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砂漠で足止め

前回のあらすじ

シラサイトでひつまぶしパーティをしました。

 朱里は目の前の光景に息を飲んだ。


 決して感動とか良い意味ではない。あまりにも気持ち悪い光景に怖気が立ったのだ。

 それはガインも同じだったようだ。

 二人して後退る。


 目の前には、細長く平たい上体を起こせば人位の大きさ、二本の触覚と毒牙の付いた真っ赤な頭、黒々とした背板と黄色の腹板からなる節のある胴、その両側から対の歩肢を、末端に一際長い鋏のような曳航肢を持つ虫が群れとなって集まっている。

 つまり、巨大な百足がうようよと砂漠の入り口を占拠していた。

 



 朱里とガインは湖の駅を去った後、当初の目的通り森に向かっていた。


 草の国からガインの故郷の森に入る場合、二通りルートがある。

 その二つのルート以外は、崖に阻まれて森に入る以前に川から上がることすら出来ない。

 

 一つは観光ルート。

 湖から直接舟を乗り付ける事が出来るが、森に上陸後は、森の人の案内が付き、観光ルート以外歩けない。

 一応、地元の人でも使えるが、ガイン曰く、森を自由に歩き回るには面倒な手続きが要るという。


 もう一つが、通常、森の人が森の出入りに使うルート。朱里とガインが行く予定のルートだ。

 桟橋と舟で対岸を最短距離で結んであり、砂漠の入り口、大峡谷を目視出来る場所にある。

 何故、湖から直接舟で乗り入れないのか。観光ルートは乗り入れられるのに。

 それは朱里ならずともそう思うだろう。

 実は湖を出て、観光ルートへ行く支流と別れた後すぐに高さ五メートル程の滝があるのだ。

 この滝があるが故に、このルートは湖から舟で乗り入れることが出来ない。渡し場まで陸上を行くしかないのだ。


 その話をガインから聞いていた朱里はふと思った。


「これから行く渡し場ですけど、何でわざわざ砂漠に入った所にあるんです?

 大峡谷は魔物が生まれる所なんでしょう?

 近づけば近づくほど魔物が増えて危ないのでは?」


 ガインは頭を掻いた。目線も空を見ている。

 明らかに気まずい仕草だ。

 朱里でも分かった。


「あー、表向きで言うなら、俺達森の人間は砂漠の向こうの山脈を越えた原始の森からこっちに移ってきた。その時にこっちの森に入る際使った場所がそこだったから、という理由が一つ。

