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修行

前回のあらすじ

怖い話を聞きました。

 二人は村に唯一ある宿に泊まらなかった。

 村長を警戒したのもあるが、


「時間が出来たな。

 よし、修行するぞ」


 ガインの一声で村の外でサバイバルと相成った。


 とはいえ、森側はスカルが群れているので、修行は砂漠側だ。朱里が村に入った時に望んだ通り、ガインは朱里を砂漠に連れて行き、砂と戯れさせてくれるようだ。

 朱里としては全力で修行が余計だと言いたかったが。


 二人は早めの夕食を適当な食堂で取り、日が落ちるのを待って村を出た。


 ちなみに夕食はうどんだった。リータという。

 つるつるの太く平たい麺は、出汁や醤油で味付けされてない塩水の汁に漬かっている。

 フォークで啜って食べるのが日本人の朱里には大変な違和感だった。

 具は、ごろっとした緑色の物が入っていた。

 何だろうと朱里が口にしてみれば、脳内知識がサボサボの果肉を茹でたものだと教えてくれた。


 美食と有名な砂の国で初めて食べた料理は、シンプル過ぎてうまいともまずいとも言えなかった。


 せっかくおいしい料理の国に来たのにと気落ちした朱里だったが、リータは、あまり消化に悪いものはこの後吐きかねないからというガインの気遣いだったことが食べ終わった後に判明した。

 だが、朱里はシラサイトパーティーで食べたシラサイトがまだお腹に残っていた。なので、気遣われても関係なさそうだと、予告された吐く前提の修行を思って更に気を重くした。


