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解体、シラサイト

前回のあらすじ

シラサイトを倒しました。

 舟は近くの岸辺に乗り上げ、舟頭と客は一時、舟を下りた。


 仕方がない。


 シラサイトが暴れ、舟は大いに水をかぶった。

 水は客を濡らし、舟底に溜まり、舟は没しかけた。

 舟体も川底や岩にぶつかっていた。

 見た目壊れてはいないが、点検は必要だった。場合によっては修理も。


 舟は停泊を余儀なくされた。


 舟頭は見たこともない魔物による遭ったこともない被害に頭を抱えた。


 幸い、客からは文句は出なかった。

 停泊の時間はありがたく受け取られた。


 一般の客はこれ幸いに濡れた服を絞ったり、魔法が使える者に有償で乾燥を頼んだり、川の水で冷えた体を日光やたき火で温めていた。

 ハンターもまた、濡れた道具の整備や何人か出た負傷者の手当てをしていた。それに加え、臨時依頼として、舟から落ちた人の救助も。


 そんな中、シラサイトの上に乗る人影が二人。 


「さすがにここで魔法鞄に入れると騒動になりますよね。全部入るかどうかも分からないですが」


 シラサイトは見た目通りつるりとしていて、その体に乗るには少しこつがいる。

 朱里はそのこつがうまくなく、気を抜けば、座っていても滑って川に落ちてしまう。なので、ガインにシラサイトの上に降ろされても立つ事も動くこともままならない。

 それに比べて、


「これが入ったらドラゴンも入る鞄だぞ。ねーよ」


 顔の前で手を振っている男、ガイン。

 彼は滑りやすいシラサイトの上に体幹を揺らがせることなく、真っ直ぐしっかり一本の棒を深く突き立てたかの様に立っていた。


「ですか。入れば楽だったんですが」


 惜しそうに言ってはいるが、実は、入る。さすがにギリギリだろうが、入るのだ。

 朱里はそれを知っている。

 だが、


「横着すんな。湖まで引くぞ。ここじゃ解体も出来ねぇ」

「そうですよねぇ」


 ようやく陸上に上がった二人は、いや朱里は、魔法鞄を大っぴらに使えない苦労を実感した。


「誰か綱持ってきてくれ」


 ガインが声をかける。

 声を聞いた舟頭が綱の固まりを投げてくれた。


 それを持ってシラサイトの頭に移動したガインは、するすると角や頭、口を利用しながら綱を掛けていった。

 胴体には巻いていない。頭だけを綱で固定するとそれと朱里を持って舟に戻った。


「これ、この舟で引けるんですか?」


 朱里は一抹の不安を感じていた。

 だが、朱里に綱を渡し、船頭に舟でシラサイトを引かせる分のお金を色を付けて渡したガインは、何の心配も見あたらない顔で言った。


「人力じゃ無理だぞ」


 朱里に渡されていた綱は、ガインが舟の最後尾に厳重に括り付けた。


 太陽が中天に差し掛かる頃、舟は再び川の流れに戻った。

 舟の繰り手は二人になっていた。だからか、シラサイトに舟を引っ張られることなく、舟は進み、シラサイトは舟の後ろをゆらゆら泳ぐようについてきた。


 何とも巨大な鯉のぼりである。


 ちなみにこのでかいシラサイトは朱里が倒したので朱里の物になった。


 朱里の物になったシラサイトは綱で引かれ、湖に運ばれる。

 たどり着いた舟着き場には舟頭が停泊中に打ち上げていた緊急用の狼煙で呼ばれたらしいギルドの職員と衛兵が待っていた。

 ガイン曰く、ギルド職員はアルス村ではなく、リンドの街のギルド職員だそうだ。


 もちろん、彼らの狙いは取れたてほやほや、朱里のシラサイトだ。



 

 買取交渉の始まりである。




「肉がほしいです」


 ギルド職員達が並んで座っている。その前に朱里は座った。


 どこの面接会場だと朱里は前の世界のバイトの面接を思い出し苦々しくも背筋が伸びてしまったが、隣に座るガインは背もたれに完全に背中を預けて、大仰に足を組んでいる。そこからは不遜さは伺えても緊張だの居心地の悪さだのは感じ取れない。