 森の人間の戦いを好む性質を押さえるために、魔物が増えるぎりぎりのそこが都合がいいという理由が一つ。


 本当の所は草原の人間や砂漠の人間と安全や利権問題で争った結果だ」


 なんと言うことはない。大人の事情だった。




 そんな訳で川沿いに礫砂漠を歩き、岩山を乗り越えて砂漠の入り口に来たのだが、冒頭に戻る、である。


「こっりゃあ、スカルだな」


 ガインの顔が厳しい。


「油で揚げると香ばしく、スパイシーでおいしいやつですね。乾燥させて粉にすれば調味料にも使えます」


 朱里の顔も引きつっている。が、ガインの顔は朱里の言葉で逆にゆるんだ。


「おまえは食うことばっかだなぁ」


 ついでに頭も撫でられた。


 朱里は頬を膨らませた。

 ちっとも嬉しくない。

 朱里は今、子供扱いに敏感なお年頃なのだ。正確には、この世界に来てから気にし始めた。

 なのでむくれた。


「だがまあ、この数はない。

 スカルは毒持ちだ。顎で噛まれるか、曳航肢で挟み切られれば死ぬ」


 ガインの言葉に朱里も顔を元に戻した。


 ゴキリウスしかり、この世界には、前の世界と同じ生き物がいる。

 ただまあ、違う世界だから、当然違いはある。

 主だってはその大きさだ。

 小さいのもいるらしいが、この世界ではそれとはまた別に大きいのがいる。

 大きいのは、毒や魔法を使ったり、人を補食対象にするから厄介である。

 食べれたり、薬になったりは、国によって人によっては前の世界でもあったようなので違いには入れない。細かくは違うが、大きくは違わない。

 逆に全く変わらない面もある。

 見た目だ。

 気持ち悪い生き物をじっくり観察した事など朱里にはないが、ざっと見、姿形は前の世界と全く変わらない。


 何が言いたいかというと、朱里は殺虫剤が欲しくてたまらなかった。

 まあ、小さい方ならともかく、こんな大きな害虫を殺せる殺虫剤など前の世界にもないはずなので無い物ねだりだ。


「燃やせば、全部解決ですね」


 百足は火をつけても飛ばない。ゴキブリやゴキリウスと違って。

 なので遠慮なく朱里は提案した。


「これを焼き払える火力の魔法をお持ちで?」


 すぐさまガインに反論されたが。


「私は生活魔法しか使えませんからねぇ」


 朱里はガインから顔を背けた。


 朱里の魔法が大したことがないことはガインも知っている。逆にガインが碌に魔法を使えないことも朱里だって知っている。

 だって二人は森の人。

 さして無い魔力量で使える魔法は肉体強化の念力が主であり、他には碌に魔力を使えない森の人なのだから。


 勿論、魔法以外にも手はある。


 油を撒いて火種を放り込めばいい。

 が、ガインは油も火種も持っていないし、朱里は両方持っているが、油の量が圧倒的に足らない。手持ちの量の油では火力も足りない。


 火以外の倒し方は肉弾戦だ。

 だがこれもガインは良いが、修行前の朱里には無理な方法である。

 また、ガインにしても、朱里を庇いながら、地面一面を埋め尽くす数のスカルの相手は分が悪い。


 実質、手がなかった。


「という訳だ。近くにナンという村がある。そこに行くぞ」


 スカル達は目視できるが未だ遠く、こちらに気づいていない。

 だからこそ二人はこんなに暢気に会話していられた。

 だが、いくら遠くても、二人が気づいたのだから相手に気づかれない保証はない。

 二人はそそくさとその場を離れ、スカルを避けての大回りのルートでナン村へ向かった。


 朱里にとって初めての砂漠であったが、ナン村があるのはさほど遠くなく、まだ礫砂漠の中だ。そのため、水に乾くことも、砂に足を取られることもなく、難なく村に入れた。


 村の中は人に溢れていた。


 ナン村はこれからの本格的な砂漠に入る旅人が、砂漠を渡る最後の準備をし、逆に砂漠から来た人が休み序でに、砂漠から持ってきた物を交易する商業の村だ。

 とはいえ半日も歩かない内に、草の人の国側には湖の駅やリンドの街が、砂の人の国側にはライの街やショウの街という大きなオアシスがあるため、そこまで大きくはない。

 ナンは街ではなく村なのだ。


 だから普段はそんなに人はいない。


 だからガインは村に入った途端、首を傾げた。


「スカルの所為ではないんですか?」


 この村に来るのが初めての朱里は不審そうにしているガインを気にせず、好奇心のままにナン村をきょろきょろ眺めている。

 突如として現れた緑とその背後に広がる明らかなる礫でない砂漠との対比が、日本から出たことがなく、砂漠は勿論、日本にある砂丘さえも写真でしか見たことがない朱里には物珍しかったのだ。


「あそこに溜まっていたスカルの影響は、ここまで人をこの村に招くほどでかくない。

 あの渡し場を使えなくて困るのは森の人間か森の人間に用がある奴だけだ。それはそれ程多くはない。

 森の人間は基本森を出ない上、余所の人間が観光以外で来るなど外交以外ないが、そこまで派手に外交を結んではいないからな」


 ところで、ナンの村にもギルドの出張所がある。

 ギルドにはハンターが集う。

 なので人が集まる場所と言えばギルドである。


 しかし、ここで集った人々は、ギルドではなくその更に村の奥、村長の家から溢れているようだった。


「村長の客の連れ、か?だとしたらかなりの大物だが・・・」


 ガインはそこまで見定めると砂漠にふらふ彷徨い出しそうになっている朱里の襟根っこをひっ掴まえてギルドへ向かった。


「いっとくが今の装備で砂漠に出たら半日もたねーからな。

 後、目的地は砂漠じゃなく森だからな」


 襟首を掴まえられたので、苦しくないように距離を調節した後、ガインに引きずられるままに歩き出した朱里は、ガインの言葉に一応申し訳なさそうにした。


「いやー、さらさらの砂が気持ちよさそうで、つい」


 実際、風が吹くたびマールの木が揺れ、葉がざわめき、金色の砂が空を舞うのはとても綺麗だった。

 遠くの金の山を時折横切る駱駝っぽい動物や、明らかにでかいスコーピオン、なぜか走っているサボテンを初めとする多肉植物達など、気になる動植物も見て取れて、それらが走る度に舞う砂がまた朱里の目を眩ませ、足を砂漠へと向けさせたのだった。


 しかし、


「後で触らせてやる。

 今は情報を集めるからうろちょろするなよ。

 小さい村でも砂漠に隣接している上、今は普段と違う状態だ。

 下手に彷徨くと碌でもないことに巻き込まれるぞ」


 今の村は突然人が増えた所為か、否きっと増えた原因に理由があるのだろう、雰囲気が悪かった。


「はーい」


 朱里も空気は読める。だから素直に返事を返しガインに従った。

 だというのに、その素直なだけの返事は、ガインに本当に理解してるのかよと、ぼやきと共に不安を飲み込んだ様なため息となって返された。


 表通りと打って変わってギルドの中はがらんと閑散としており、閑古鳥が鳴けばよく響く有様だった。

 それでも受付に人は残っていたので、二人はそこへ向かう。


「よう、依頼を出したいんだが」

「ご依頼ですか?内容をどうぞ」


 褐色の肌に赤い布を巻いた二人は明らかに砂の人だった。そして、にこやかだがひどく事務的だった。


「この村と森の間に湧いてるスカルの駆除。数が多いから、共闘できる奴の派遣を頼みたい」


 ガインは手慣れた風に受付嬢に簡潔に依頼を口にする。


「これで」


 ごとり。

 机に置かれた麻の小袋はまさにそんな表現の音を立てた。


「スカルにこの値段は……相場よりかなり高いですが、よろしいんですか?」


 依頼料を数えていた受付嬢が、伺うようにガインを見上げた。

 その驚きが現れた顔からして、ガインが出した依頼料は破格だったのだろう。それもものすごく。


 ガインは念押しするように麻袋を受付嬢に押しつけた。


「数がハンパない。団体戦が出来る奴が要るんだ」


 受付の二人は顔を見合わせる。


「規模を教えていただけますか?その、スカルの」


 カインと話している方ではない方の受付嬢がそっと席を立った。


「森の側の川からこの村の外の丘までぎっしり」


 戻ってきた受付嬢が持ってきた巻物を広げる。


「この辺りですか?」


 巻物は地図だった。


「遠目に見ただけだから正確じゃないが……」


 ガインは広がった地図を受付嬢が描いた範囲より広く触った。


 受付嬢達の顔が青くなった。

20.4.30 改稿

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