お断りします
前回のあらすじ
シラサイトのかば焼きを食べていたら、貴族の男がナンパされました。
黒子が撒くこの花びらは地面に落ちたら消える。
正直、掃除が大変そうだと思っていた朱里はこの現象に感動した。
ゴミの気遣いまで出来るとは……この黒子、出来る、と。
「いやいや、そんな本当にお気になさらずに」
そして朱里は問答におざなりに回答しながら、一つの解を得た。
これは魔法である、と。
正直、テンションが上がった。
「いえいえ、当然のことですよ。
素晴らしき人を得るのに手間を惜しんではいけませんから」
そうと分かれば、後は更に観察するだけだが、ここでようやく黒子の主人に気を向けた朱里は再び考えた。
どうやって断るべきか。
この人物の正体を朱里は知らないが、金持ちであることは当然ながら察せられる。
だが、ただの金持ちならともかく、これが貴族ならば無碍に断って良くある時代劇のように「無礼者!」とか言われて投獄とかにならないだろうか。
この場合、種族の違いはどうなるのだろう?
一応、朱里はこのときフードを被っていた。
シラサイト討伐の時は脱げていたのだから、種族を隠すのは今更なのでそんな理由ではない。
単純に日差しで頭が熱くなってきたから日差しを遮るためだった。
だが、この貴族(仮)は、フードを被っている朱里しか見ていないと思われる。
草原の人と思っているかもしれない。
思われて、身分制を盾に取られたら、どういう対応が正解なのか。この世界に来たばかりの、ましてや草原の人ではなく森の人である朱里には分からない。
軽く言葉を交わしながら、朱里は悩んだ。
ちょっとだけ。
だって考えたところで答えは決まっているのだ。
早く断らないと食べ掛けのご飯が冷えておいしくなくなると言う答えが。
「いやいや、そんな大層な者ではありませんし、何より人に仕える為の作法も気持ちもありませんので」
とりあえず朱里なりに気を使って断ってみた。
目の前では尽きることのない花吹雪が色を変え悲しげに舞っている。
この黒子は芸達者だ。
そして朱里は眉間にしわを寄せた。
辺り一面には花の香りが広がっていた。
花とともに匂いも撒かれていたのである。
とてもいい匂いだ。
普通であれば。
時に、朱里は生花の匂いが苦手だった。
花瓶に生けられた物を見る分には問題ないが、花束に顔を埋めることはしたくない程度に匂いが駄目だった。
また、そんな個人的意見とは別に、花の匂いは今この場に非常にそぐわない。
主に蒲焼きの匂いに。
一つ一つは大衆にとって、とてもいい匂いだ。だが、蒲焼きと生花。この二つはどうにも相性が悪かった。
これは黒子痛恨のミスだ。もしくは主の手落ちである。
結果、朱里は頭が痛くなった。
眉間はその現れだった。
しかし世の中、人の心を読む魔法を使わない限り、頭の中を覗くことは出来ない。
出来ないからこそ勘違いや思い違いが生まれる。
それは物事を思いもしない方向に転がしてくれるのだ。
この場合はガインだった。
「おいアンタ、断ってんだろうが。貴族だかどこぞのいいとこの坊ちゃんだか知らねぇが、見苦しいぜ?」
朱里の眉間のしわを見咎めたガインが、朱里を抱き寄せた。
「何ですあなた。あなたには関わりないでしょう?」
途端に不愉快な顔をする男。それを睨みつけるガイン。
「あ、この人、私の保護者です」
抱き込まれたことで鼻腔がガインの香り一色になる。
朱里は呼吸一つ、少し深めに息を吐いた。
安堵のため息ではない。
花の匂いを消すための深呼吸だ。
ただ、朱里を抱きしめるガインの腕の力が強くなった。
「保護者?」
「保護者」
返された同じ単語を男は鼻で笑った。
「なにがおかしい」
朱里の頭上から聞こえる声は、いつもより低く冷たく響いた。
ぞろりと体を這いずる寒気は恐怖だ。
朱里はガインに気づかれないように、そっと息を詰めた。
しかし男は剛胆なのか、ただただ鈍いのか、ガインの様子を恐れる素振りはない。
寧ろ、嘲るようにガインを上から下まで眺め、また息を吐くように笑った。
その笑い声に合わせて花が舞う。
「花が咲くのにふさわしい場所ではないと思っただけのことですよ。私ならば存分に艶やかに花を広げられる温室をご用意できるというのに」
ガインの眉間にしわが寄る。
だがその厳めしい顔に反して、息苦しさは軽くなった。つまり、ガインの腕の力が緩んだのだ。
周囲はしんとして、固唾をのんで三人の行方を見ている。
もはや、シラサイトの蒲焼きはその身を削ることなく冷えていくのを待つだけだ。
ガインの腕から力が抜けた。
男の口角が上がっていく。
「温室でない方が綺麗に咲く花も幾多ありますよ」
朱里はなんだかすべてが不快になった。
「寧ろ、合わない土は枯れる元です。花は自分で居場所を選ぶ。合わない場所に連れて行かれて美しく咲けと強制される方が哀れだと思いませんか?」
ガインの腕に再び力が入った。ついでに重い空気も増した。さっきの比でなく。
男はわずかにたじろいだ。
だが、息を一つ吐いて立て直す。
「……そうですか。
あなたがそうおっしゃるのなら仕方ない。今は引きましょう。
ですが、そこがお嫌になればいつでも我が家をお訪ねください。私、リヒャルト・ルーベンルスト・ライル・リーと申します」
再び舞った花に包まれ、男は優雅に頭を腰から下げた。
「ご丁寧にどうも。また機会がありましたら」
対して朱里は手を振るだけ。しかも頭を下げた男には見えていない。
分かっていてやった。
朱里は目線もくれてやらなかった。
「それでは失礼。ふふっ。皆様も保護者様もお騒がせいたしました」
頭を上げた男は背後に従えていた男達と花を巻き続ける黒子を引き連れて去っていった。
「……あいつんち、行きたかったら行ってもいいんだぞ?