 椅子は駅職員の厚意だ。

 駅内を占拠するのも他の客に迷惑と言うことで、シラサイトの浸かる池の横、つまりは外で、立って話そうとしていたところ、駅職員が長椅子を二つ用意してくれたのだ。


 そうして始まった買い取り交渉は、第一声に朱里の希望が述べられた。


「その前に解体でしょう。うちの解体職人もシラサイトは解体したことなくて、そもそも解体方法を知らないらしいのです」


 困惑気味に職員が言い出したことに、朱里は首を傾げた。


「しましょうか?」


 勿論、朱里もシラサイトの解体はしたことがない。だが手順は知っている。


「できるのか?」

「手順は知ってますから、道具と人手があれば出来るんじゃないですか?」


 感心した声を上げたのはガインばかりではない。職員からも聞こえた。


 朱里は再び首を傾げた。

 さてはて。シラサイトはそんなに珍しい魔物であったのだろうか。


 思い返してほしい。

 舟の上で、朱里以外シラサイトを知らなかったことを。ガインも知らなかった。


 だが、朱里の脳内知識に寄れば、海辺の一般食だというし、以前立ち寄ったリンドの街中でもその肉が干物となって売られているのを朱里は見ていた。

 もっとも、値段はそこそこ高かったが。

 それでも手に入れられないわけではない。ちょっとしたごちそう程度の値段だった。


 だからこそ、ここまで知られていないことが朱里には奇妙でならなかった。


「一応、大型魔物用解体用具は持ってきていますが・・・」


 職員達が視線で示した先には、人の身長よりも長い錐や刃物が乗せられたリヤカーが置かれていた。


「お借りできますか?」

「あぁ、はい。……どうぞ」


 職員の朱里を見る目が痛い。

 その目が語る。

 シラサイトは、少なくともリンドの街一帯には現れるはずのない魔物。たとえ、海辺で食べ、街で売られていても、実物を見ることはない魔物なのだと。


 これはまずったかもしれない、と朱里は思った。

 怪しまれている。出身とかどこから来たのかとか聞いてきそうな目を職員はしていた。

 面倒だ。

 だが、どうせ朱里の設定は流れの森の人である。

 肉は流通していたのだ。


 朱里は開き直った。


 椅子から立ち上がり、リヤカーに乗せられている用具を脳内知識と照らし合わせながら確認する。


 どうやらいけそうであった。


 一つ頷くと、リヤカーをシラサイトのそばに持って行こうと引き始めた。


 ……重い。


 引いているにも関わらず、なかなか車輪が動かないのを見かねたガインが、朱里に代わってリヤカーをシラサイトまで運んでくれた。


「手伝っていただけませんか?後でシラサイト料理ごちそうしますから」


 ガインの後ろに追っ付きながら見上げれば、ガインは返事代わりに朱里の頭を軽く叩いて、ニッと笑った。

 朱里もニッと笑い返して、難なく転がる車輪を見送った。


 見送って、朱里はこっそり自分の腕をまくり上げ、力こぶを作ってみた。前の世界と同じくあるかないかのものしか出来なかった。

 ため息が出た。


 シラサイトの周りには、群衆が出来上がっていた。


「姉ちゃん、俺らも手伝おうか?その、報酬は、あんたが作るってぇ料理で」


 その中の一人、否、複数、手伝いの申し出があった。

 彼らは、舟で同乗していた者、駅で行き会った者、駆けつけた者、様々ではあったが、一様に物珍しさに輝く顔をしていた。


 見ず知らずの者からの申し出に、朱里は戸惑った。

 手伝いは、ギルドの職員で事足りるだろうと思っていたからだ。


 肉はもちろん集まった人達にも振る舞う気だった。

 これは朱里の善意などではない。

 すぐに食べたい、だがしかし、ここまで大事になってしまっては自分達だけで食べるなど気まずい、食べにくい、心行くまで味わえない。

 あくまでもおいしいご飯を食べたい朱里の欲望から成るおいしい食事のための場のセッティングの一環だった。だが、


「そうして貰え。どう考えても二人じゃ手に余るぞ」


 ガインの言葉に、朱里は目を見開いた。


 ガインは二人でこれを捌く気だった。

 ギルドの職員達は、とそちらを見れば、彼らは先ほど用意された椅子に座り、いつの間にかテーブルまで出され、お茶をしていた。

 手伝おうという気配は一切無かった。


 (あれー?人手がいるって言ったよねー?貸してって、人手込みのつもりだったんだけどなぁ)


