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人生最後の食事にまつわるエトセトラ

前回のあらすじ

召喚魔法が使われた。


※下品注意。

 トイレの中で朱里は思った。

 どうしてこうなった。


 米田朱里。職業、貧乏大学生。

 ベッドと教科書を入れるための本棚と食卓机にも勉強机にもなる炬燵を置いたらいっぱいいっぱいの1DKに住んでいる。

 貴重な休日には寝間着から着替えない。寝過ごし、起きてもだらだらとゲームをして過す。外出など以ての外。


 そんな花の女子大生の輝かしい姿など見る影もないが、間違いなく本人的には天国で休日を過ごすモラトリアム真っ最中のうら若き女性だ。


 そんな天国の住人であった朱里に、その日、試練の時が訪れた。


 今日の昼ご飯に作ったラーメン。


 やっていたゲームが狩ったモンスターの肉を焼くシーンに入り、思い出した自らの空腹。

 それに従って、ゲームの食テロに導かれるまま、家にあるもので一番おいしい物を求めて作ったラーメン。

 目指したのは、野菜たっぷりタンタン麺。

 おいしそうだろう?


 現実に目の前に置かれたのは、白い挽き肉と赤いキムチが浮き、椎茸とわかめとピーマンが山となったラーメン。

 まずそうだ。


 味付け前のただのお湯に直接投入した挽き肉は、下味もなく、茹でられて白くなった。

 おいしくない。


 ピーマンは苦い。

 椎茸は腐ってないはずなのに変な味だ。

 わかめは溶けそう。

 おいしくない。


 ラーメン汁には残り物のキムチに味噌と醤油を足して入れた。味が濃くなったから汁を半分捨てた。その分水を足したら旨味が無くなった。

 おいしくない。


 麺は冷蔵庫にあった賞味期限切れのたれ付きの生麺を麺だけ出して投入した。茹でた後洗わなかったせいか、どろりとしている。

 おいしくない。


 小麦の粉っぽい味がした。

 別茹でして水で洗うのには意味があったのだ。

 今更遅い。

 

 総合的にまずい。


 朱里は反省した。

 したところでラーメンはなくならない。

 残して捨てるわけにもいかない。


 これを捨てたら、空腹に攻められてまた空腹のまま何かを作らないといけない。


 次に作るものがおいしくなるとは限らない。

 それ以前にもう麺がない。

 他の料理を作るにしても材料が足りない。いや無い。


 冷蔵庫には調味料と食べかけのたくあん、梅干ししか残っていなかった。

 他にある食材は米くらい。


 ただの白ご飯にたくあん、梅干しがおかずの食事に飽きて、最後の希望を賭けてラーメンにしたのだ。米、たくあん、梅干しでおいしくチャーハン(v)とかやれるほど、朱里は自分に料理の才能が無いことを知っているからラーメンにしたのだ。


