ナン村の村長
前回のあらすじ
スカル退治を依頼します。
「急ぎ、依頼を受け付けましょう。スカルは一匹なら黄色ですが、」
「人数がほしい」
「では緑と赤も含めましょう」
「人数は十四、五人くらいですね」
「……まあいいだろう。俺らも出るしな」
受付での会話を聞き流していた朱里は思わず、ガインを見た。
「出るぞ。ちょうど良いし、何より自分のためだしな」
やっぱりか、と戦闘狂でない森の人はため息を返した。
「所で表はいつになく人が多いが、何があったんだ?
人は集めやすくて結構だが、ごたごたは困る」
ガインが親指で外を示すと、受付嬢の可愛い眉間にしわが寄った。
「あー……村長の家に、草原の人の貴族が滞在していらっしゃるのですが……」
草原の人の貴族、そう聞いて朱里が思い浮かべたのは、先刻出会ったばかりの(物理的に)花舞う勧誘貴族だった。名前はもう思い出せないが。
というか草原の人の貴族はそれしか知らない。
だがさっきの今でそんな偶然ないだろう。きっと。
「が?」
朱里は話を促した。すると、受付嬢達はひどく言いにくそうに口を開いた。
「少し前から、村長の家の使用人の草原のお嬢さんを気に入ったから寄越せとかでたびたび来られているのですが、そもそも使用人さんにその気がない上に、やり方が強引で誘拐まがいの事までされるので村長さんが村の警備を増やしまして……」
貴族とは強引でなければならないという法令でもあるのだろうか。
朱里は首を傾げ、悪代官ってどこにでも居るんだな、と時代劇の帯回しを思い描いていた。
だが、同じく首を傾げたガインは、当然っちゃ当然だが、違うことを考えていた様だ。
「使用人思いの雇い主で結構なことだが、使用人一人に力入れすぎじゃねー?しかも草原の奴なんだろ?そいつ」
そうだ。
何せ表は柄の悪そうな男達で一杯だった。
柄の悪さから言って正規の兵ではないのだろう。
ハンターがいるこの世界に傭兵がいるのかどうか朱里は知らないが、魔物ではなく人を狩る人達だというのは何となく判った。
今まで見てきたハンター達より雰囲気が怖い。ハンターとは違う。そう朱里は理解していた。
「うーん、実は村長さん良い方なんだけど……」
「不満はないんですよ?別に本人達の問題だし……」
言いづらそうな二人に、ガインが苛ついてきたのが判った。
朱里でも判ったそれに、当然二人も気づい様で、
「村長さんは草原のお嬢さんがお気に入りなんです」
突然はっきりと答えた。
”草原のお嬢さんがお気に入り。”
それはあれだ。
朱里は捨て世界の管理人からの注意事項を思い出していた。
(異種間で子は産まれません。あなたに例えて言うなら、猿と恋することはあり得ない)
変態さん、到来。否、来てないし、会ってないけど。
「で、本人達が納得してるその関係にその貴族が茶々入れてんのか。
……気持ちは分からんでもないがなー」
貴族的に、助けているつもりなのだろう。変態から。
「しかもその草原のお嬢さん、まだ女になってない子だから。
他にもいるし」
つまりは生理前。
村長さんはあれだ。
ロリコンだ。変態のロリコン。
否、元々ロリコンは変態だけども。
朱里の人生初の身近な所での、話だけでも変態さん出現に呆けていた朱里だったが、気がつけば受付嬢達が二人して朱里を見ていた。
「お嬢ちゃん、村長さんち辺りには行っちゃ駄目よ?」
「村長さんは本当に良い方だけど、お嬢ちゃんは多分好みの範囲内だから」
子供に言い聞かせているようだった。否、子供に言い聞かせているのだろう。
ガインが吹き出した。
朱里は膨れた。
「っく、はぁ。
なあ、村長は草原の人以外でもかまわないのか?」
笑いを納めたガインの問いに受付嬢は二人揃ってこっくりと頷いた。
同じ人種で同じ髪型の姿格好で同じ位の大きさ。
朱里はこの二人は双子ではないかと思い始めていた。
それほどよく似ている。
「村長さんはいい男でね。小さい子を口説かせたら百発百中よ」
「砂でもいいの。でも、草も森も山も区別がないのよ。きっと雪原の子でも変わらないと思うわ」
村長はただのロリコンのようだ。子供なら何でも良いらしい。
「そっかー。……朱里、気を付けろよ?」
「私、もうすぐ二十歳なんですが?」
「大人幼女って歓喜しそうな人種じゃね?」
朱里の年齢を聞いた受付嬢達は大げさに驚いた。
「村長さん、育っても責任を持って家で雇ったり、就職先を斡旋してくれたりするんだけど、育つと愛情は向かなくなるらしいわよ」
「大人幼女、確かに歓喜するわね。本当に気を付けて」
「お兄さんから離れちゃだめよ」
年齢を聞いた後も最後まで子供扱いだった。しかもガインが兄。
朱里のこの世界の兄は頭の中に存在する脳内知識である。ガインではない。