「砂漠は昼は灼熱地獄だが、夜は気温が落ちる。

 だから砂漠の民は日の出入り時を中心に動く」


 朱里は初めての砂漠に苦戦していた。

 砂に足が埋もれるのだ。抜こうにも反対の足が余計に沈み、力が入らない。


「これは動物も魔物も同様だ。だからハンターも合わせて砂漠へ向かう」


 ガインはすたすた歩いている。さして苦もなく、足も沈んでもいない。


「そんな訳で夜の砂漠は以外に賑やかだ」


 ガインが振り向いた。


「……大丈夫か……?」


 朱里は荒く息を乱し、膝を着いて、砂に突っ伏していた。

 初めての砂漠に浮かれる余力もなく。


「だ、だい、じょーぶ、でっす」


 どう見ても大丈夫ではなさそう。

 ガインはため息一つ落とし空を見上げた。


「まずは砂漠を歩く練習からかぁ」


 日が沈んだ宵の空にはきらきら小さな光がそれこそ砂をぶちまけたかのようにたくさん瞬いていた。




 なんとか朱里が砂に足を取られず歩けるようになった頃には、すっかり夜は更けていた。

 昼間寝ていないので、朱里の瞼はそろそろ落ちそうだ。

 気温が下がり、震えるような寒さでも、否、だからこそ。

 寝たら死ぬ。


 ガインはちゃんとその対策を整えていた。

 それは朱里も知っている。荷物を魔法鞄に預かったからだ。

 大変便利がられた。


 まあだから、危機感が煽られず、眠りそうになっているのだが。 


「とりあえず、寝る前に体術の型だけでも覚えてくれ。

 今日、修行っつっても、砂漠に出て歩く以外何もしてねーから」


 ガインがそう言うので、朱里はがんばった。


 ガインの体が体術の型を見やすいように一つ一つゆっくりと作ってくれる。流れるように動くそれは一種の踊りのようだった。


「ほれ、立てよ。一緒にやるぞ」


 朱里はガインの斜め後ろに立った。

 先刻の模範と目の前のガインの動きを真似していく。

 ダンスだと思えばやりやすかった。


 朱里は大学のサークルでダンスをしていた。

 ダンスのために柔軟もしっかりしていたから、体は柔らかいし、足も上がる。模倣もそれなりに練習していた。

 それが役に立った。


 後は覚えるだけ。

 体に染み込ませるように、繰り返し、繰り返し。


 二回ほど繰り返した後、ガインは見る方に回った。

 朱里の動きをチェックして動きが違う所や悪い癖を直していく。


「お前の動きは踊りみたいだな」


 朱里が型を覚え、スムーズに動き出した頃、ガインはそう言って、水の入った水筒をよこしてくれた。


「踊りはよく踊ってましたから」


 よく冷えた水が喉を通って胃に落ちていくのが分かる。

 朱里は汗だくだった。


 それに気づいたガインが、飲み終わった水筒を受け取り、代わりにタオルをくれた。

 朱里は魔法で濡れタオルにしてありがたく使わせてもらった。


「生活魔法って便利だなー。

 俺は肉体強化系以外からっきしなんだよなー」


 しみじみそう言ったガインは乾いたタオルを使っていたようだ。


「言ってくださいよ。

 私は生活魔法は一通り使えますから、出来ることはやりますよ?」


 ガインは頭を掻いた。


「あー……、必要な時は、頼む」


 ガインの長い耳がピコピコ動いていた。


 その後、二人は砂丘の陰に穴を掘って、体を埋めるようにして毛布を被って眠った。

 昼間、太陽の熱を吸って残った暖かさが、毛布と共に二人を夜の砂漠の冷たさから守ってくれた。

 よく眠れそうだ。

 火は焚いているし、ガインが持っていた魔物除けの香も使ったからこそ、だが。




 すとんと意識を落とした朱里は、地面が動く振動で目が覚めた。


 気温は寝た頃より下がっていたが、遠くが明るいので夜明けが近い事が分かる。まだ藍色が多い。

 星が残る空を見上げて、ふと傍らにガインがいないことに気づいた。

 人影を探して目を正面に戻せば、ガインはそこにいたのだが。


 すぐに飛び出すような、クラウチングみたいな中腰だった。


 朱里からは背中しか見えないが、背中が怖い。

 朝の気温低下以外の理由で体を震わせて、朱里はガインの視線の先に目をやる。


 そこには寝る前にはなかったはずの大きな陰が聳えていた。


 その陰はでかいのに飛び跳ねていた。だからその陰が着地する度に地面が揺れていたのだ。


