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シラサイトパーティー

前回のあらすじ

シラサイトの三枚おろし、出来ました。

 放水していた人々は、重いホースを担いで動いて息も絶え絶えだった。

 終了の声が聞こえた途端、その場に座り込んでしまった程に。


 辺りはドロドロだった。

 水を撒いたのだ。大量に。

 地面のみならず、人々も皆、水浸し。

 でかくて長い魔物の解体は走り回った。泥が跳ね、土を被り、さらに水を浴びて。

 息の切れた参加者は、どろどろの泥まみれになると分かっていても、今更とばかりに地面に転がった。


 朱里は、鋸で落とした角や骨、頭や無事だった方の目玉をギルド職員に売った。

 すごく良い値になった。


 最後に残ったのは肉だ。


「四分の一位は魔法鞄に入るので貰います。残り半分で料理して、それでも半分は残っちゃうかなぁ?

 残った分を買い取って貰っていいですか?」


 言って、半身を小分けにして朱里は魔法鞄にしまい始めた。

 予想通りと言おうか、起こった周囲のどよめきには耳をふさいだ。


「あんた、それ、国宝級じゃねぇ?」


 あんぐりと口を開けた、手伝ってくれたうちの一人が代表となって聞きに来た。


「姉が作ってくれた物なので、私は詳細を知らないんです。

 作り方とか材料とか聞かないでくださいね。もちろん売りません」


 朱里の答えは少し早口気味だった。声も大きめでそれは宣言に近い。

 朱里なりに警戒していたのだ。


「気を付けろよ、嬢ちゃん。それ、持ってるだけで争いに巻き込まれるぞ」


 けれど。

 聞いてきた男の目には心配げな気配があった。

 朱里は少し肩の力を抜いた。


「ご心配頂き、ありがとうございます。

 もちろん気をつけてるんですが、使わないと持っている意味がないので。

 こういう場合、人目に触れないのは難しいですし、何より彼がいるから大丈夫です」


 朱里はガインを指さした。


 ガインはずっとそばにいた。

 それとなく周りを見て牽制していた。


 ガインの顔は怖かった。

 その顔は、朱里の中で押さえた彼に対する恐怖心を呼び起こした。

 けれど、その顔と必要以上に朱里に近づかない周囲の人々。

 さすがの平和呆けした朱里もガインの意図に気づいた。


 守られていると。


 だからこそ、朱里も彼のみに任せず、自分でなれない警戒などしてみたのだが。

 結果としては、肩が凝っただけであった。


「彼、強いらしいですから」


 朱里はにっこり笑った。

 守ってくれている人に対して、恐怖心が表に浮かばないように、しっかりと。

 