朱里は憮然としたまま、一応堪えているのだろうが堪え切れず笑っているガインの脇腹をつねった。
筋肉が固くて摘まめなかったし、朱里の指の方が痛くなった。
聞くことを聞いた二人はギルドを出た。
最初の事務的な態度はもうどこにもなく、心配そうに手を振ってくれた二人に、朱里は彼女等こそいくつなんだろうと疑問を抱いた。
朱里に対する対応は勿論だが、村長に対してもおおらかすぎるのではないかと思ったのだ。
砂の人は老人なしで150年ばかし生きる人種らしいし。
結構、年いってんじゃないかと口にはしないが思った。
「冗談抜きで、お前は気を付けろよ」
外に出た途端、ガインの腕が伸びて、朱里は抱き寄せられた。
身長差があるため、胴ではなく肩だが。
その流れで顔を近づけたガインは、表通りを闊歩する男達に聞こえない声の大きさで朱里に囁いた。
「村長は闇魔法を使っている可能性がある。砂の人間だしな。
闇魔法は心を操る魔法だ。
解呪は本人か上位の闇魔法使いしか出来ない。
だからこそ、貴族の男も強引に拐そうとしたりしてるんだろう。
王宮に逃げ帰ることが出来れば、砂の国の村長レベルじゃどうしようもないし、草原の貴族は伝で砂の国の上位の闇魔法使いを呼べるからな。
だが、俺にそんな伝はねぇし、そもそも闇魔法は愚かってやつだ。
お前もまだ弱い。
だから、何年生きてようが、中身が大人だろうが、見かけは子供だってのを不本意でも自覚して気を付けろ。出来る限り離れるな」
余りに真剣に言うので、朱里はいきなり引っ張られた事も、子供扱いを止めない事も、怒りそびれてしまった。
「村長さんに気を付けるのは了解ですが、そこまで警戒が必要ですか?
相手は一人でしょう?」
朱里は一人で居る事を好む人間だ。
人と一緒にいる事自体は嫌ではない。相手の名前が覚えられないのでストレスは溜まるが、それでも一人の寂しさも知っていたので。
でもだからこそ、前の世界では避けていた。
生活や付き合い上、仕方のないもの以外は積極的に関わらなかった。
他人と関わるにしても、一人の時間は絶対に必要だと思っていた。
けれど、この世界に来てその認識は変わった。
人と関わるのが苦手なのは変わらない。
でも、旅は大丈夫だった。四六時中誰かと一緒という状況も、案外なんとかなると朱里は知った。
それでもぴったり離れるなと言われると、どうにも気詰まりだった。
元が元なだけに。
「馬鹿。
受付嬢が大人になった子供の世話もしてるって言ってたろう。
つまり、村長は複数人に闇魔法をかけられる可能性がある。
下手したらここに集まってる男共全員、いや、この状況を容認している村人やギルドの受付嬢も魔法に掛かっててもおかしくないんだぞ」
胃の中にひやりとした氷が落ちてきた。
朱里はようやく事の重大さを理解した。だが、
「ならなぜ草原の貴族にはその魔法をかけないんですか?
これだけの人を集めて逆らわないように魔法をかけるより、貴族に魔法をかけて諦めさせる方がよほど簡単だと思うのですが?」
朱里に顔を近づけるために腰を曲げていたガインが背を伸ばした。序でに背伸びをする。
ごきりと音が聞こえた。
「貴族だからな。何か対策をしてるんだろう。
草原に限らず貴族、王族、その他お偉い方にはそういう対処が出来る魔法使いが付くか、呪具を持っていると聞く。逆に言えば、そういった対処が出来ない奴は出世できない。
国の交渉の場で操られれば、国が成り立たなくなるだろう?」
朱里は、この世界は怖い所だと認識を改めた。
魔物という物理的に怖い生き物に対しては覚悟をしていた。
だが朱里は、自分が魔法で操られるなど、管理者のサイに闇魔法がどんな魔法か聞いていたのに考えたことはなかった。
朱里の顔色はガインが見て取れるほど悪くなっていた。
それに気づいたガインは顔をしかめ、気まずそうに朱里の頭を撫でた。
脅しすぎたと思ったのだろう。
「おい、考えすぎるなよ。
全て俺の推測だぞ?全く外れていて全く違うかもしれないって頭に入れとけよ?
当たってたとしても、村の運営に問題があれば、国が入ってくる。
砂の国は個人の管理が厳重だからな。
今、表だった問題と言えば、余所の貴族が村長の趣味に茶々入れしてる位だ。
職員の嬢ちゃん達も言ってたろう?
”いい人なんだけど”って。
そもそも俺らは、森に帰るのにスカルを排除するために、この村に寄っただけだ。村長と関わる事は普通ない。
だから、お前がちょっと誘拐とかの事件に巻き込まれん様に気を付けてれば、問題もない。な?」
ガインはいつになくゆっくりと幼子を安心させるように、朱里に言い聞かせた。
朱里はこれまで、数々数々、子供扱いに不快になりむくれていたが、今回ばかりは、ガインの気遣いを受け入れた。
20.4.30 前話分割後追加




