だ。

 商売人風のひょろ長い丸眼鏡の男で神経質そうだが、さっきから部屋の主を余所に椅子を用意したり、お茶を用意したり、湿布のようなのを作って貼ってくれたりしたのもこの男だった。

 気遣いの出来る人だと朱里の中の評価は高かった。

 下手をすればガインより上なのは秘密だが。


「森側のスカルの件ですが、一応、昨日確認したので見張りを立てていたのですが、夜明け前に、砂漠に移動したのが報告されております。

 まあ、なんと言いますか、見張りが見送っちゃいましてね。

 まさかあんな近くにスカルカイザーが来ているとは思わなかったそうですが、この度はギルド職員の怠慢により大変ご苦労をおかけいたしました。

 森側のスカルのご依頼は、ほぼ、ご依頼人が解決されたということで、依頼金は手数料を差し引いて返還されます。

 スカルカイザー討伐については、ギルドからの依頼ということになりますので、お二人はこれにも参加されたということになりまして、こちらが討伐参加報酬となります。お受け取りください。

 あ、シルバ様の分は雇用主に渡しておりますので、そちらからお受け取りを」


 シルバこと青ランクの男は、了解を示すように手を振って見せた。


 二人は布袋を受け取った。

 朱里は動けないので、ガインが受け取り中を改めて教えてくれた。

 布袋の中には、宿一泊分のお金が入っていた。

 結構な人数が参加していたので高額報酬だとガインが教えてくれる。


 二人はありがたくそれを受け取った。


 序でに、朱里の指輪の石の色が赤から黄色になった。


 そもそも、このギルドからハンターになった際貰う指輪に付けられた石は、二つの魔法がかけられている。

 一つは、身につけている間、持ち主が討伐した魔物や動物の情報を記録するもの。

 一つは、石が読み込んだ持ち主の討伐記録から、ギルドのランク基準によって勝手に変色する魔法である。

 これにより、持ち主のハンターとしての力量は、本人がギルドに寄れなくてもある程度、常に更新される仕組みなのである。


 ちなみに採取物など討伐以外の情報や依頼の達成率の情報、もしくは犯罪などで罰則を食らった場合のランク降格などは、ギルド本部もしくは出張所でないと石に読み込ませることが出来ない。

 なので、狩った魔物などの売買がなくても、ハンターは街に寄れば、一度はギルドに立ち寄る事が義務付けられている。

 違反すれば罰則があり、悪質な場合は、ハンター資格取り上げ。討伐対象になる事もあるそうだ。


 つまり、今回の石の変化は、スカル討伐数を石が読み込んだ結果の反映なのだが、


「あー緑にはならなかったかー」 


 ガインはじわじわと変わる石の色を眺めて、持ち主よりも不満げに口を尖らせた。


 スカルを一匹一人で倒せれば、黄色ランクになれる。

 今回、ガインが大半仕留めたと雖も、それなりに朱里だって倒している。

 それなのにスカル一匹倒したのと同じ黄色であるのがガインには不服であったらしい。しかし、


「私、まだ、まともにギルドで依頼受けて討伐して報酬受けるって流れやったことない位、駆け出しですからねぇ。

 戦闘も狩りも片手ほどですし」


 朱里としては生活さえ出来ればランクはどうでも良かった。なので石の色に不満はない。

 だが、まともな流れで依頼を受けたことがない事実はちょっと気になるところではあった。

 ギルドから貰ったパンフレットにあったのだ。

 あまりに依頼を受けないハンターは最悪除名になる、と。

 それは困るので、いつかは受けたいと思ってはいるのだが、今のところその機会に恵まれない朱里なのだった。


「え、じゃあ君、今までどうしてたの?」


 青ランクの男、シルバは心底驚いていた。

 当然だろう。

 普通は茶色ランクの時に経験するものである。ギルド登録した街か村で。


「いえ、登録したときに受けるつもりだったんですが、出来そうなのがなかったんです。

 だからまず依頼を受けるために訓練しようと思って、街を出てたんですが、そしたら気のいいハンターさん達が修行に付き合ってくださって、その最中、ゴキリウスの襲撃を受けて、いろいろあってアルス村に行かなくちゃならなくなったので、そこのギルドに素材を買い取って貰って、そこでハンターさん達と別れることになったので、この人を紹介していただいて、森に行こうと川くだったら、シラサイトの襲撃受けて、連絡受けてきてくださったギルドの方に素材買い取って貰って、今回、森に入れなかったから、この村に来て、討伐までの間に訓練しようと砂漠に出たらスカルに襲撃されて、あ、そういえば素材あるんですけど、買い取り、します?」


 指折り今までを思い返してみれば、襲われて撃退して素材売りしかしてない。

 朱里がそう言えば、シルバとギルド職員が呆気にとられていた。


「新人なのに、なんて魔物の遭遇率……」

「君、よく生きてたねぇ、新人なのに。実は強いの?」 

「つか、お前いつ素材取ってたんだよ。終わった途端筋肉痛で動けなくなったくせに」


 ガインだけは呆れを通り越して感心していた。


「戦闘中に。

 倒したのをそのまま袋に突っ込んでました。

 あと、私が強いんじゃなくて同行してくれた人が強かったんですよ」


 朱里は手元に置いてあった魔法鞄をパンパンと叩いて見せた。


「そのまま、突っ込んだんですか?」


 ギルド職員はドン引いた。


「なにそれ凄すぎ」


 シルバは好奇心に目を輝かせていた。


「?はい。全部ではないですが」


 魔法鞄には六匹入っていた。


「一部だけとか最近の小さな子は精神が強靱ですね」

「頭かな?腕かな?どっちにしてもグロいな」


 二人はぼそぼそと言い合った。

 朱里には聞こえないように。

 丸っと一匹入っているとは思っていない。当然だが。

 普通の魔法鞄なら一匹で一杯なのだ。


「お前、……うん。もう、いい。どうとでもなれ、だ」


 すべてを知るガインは、すべてを投げた。

 その声は余りに小さく、誰の耳にも届かなかったが、その後の盛大なるため息は全員が聞いた。


「疲れました?」


 ため息を聞いた朱里がまず首を傾げた。


「おう、なんだかんだ徹夜に近いしな」


 ガインは痛む頭に眉間を解しながら、適当にだが嘘ではないことを答えた。そして、


「予備のベッド出しましょうか?」


 ギルド職員が立ち上がるのを、空いた片手で押さえる。


「ありがとな。

 だがもうすぐ人が来るんだろう?こいつに任せるのは不安だ。

 起きとく」


 もう一度、ため息が出た。

 ガインは自分で言って気づいたのだ。

 騒動はこれからだ、と。


「あぁ、それがいいね。

 相手は村長と貴族だ。彼女じゃ難しいだろう」


 明らかにシルバは朱里を幼子扱いである。

 少なくとも大人とは見なされていないそれに、今度は朱里が盛大にため息を吐いた。

 だがなにも言わなかった。

 言ったところで、身動きすらとれない今、逃げられない朱里にはガインという防波堤が必要であることに変わりないのだから。




 結局、買取も行わないまま、宿屋の主人が村長と貴族の来訪を告げた。


 先に入ってきたのは貴族の方だった。

 ギルド職員とシルバが礼を取る中、ガインはぱっかりと口を開けた。

 朱里は、


「……草の貴族の人って、花撒くのが流行なんですかね?」


 朱里は覚えていなかった。

 この、花撒く貴族、リヒャルト・ルーベンス・ライル・リーの顔を。

20.4.30 改稿

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