 せめて解体師手伝えよ、と思ったが、


「……まあ、手は多い方がいいですからね。お願いします」


 申し出があって良かったと思った。

 おかげで笑顔が崩れることはなかった。

 その顔のまま、


「では最初に、血抜きしときましょう。注意点は血に毒があって触れると痒くなる点です」


 見回せば、ガタイの良い冒険者や料理人、明らかな大食漢に囲まれていた。


「さっき言ってたこいつが吐く水と同じ、か?」


 その中にあって、ガインはえらく細身に見えた。

 隣に立つ男が腕を振れば吹っ飛びそうだ。だが、実際には男が腕を振ってもガインは吹き飛ばないし、逆にガインが腕を振れば男が吹き飛ぶのだろう。


「はい。それの原料が血なので、これも痒くなりますし、媚薬の原料にも使われます。だから、血は抜いたら別に取っておきます」


 リヤカーにバケツとでかい瓶、それに液体を入れるための漏斗があった。


「ギルドの買い取りリストにもありますよー。シラサイトの血液」


 念のため、血抜きに使っていいか聞くと、職員はそう言って、だからこれは血抜き用だと教えてくれた。どう見てもまっさら新品、使ったことはなさそうだ。


「じゃ遠慮なく」

 朱里は巨大な錐で逆鱗を貫き、体の下にバケツを置いて血抜きを始めた。しかし、


「……出ないねぇ……」


 いや、出てはいる。だが少なくて血抜きになっていない。


「血抜きってだいたい獲物を逆さまにするんじゃなかったか?」


 ガインの突っ込みに朱里は手を打った。


「あーでも、この巨体じゃなぁ・・・」


 シラサイトの尻尾は遙か彼方、とまでは言わないが、尻尾までの距離は一キロは目算ある。


「よし!諦めよう!水洗いしながら捌きましょう!それで血生臭さは多少減るでしょうし」


 幸い、リヤカーには放水道具も積まれていた。


「どなたか放水を担当していただけますか?」


 二、三手が上がったので、彼らに放水の仕方をギルド職員を呼んで指導して貰う。

 元は彼らの仕事だ。朱里はギルド職員を見学に回す気は鼻から無かった。


「じゃあ、さばきますかー」


 体に敷いていたバケツを外し、放水が開始されると、朱里は腕まくりした。アップ完了である。


「まず、目をえぐり取ります」


 横向きに寝ているシラサイトの上の目をえぐり取った。

 目だけで片手ほどの大きさがあった。


「次に、空いた目の跡に錐を刺して、」


 朱里は錐を持って駅の屋根に登りそこから錐を投擲した。

 見事錐はシラサイトの目に垂直に刺さり、周囲から感嘆の声と拍手が起こる。

 朱里はそれに照れながら屋根から降りると今度はシラサイトに登った。


「鰓の下の逆鱗、さっき付けた短剣の傷から、手で皮を引っ張って……ひ、っっぱっっってぇ……」


 うぎぎ、と鱗付きの皮を尻尾に向けて引っ張る朱里。

 だが、つるつる滑るシラサイトの上でまっすぐに立てない彼女は、そして、森の人としては力のない彼女では、じりじりとしか皮が剥けない。皮は分厚く破れることはないが、剥けない。