 つまりは朱里の料理スキルで料理の材料と言える食材はもはやない。


 生活費であるバイト代が入金されるまであと四日。

 今現在の所持金は四十円。


 新たに食材を買うお金は無い。


 そんな貧しい現状でこのおいしくないラーメンを捨てるという選択肢はあり得なかった。


 朱里はため息をついた。

 額に掌を当て、机に肘を突き、うなだれた。

 後悔した。


 せめて麺の別茹でくらいすればよかったのだと。


 後悔は後からするから後で悔やむと書くのだ。

 今更したところで不味いラーメンはなくならず、作り直したラーメンも出てこない。

 次回に生かせばいいと前向きになってみても、忘れた頃に繰り返すだろう事が容易に予測できる。

 実際、繰り返したのがこのラーメンであることを今、思い出した。

 前回も二度とやるかと思ったのだ。

 実際はこの様だが。


「おいしいもの食べたいなぁ」


 ぼやいても不味いラーメンは減らないので、朱里はようよう箸を取り直した。


 ポーズにしたままのTV画面が目に入る。

 主人公が焼けたモンスター肉を掲げていた。

 おいしそうだった。

 実際はともかく。


 朱里はゲームの世界に行けたら、獲得するスキルは調理関連のスキルにしようと決意した。




 そのわずか数時間後、平和で安穏と悲哀に満ちた休日を満喫していた朱里にさらなる試練が襲いかかるとは、この時、朱里本人には予想出来なかった。




 朱里はトイレの住人になった。


 そこに本人の希望はない。


 そりゃそうだろう。

 希望してトイレの住人になるなどどこの学校幽霊だ。変態だ。

 だいたい学校の幽霊だって怪談を詳しく聞いてみればなりたくてなったわけではない。

 やはり変態でしかない。


 変態ではない朱里がトイレの住人になったのは、当然ながら腹に痛みを覚えたからだ。


 嘔吐と下痢の繰り返しが止まらない。

 腹の痛みと気持ち悪さとゲイでもないのに痛むあらぬ場所にトイレで座ったまま悶える。


 気を紛らわすために、朱里は原因究明に乗り出した。

 頭の中で。


「ってさっきの昼飯以外にないやん!」


 すぐに朱里は自分につっこんだ。

 思考終了。

 それは不味い。気が紛れない。

 どれが悪かったのか食材で考えてみる。


 椎茸か。

 椎茸は確か火の通りが甘いと腹を壊すと聞いた。

 最後に思い出して入れたが、茹で時間が短かったのか。火が通りやすいよう出来る限り薄く切ったのに。


 挽き肉か。

 確か豚だった。

 豚も火が完全に通るまで食べちゃだめと言われる食材だ。


 他になにがあっただろう。


 わかめは確かに古いがあれは乾物だ。消費期限などあってないようなものだと朱里は思っている。

 ピーマンは昨日もらったものだ。収穫後何日かわからないが痛んではいなかった。多分。

 麺は賞味期限切れのものだが、冷蔵庫に入れていたし、前にあれより古いの食べたけど平気だった。

 キムチも古いがあれは保存食のはずだ。根拠のない自信で大丈夫だと判断した。


 割とまともではなかった食材をつらつら上げて考えていたが、朱里はだんだん視界がにじんでいくのに気がついた。


 眠りに入っているわけでもないのに、視界が白くぼやけていく。

 視力は悪くないのに。


(あぁそういえば喉が渇いた)


 そう思い、少し出た唾を飲み込んだところで、朱里は気づいた。

 気づいてしまった。

 自分の重大なる過ちに。


 暢気に食中毒の原因究明などしている場合ではなかった。


 朱里は今、嘔吐下痢を繰り返している。

 季節は真夏ではないが、TVのアナウンサーが連日、最高気温の高さを注意している初夏。

 クーラーのないアパートの、一部窓は空いているが、風の通らない部屋は正直、暑い。

 ちょっとアイスが食べたいくらい暑い。

 夏本番ではないが、汗が出る程度に暑い。


 そんな体調と環境、そこから導き出される結末は、脱水。


 朱里はトイレに籠もって気を紛らわすために原因究明をする前に、水分補給をする必要があったのだ。


 それに今更気づいたところでなんとしよう。

 もはや体は動かない。

 視界も効かない。

 意識朦朧。


(ここで死ぬのかなぁ。トイレは嫌だなぁ。お尻もまだ拭いてないし、ズボンおろしたままだし)


 朱里は後悔した。

 今日何度もした後悔をもう一度した。

 だって多分これが最後の後悔だ。


(せめてスマホを今、持っていたらなぁ。友達少ない大学生の一人暮らしって、倒れたら、人に知られるまで何日かかるんだろう。腐ってそうで嫌だなあ。否、それよりもなによりも)


 朱里はだんだん暗く狭くなる視界に自分が目を閉じようとしていることを知った。


(どうせ死ぬなら美味しい物を食べて死にたかったなぁ)


 死への抵抗、否、食への欲求。


 自分の体が傾いだのを感じ取ることは出来たが、痛みは感じなかった。そこまで意識は持たなかった。


 暗転。


 ああ朱里よ、まずい食事で死んでしまうとはなさけない。


17.8.1 1話と2話入れ替え。

20.4.25 改稿

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