「スカルカイザーだ。

 スカル達の王。

 道理でスカルが湧くわけだぜ」


 朱里が起きたのに気づいたガインが、顔を正面に向けたまま影の正体を教えてくれた。


「本来、こんな砂漠の浅瀬にいる魔物じゃない。

 もっと深い砂漠の奥にいるのに、なんだってこんなところに……」


 朱里はそろそろと前進し、ガインの隣に並んだ。


「強いんですか?」


 こくんと頷いたガインのこめかみには、この冷える朝にはあり得ない汗が流れていた。

 金色の猫目の瞳孔がきゅうっと引き絞られている。


「クーマン並に天災級の魔物だ。

 運がないな。

 向こうがこっちに気づかないことを祈ってろよ」


 朱里は肩に掛けっぱなしの魔法鞄を触った。

 この魔法鞄の原料である糸を吐く魔物のクーマンは銀ランク以上でないと討伐できない、とハンジュが言っていたのを朱里は覚えていた。

 ハンジュの名前は忘れてしまっていたが。


「ちなみに、倒せますか?」


 これは、守るべき足手まとい、つまりは自分がいなければ、という意味での問いだった。

 ガインのランクは聞かない。

 なぜならガインはハンターの証である指輪をしていないからだ。

 ガインはハンター登録をしていない可能性が高かった。


「無理だな」


 即答だった。


「おれのハンターランクは青だ。

 体術だけなら勇者と張れるが、何せ魔法がなー。

 スカルカイザーは魔法を使う。火と風だ。その上、念力の一種だろうが、砂を自在に操る。攻撃はもちろん、姿を隠したり壁にしたり、な。

 体術だけの俺じゃ、分が悪い」


 ガインはハンター登録をしていた。

 指輪はどうしたのだろうと朱里は疑問に思ったが、今、問題にするべきはそこじゃない。 


 スカルカイザーはまだこちらに気づいていない。

 余りにでかいので遠近感が壊死しているが、振動から少し遠ざかった気がする。あくまで気がするレベルだが。


「スカルはカイザーがいれば、カイザーを中心に群れるようになる。

 ……合流されたらやっかいだな」


 朱里はこちらの世界に来る前にやっていた狩猟ゲームを思い出していた。なんかこんなのいたなーと。そして気になった。


「そういえば、武器を装備したりはしないんですか?」


 狩猟ゲームではつい狩猟自体よりも熱を入れてしまった武器作り。

 現実、朱里は持ち上げることさえ無理だろうが、ガインならあのでっかい武器達も容易に振り回せそうだった。


「あー、使えはするが、……荷物になるだろう?

 魔物なんて小型、中型はともかく、俺が武器を必要とするような大型なんざ滅多に遭遇しないもんだぜ?

 原始の森じゃあるまいし。

 体術でなんとかなるのに、いらんだろ」


 なるほど。

 朱里は頷いた。


 朱里の場合、この世界に来て早々、ゴキリウスの大群やシラサイト、そして今現在、スカルやスカルカイザーと遭遇しているが、これは異常らしい。

 それを理解した。


 スカルカイザーは日が完全に昇りきるまで跳ねて踊っていた。が、やがて砂の中に潜っていった。


 二人は最後まで気づかれずに済んだようだった。


 ほっと力を抜く。


「まあ、怖い話なら、ここで後ろからばあってカイザーが出てくんですけどね」

「怖いこと言うなよ。ありそうで笑えない」


 伏せていた体を起こし、砂を払うとガインは後ろを向いた。


「っうわぁ!?」


 途端上がった悲鳴に近い驚きの声に朱里も振り向く。と、そこにはなぜ気づく事が出来なかったのか、手を伸ばせば触れられるすぐそこ、ガインなど顔のすぐ前に、スカルの集団がいた。


 すぐさま、二人は後ろに跳ね、距離を取った。


「お前が余計なこというから~!」


 ガインは戦闘態勢に入る。


「えっ?私の所為ですか!?

 これ絶対言う前から居たでしょ!」


 朱里も腰を落とし、警戒態勢を取った。

 双方は睨み合った。

 の、だろうか?スカル達は動かなかった。


「……寝てる……?」

「まさか。構え解くなよ」


 だがスカルは動かない。


「これ、横に動いたら、逃げられるんじゃ、」

「……少しづつ、な?」


 二人はにじりにじりと集団の端が近い右に足を動かした。と、


しゃかしゃかしゃかしゃか!