「引っ張ればいいんだな?」


 朱里の後ろから手が伸びる。向かいからももう二本。がっしりとした腕から伸びた手が皮を掴み、引く。


「「ぐぅぉおおおおおお!!!」」


 ガインと手伝いに参じた男二人掛かりで、シラサイトの皮はずるずると剥かれていった。


 ちなみに朱里はシラサイトから転がり落ちた。


 打った腰をさすりながら、自分じゃ無理だと納得した朱里は、力がありそうな人に頼んで頭の方に行って貰った。


「角を切って、頭の皮を剥いて、この刃を、刃、を……あ、結構重い」


 朱里は、鰓の下に長い一本の片刃刀をはめ込もうとした。が、刀の重さによろける。


「反対側にも持ち手があるじゃねぇーか。どう考えても二人で扱う奴だぞこれ」


 尻尾から戻ったガインが呆れて反対側を持ってくれる。


「ありがとうございます。半分まで頭を落とします」


 両引きの鋸のように半分頭を落とした。


「中骨に刃を沿わせてください」

「このまま、尻尾まで刃を卸します。どなたか、この身を持って引っ張ってていただけますか?」


 数人来た。

 ガインと朱里で刃を持ったまま、骨の上を滑らせるように尻尾まで駆け抜ける。


「これを、反対、側も、します。あ、反対する前に内蔵取らなきゃ」


 息絶え絶えに説明をする。

 ガインも息を切らしていた。


 内蔵はギルド職員が取った。

 すぐに魔法袋に入れられる。内蔵は腐りやすいからだ。


 朱里は心臓以外ギルドに売った。心臓は自分の魔法鞄に入れた。


「重てぇぞ!片側二人以上いた方がいい!」

「腕痛ぇのなんざ、久しぶりだぞ」


 ガインとともに皮を引っ張った男が声を上げて指示を出した。その横でガインは自分の腕を擦っている。


 錐を外してシラサイトはひっくり返された。


 シラサイトは川の中なので浮力があるとはいえ、長い。そして重い。ひっくり返すのに一番人手が要った。


 ひっくり返されたシラサイトを見て朱里は失敗を見つけた。というか、ギルドの職員が悲鳴を上げた。


「あー、目がつぶれてますねー」


 最初に取っておかなかった為、反対の目は錐に刺されて潰れていたのだ。


「なんという……!貴重な物なんですよ!?」


 朱里は潰れた目玉に手を伸ばした。


「んーまあ、素材としてはダメですが、煮て食べればおいしいですし、潰れてもつぶしは効きますよ。

 ギルドさんがいらないなら売らずに引き取ります」


 持ち上げた目玉は視神経を引き連れてずるりと外れた。


「……食べるんですか……」

「そりゃそうでしょう?」


 ギルド職員はうなだれた。


「調理の仕方を知らないのでお言葉に甘えさせていただきます」

「はいはい」


 目玉を鞄に入れ、朱里は錐を手に取った。

 笑顔だった。


 一連を見ていたガインは、


「わざとか」


ぼそっとつぶやいたが、それには朱里の肘鉄を持って返された。

 当然、ガインにダメージはなかった。その上、やれやれと言った呆れ顔のガインに子供の様に頭を撫でられると言う反撃を食らうことになった。朱里は精神にダメージを受けた。


 ひっくり返した側は、逆鱗に短剣の傷がない方なのでまずは逆鱗に傷を入れて皮膚を剥がした。

 一回やった後ので、皮むきは手伝いの男達が請け負ってくれた。

 その間、朱里はばてていたが、ガインは参加していた。


 身を骨から剥がす所は朱里とガインがやった。


 最初はガインなしでやるつもりだった。

 彼はずっと働きっぱなしだから。

 だが、他の人では中骨に刃を引っかけたり、刃をうまく滑らせられずに身をガタガタにしてしまった。

 片方を朱里が持ってもタイミングが合わず同じ結果に終わり、仕方なくガインを呼んだ。


 ギフト持ちの朱里はともかく、ガインは骨に引っかけなかった。朱里との息の合わせ方も良かった。骨に肉を多く残してもいない。


 すごいなぁと朱里は素直に感心していた。

 ガインがいなければ解体はもっと時間が掛かっていただろう、と。


 だが、繰り返すがガインはずっと働きっぱなしだ。朱里は一番においしい所をあげようと心に決めた。


 最後に背鰭や胸鰭、肋骨を剥がし、


「これで、三枚卸です」


 朱里はドヤ顔で職員を見た。

20.4.30 改稿

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