あの手の貴族なら守りもしっかりしているだろうし。草原の奴なら手付の心配もあるが、お前は森の人間だ。心配ないぞ?」
ようやく花の香りも遠く薄くなり消えた頃、そろそろとガインの腕が外された。
「でも私、今から強くなれるように鍛えて貰わないといけないですし。常識がずれているようなので、普通の森の人の里にも行ってみたいですし。
何よりまだ食べ歩きの旅がしたいですから」
朱里はガインから体を起こすとすっかり冷えてしまったシラサイト丼に手を伸ばし箸をとった。
緊張の取れた周囲もまた再び、各々食べ残された料理に手を伸ばし始め、にぎやかさが戻り始めていた。
ガインはなぜか数人の男達に囲まれていた。
それは、元々近くにいた男達ではあったのだが、なぜか、ガインの肩を叩いていく。
ガインは鬱陶しそうにしていたが、その手を払い避けることはしなかった。
「そうか」
ガインはしわの取れた眉間を揉みほぐし、溜まった息を吐き出す。
背は幾任もの男達に叩かれ丸まっていた。
「あ、面倒見るのが嫌になったというのであれば、「それはない」よかったー」
丸めた背を伸ばし、完全に言葉を遮って否定したガインに朱里は心底ほっとしたように笑う。
周囲の男達からも「よかったなー」と声がかかる。ガインに。
「だいたい、あの人の名前、長くて覚えようとすら思えませんでしたし」
わかるー、確かになげぇや!
あちこちで話を聞いていたらしい人達からも同意の声が挙がった。
「まだ、しばらくはよろしくお願いしますね。師匠」
朱里が振り返れば、ガインは俯いていた。
顔は見えなかったが、知らぬ男達に撫でられている頭に付いた耳は褐色で分かりにくいが赤みが増して見えた。
シラサイトを食べ終わり、駅を出る前に、朱里はギルド職員にハンターの指輪の情報を更新してもらった。
石は茶色から赤に変わっていた。
朱里とガインは再び旅立った。
駅の駅員室にて。
普段、片手ほどしかいないこの部屋に今日は両手を使っても足りない人数が頭を付き合わせている。
正直狭いが、だからと行って出て行けとも言えない。
「ゴキリウスの大量発生があったって?」
一人が口を開いた。全員がもうすでに知っている話だが、口火を切る材料にはちょうどいい。
「場所が近いからな。こっちに来ることも考えなくては」
案の定誰からともなく口を開く。
そして話題は本題へ。
「それに先ほど食べたシラサイト。
やっぱり、シラサイトがこの川に来るのは前例がないですよ」
「本来砂漠の向こうの「原始の森」の川が生息地だ。海も泳げるとは聞くが、こちらまで来るのは解せない」
「彼女は「原始の森」から来たのでしょうか」
「まさかと言いたいが、それならばあの大量にはいる魔法鞄にも納得がいくな」
「「原始の森」は魔の気が強い。手練れでなくては生活できないと聞きますが」
彼女はそうは見えなかった。少なくとも今ここにいるメンバー達には。
「ともかく、守りを強化せねば成りません。場合によっては観光船の休止も視野に入れて」
「こんな異常事態。まさに異常だ」
「何かあったんでしょうか」
「それとも何かが起こるか、だな」
「注意しておきましょう」
闇がひたりひたりと近づくような静けさがメンバーを包む。
「こんな時に勇者はどこにいるんだ?」
一人が振り払うように声を出した。あまり大きくないそれは独り言にも思われたが、
「彼は手がかりを掴みにサーラの国へ向かっているそうです」
答えは返り、誰かの重いため息が落ちて消えた。
彼らの希望は今この国にはいない。すなわち、現状の不安を消してくれる人は誰もいない。
その事実が、母を見失った子供の様な有様を生んでいた。
20.4.30 前話分割後追加