 突然、後ろから襲ってきた硬い物を擦り合わせるような音と砂の波。


 朱里は知らなかったが、ガインは知っていた。

 これはスカルが発する警戒音であると。

 だが、音量が段差で違う。大きい。


 二人が振り返ると、そこにはスカルカイザーが砂の中から顔を出していた。


「!?はあ!?」

「っうっわ!」


 二人は避けた右に。元々の移動予定だった方向に。

 途端、二人が居た所に滑り込むスカルカイザーの体。


 地面が揺れた。

 砂が波のように跳ねた。

 二人は転んだ。


 そして、スカル達が鳴いた。


 しゃかしゃかしゃかしゃか

     しゃかしゃかしゃかしゃかしゃか

  しゃかしゃかしゃかしゃか

           しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか


 一個体のみは微かなものだろうそれは、群となって数が増え、反響しあってまるで喜びの声のように辺りに響いた。


「……やべぇ。死ぬ」


 砂の中から出てきたガインが砂を吐いて言った。



「……まだ攻撃してきてませんから逃げれませんか?」


 ガインよりも時間をかけて砂から脱出した朱里は、辛うじてガインの死を覚悟した言葉を聞いた。

 それで想像してしまった。


 管理者に寿命まで死なない体にしてもらってはいるが、致命傷を食らったらどうなって生き返るのか、生き延びるのか聞いていなかった。


 死ぬような傷を負ったらどうなるのだろう。


 可能性の一つとして、傷はそのまま、ゾンビの様に痛みに呻きながら、血を落としながらさまよう自分を想像し、頭を振った。

 嫌すぎる。


 けれどそれは近い将来のようだった。


「逃げきれると思うか?」


 ガインが指さす先には、こちらを見ているスカルとカイザー。

 ばっちり眼があった気がする。


「とりあえず、逃げましょう。

 追ってきたら、私、小麦粉撒いて火を付けます。爆発しますから、足止めになるでしょう。

 そっからなるだけ地面の固い所に逃げて、追いついた順に始末してまた逃げましょう!」


 言うなり朱里は村の方に駆けた。


「カイザーはどうする!」


 ガインもすぐに追いついてくる。

 というかガインの方が足は速い。すぐに追い越された。

 もっとも、それに気づいたガインはすぐにスピードを落とし、朱里と同じペースで走るよう足を調整した。


「避けます!相手にしません!

 だって勝てないって言ったじゃないですか!

 でも!あんだけでかけりゃ、避けれるでしょ!多分!」

「魔法もあんのに分が悪いぜ!」

「全くです!」


 二人が怒鳴り合いながら走る後ろに、スカルが迫っていた。

 カイザーは動いていない。

 なぜかは知らないが、これは二人にとっては希望の光だった。


「撒きますよー!」


 朱里は魔法鞄に手を入れ、小麦粉を取り出した。

 お買い得紙袋入り10キロである。すこぶる重い。


 振り返りざま、撒く。

 同時に風を使ってスカルの方に確実に小麦粉が行くように仕向けた。

 火を放つ。


 どおおおん


 スカルを取り巻いた小麦粉が爆発した。

 粉塵爆発である。


「すげぇ!」


 ガインの感嘆の声が聞こえたが、


「足!動かしてください!」


 二人は走った。

 朱里の予想通り、この爆発でスカルは全滅したりしなかった。

 ただ、動きは一時的に止められたし、追いついてくるスカルの数は減らせた。


「村から誰か来てくれませんかねー!」


 ガインがまず討伐に回った。

 一撃とは言わないが、追いついたスカルを端から倒してまた朱里に追いついて走る。


「まだ村まで距離あるからなー!」


 朱里だって戦闘に参加する。

 追いついてくるのが減ったとはいえ、元の数が多いのだ。ガインだけでは討ち漏らす。

 その分を朱里も昨日教わった型を思い出しながら、それでも慣れない戦闘にガインより大分手こずって、仕舞いにはガインに助けてもらいながら倒していく。

 噛まれないよう、刺されないよう、十分に距離をとりつつ、囲まれないように。


 戦闘初心者にはなかなか厳しい注文だが、それでも、ゴキリウス戦よりはマシだった。

 なにしろ戦えていたのだから。


「銀ランクがいればいいですねー!」

「青が数人でも助かるな!」


 二人が戦いに回れば、当然、追いつくスカルも増える。

 だが、なんとか隙を突き、走って倒し、走って倒しを繰り返した結果、二人は砂漠を抜け、礫だらけの、しかし、しっかりとした足場に出ることが出来た。

 遠目にはナン村の入り口が見える。

 村に被害を出さないためにも、村に気づいてもらい、助けに来てもらうためにも、これ以上は逃げられない。


「昨日、依頼出しといて正解だったな!」

「こんなの想定してないですよ!」


 二人は振り返り、スカル達と完全に向き合う。


「朱里、さっきの爆発、もう一回出来るか!?」


 飛びかかってきたスカルを別のスカルに投げ飛ばして、ガインががなった。


「出来ます!」


 朱里は相対していたスカルを蹴り飛ばし、その反動で数歩下がった。

 魔法鞄から砂糖を取り出した。

 お買い得な10キロの砂糖である。

 撒きづらい。

 小麦粉と違って高級品だ。

 色んな意味で撒きづらい!


 だが命には代えられない。

 先ほどと同じように風と火の魔法で爆発を起こした。

20.4.30 改稿

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