「ああ確かに。あの蹴りはすごかったな」


 男が納得を見せて頷いた。


「頼まれた食材と道具、着きましたよ」


 教えてくれたギルド職員に礼を言って、朱里は手を早めて自分の取り分のシラサイトを鞄に仕舞った。


「じゃあ、残りの半分料理にしますので、みなさん食べていってください」


 水浸しになった会場で服を乾かしたり、そのまま水遊びに興じていた人々から歓声が上がった。

 その中にはギルド職員もいた。……主に水遊びの方に。


 リンドのギルド職員は緩い人が多いようだ。




 料理は、朱里が調合したたれで作った蒲焼きを使い、買ってきて貰って作ったご飯でひつまぶし。プラス澄まし汁。


 驚いた事に、こちらの世界にも米があった。名称も前の世界と同じものだ。

 何でも、元々は違う名称だったのだが、異世界から召還された勇者がこれを見て「米だ!」と大いに喜んだらしい。

 以後、米はそう呼ばれることになり、名称が広がっている最中だという。


 しかし、そもそもここらでは米を食べる習慣があまりなかった。

 需要がなければ供給もない。

 勇者は食べる方は普及させなかったようだ。


 米はなかった。

 代わりに、麦があった。

 だから今回は麦ご飯にした。


 ちなみに麦のこちらの名称はムッギー。わかりやすい。




 机や椅子を職員が運び出してくる。

 食器は、ハンター達は自前の者を持っていた。その他の分だけ駅職員がどこからか出してくれた。勿論、職員の席や食器は事前にしっかりちゃっかり確保されていた。


 薬味やタレを切ったり調合し、白身のシラサイトを炭火の上に乗った網で焼く。焼けたらタレにつけて再び焼く。


 辺りに魚醤と果物の汁で作ったタレの焼ける匂いが広がった。

 水から上がったハンターや職員の腹の中で虫が鳴く。


「あ、あの、何か手伝えることは・・・」


 待ちきれなくなった男達が手伝いを申し出てくれたので、


「数が多いので、同じように焼いて貰えますか?」


 有り難く受け取った朱里の答えを受けて、すぐにタレの焼ける香ばしい匂いが増した。

 駅の中にいた人々も匂いにつられて出てきた。


 朱里は、蒲焼きが手を離れたので、大釜で麦を炊く。

 こちらは火加減の説明が難しいので人に頼めない。


 調理の一番始めから水に浸していたのを魔法で火を付けて、麦だが米のように炊く。

 火に燃料の木を入れて、偶に火吹き竹で吹いて。

 蓋に押さえられても昇った水蒸気は、米とは違う、それでも食欲をそそるご飯の匂いがした。


 すべてが出来上がるまで数時間。


 少し焦げたシラサイトの蒲焼きが山となり。彩りのいい薬味の皿が隣に置かれ、蓋を開けると蒸気をぶわりと吐き出した麦はふっくらとした少し茶色の実を釜の中で晒していた。


「さあどうぞ。器にムッギーを盛ってその上にシラサイトを乗っけて食べてください」


 朱里が言うや男達が群がった。


「うまい!」

「柔らかくて肉厚で油が甘くて・・・手が止まらん!」

「一杯目はそのまま、二杯目はこちらの薬味を乗せて、最後は澄まし汁の汁をかけてお茶漬けでどうぞ!」


 当然ながらひつまぶしはこの世界にはない。ので、朱里は覚えているひつまぶしの食べ方を説明した。

 四分割にしてとか四杯目はご自由にとかは重ではなく丼だし、お代わり続出だし、量が量なので言わなかった。


 お代わりは飛ぶように売れた。

 手伝った人以外もいたが、咎めることはしなかった。

 だって肉の量が多すぎて消費できないから。


 だったら、腹に溜まる麦を使わずにシラサイト単品で食べさせて消費量を上げた方がいいのではないかと言う話だが、こればかりはウナギ大好き日本人の血が騒いだので無理だった。


 ウナギの蒲焼きと言えば丼である。もしくは重。


 ガインも食べた。

 もりもり食べた。

 彼の胃袋の容量を疑う程食べた。

 だが、シラサイトが出現してから、一番働き、貢献した人間は紛う方なく彼である。誰も止めなかったし、その見事な食べっぷりがなんだかおもしろくなった朱里も次々と差し出されるお代わりを上機嫌で盛った。


「しばらくはごちそうが食べれますねー」


 ガインのお代わりの合間に朱里もガインの隣で食べていた。

 本懐である。当然食べる。

 量はガインと違い普通だが、三杯は食べる心意気である。

 だってひつまぶしだし。


 そんな朱里に貴族と思しき身なりの男が近づいてきた。もしくは裕福そうな男。

 彼は、料理のお代わりに来た訳ではなかった。その手に器がない。


 途端にガインの箸が止まる。


 ガインの警戒の目線を受けながら、男は優雅に現実に花びらをまといながら朱里の傍らに立った。


「こんにちは。

 少しお話よろしいでしょうか?

 私はあなたのすばらしい料理の腕に感銘を受けました。

 いかがです?我が家に雇われてみませんか?」


 背後に武装した同じ格好の人間を並べて、肩までの金髪縦ロールの髪を掻き上げる西洋中世風のひらひらしたレースの多い服を着た男は、明らかにこの力自慢のごつい体型が多いハンターの群の中では浮いていた。


 特に足下で花びらを撒いている黒服覆面の男達が異様に目立った。


 そんな訳で男が口を開いても、ガインは眼光鋭く貴族風の男を見ていたが、大半の周囲の人間、朱里を含めて、は、男を上から下まで見て、足下の黒子風な男達に注目していた。


「あいにく、これから行かなければならないところがあるので、有り難いお申し出ではありますが、お断りさせてくださいませ」


 話しかけられたため、黒子から顔を上げた朱里は、身分の高そうな、そして間違いなく裕福であろう男を見ても何の感情も見せなかった。

 黒子には明らかなる興味深げな面白い者を見つけた輝きを目に宿していたにも関わらず、顔を上げた途端、目から光は失せ、いつものアルカイックスマイルが丁寧に頭を下げてお終いである。


 だが男は、その対応に軽く目を見開きはしたが、よりいっそう笑みを深めた。


「その用事とやらが終わった後でもいいですよ?」


 男の周りにバラの花びらが顔を邪魔しない程度に舞った。

 男に諦める様子はない。

 花が尽きる様子も。


 朱里は今まで持っていたシラサイトを食べるのに使っていた箸や器を机に置いた。

 男に、否、尽きることのない黒子が撒く花びらの謎の答えを見いだすために正面から向き合う。


「いつ終わるともしれない物なのでお待たせするには心苦しいですから」


 口に手を当て、目は伏せ気味に。


 これは申し訳ないの気持ちを表したポーズではない。

 なぜならば伏せられた目線は黒子の持つ花籠に固定されているからだ。


 黒子達は立っていない。結果、立て膝に置かれた花籠を見ていた朱里の目線は下に。余所から見れば目を伏せた申し訳なさそうな顔になっただけだった。

 ちなみに口に手を当てたのは朱里が何かを考察するときの癖である。

 可愛い子ぶりっこではない。


「そんな気になさらず。

 あなたのような素晴らしき料理人を雇えるならば私は何年でも待ちましょう!

 何なら手助けもいたしましょうか?」


 だがそんなこと知らない貴族風な男は朱里の愁傷な態度に感極まった声を上げた。


 色とりどり多種多様な花が舞い、朱里は気づいた。


20.4.30 改稿

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