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愛情深い森の人

前回のあらすじ

ギルド職員は善人ばかりではない。

人の話は聞きましょう。

「それで良いか、朱里」


 突然、シャンボークに話を振られて、自分の名前に反応しただけの返事は、


「へぃっ?ああ、はい?」


 だった訳で、


「じゃあ頼む」


 朱里は何がなんだか分かっていないまま、シャンボークがガインに何かを頼むのを、メニュー表から顔を上げてただ見ているだけだった。


「分かった。

 それじゃあ、俺は里へ帰るぜ。

 朱里は俺に同行させる。で、俺が鍛えてやる。

 お前等は勇者を追う。

 まあ、お前等もこの先山越えをするなら足手まといの面倒はシーキュイ一人で精一杯だろうからな。朱里の面倒はこれ以上見られないだろう。

 ここでお別れだ。

 そういうことでいいな?」


 ガインは気づいていた。朱里が聞いてないことに。

 だから、朱里に必要な要点のみを挙げて、主に朱里に確認してくれた。


「足手まといで悪かったわね!あなたやっぱり失礼だわ!」


 朱里は一から説明してくれたガインに頭を下げた。

 シーキュイのように足手まといに一括されても怒りなんて湧かない。失礼どころか彼は親切だと思った。

 しかし、


「私も森に行くんですか?」


 別にガインと同行することが嫌な訳ではない。

 彼は朱里を鍛える、と言った。

 戦闘手段が未熟な朱里のために、ここで別れなければならなくなったシャンボークが、戦闘狂で体術がめちゃくちゃ強いガインに、今後の朱里の修行を頼んだのだと容易に想像はつく。

 問題は、


「一度、俺は帰らなきゃならねぇからな。さすがに長く家を空けすぎた。どうした?別に嫌なら来なくてもいいが……」


 最後、口を濁したのは、それまでに鍛えるのは難しいという意味だ。

 長く空けすぎた家に帰るとなればすぐにでも。最短距離、最短時間で、だ。

 シャンボーク達のように道草は食えない。ゴキリウス討伐につきあう必要もない。

 明日にも村を出られるなら出、早々に森に帰る。


 つまりガインは森で鍛えるつもりなのだ。


「いえ、森に行くのはいいんです。ゴキリウスとかゴキリウスとかゴキリウスとかに会わなければ」


 他にもトラウマになる生き物はいるかもしれないが、まだ見ぬ生き物より今のトラウマである。


「お前等なにしたんだ?」


 ゴキリウスに震える女二人を見てガインはシャンボーク達を見た。

 男共は全員目を逸らした。


「ただ、姉から、森の人は愛情深いから注意しろと言われてまして……」


 過ぎるのはサイが説明した森の人の話の危険ワード、監禁、である。


「確かにそう言われているな。

 その上、俺は男で独身。

 だが、異種族なら関係ないだろう?」


 ガインはフードを被っていた朱里を草の人だと思っていたようだ。

 まあ、耳は見えないし、シャンボーク達はハンジュ以外草原の人だし、先ほど会話の中でリンドの街に居た事を話していたので、誤解も無理はない。


「朱里は森の人よ」


 このまま誤解させておこうかと朱里は思ったのだが、シーキュイがあっさりバラした。

 途端、ガインの目の色が変わった。


「へぇ?」


 朱里は肉食獣にロックオンされた怖気を感じ取った。


「安心しろよ。()()大丈夫だから」


 これほど安心できない言葉があったとは。


 にっこり笑うガインに朱里は今からでも断るかと口を開こうとした。だが、


「俺が教えてやる。他の奴に任せたりしない。()()まで面倒見てやるよ」


 ガインは朱里の両手を自分の両手で包み込み、しっかりと握った。

 その力は痛いほどで、絶対に逃がさないという強い意志が感じられた。


 ハンジュとテイジョウの心配げな目線が痛い。


「……オネガイ、シマス……」


 朱里にはこれしか言えなかった。


 本当に森の人は愛情深い生き物だった。

 じんじんと痺れはじめた手に、朱里はこの短い時間で森の人の習性を物理的にも身に刻み込んだ。


 愛情って怖い。


「急にやる気になったな」

「さっきまでダルそーにしてたのにねぇ?」


 朱里達の空気が全く読めないのか、シャンボークとシーキュイは不思議そうに首を傾げた。


「お前等、こいつの姉や兄を過保護だ過保護だ言ってたみたいだが、まあ俺も草原の人間にしちゃあと思っていたが、森の人間ならおかしくないんだぜ?」

「そうなの?」


 これにはシーキュイだけでなく、恋人の愛情の話しか知らなかった朱里も意外に思った。しかし森の人の常識なら朱里が知らないのはおかしいので、顔は変えずに耳を傾けた。


 ちなみに手は握られたままだ。

 痛い。


「森の人は愛情深いってさっきから言っているだろ?

 有名なのは番に対する愛情だが、身内に対してはもちろん、同種というそれだけで態度が甘くなる」

「森の人にだって悪人もいるでしょうに、あぶなくない?」

「もちろん、森の人にも悪人ぐらい居るさ。いない方がおかしい。

 だが、他種族には悪人でも同種族には甘くなる。だから、同種間の犯罪は独占欲が行き過ぎた結果によるものくらいしかない」

「それしかないのが逆に怖いな」


 シャンボークの言葉はその場にいたガイン以外の全員の総意だった。


 朱里は逃がさないとばかりに力が籠もり、緩まないガインの手の力に小さく呻いた。

 聞こえなかったのか力は変わらない。

 痛い。


 話は続く。


「子供や下の兄弟なんて保護すべき者としか思わないからな。兄弟喧嘩もほとんどない。あったとしても、子供や下の兄弟が自立したくて起こす反抗期がほとんどだ」

「どんだけよ」

「ってことは朱里の場合は、」


 ハンジュが朱里を振り返る。

 ガインを含め、全員が朱里を見た。


 突然、注目を集めた朱里は目を泳がせた。

 どうして良いか分からない。手も痛い。


「姉貴が旅を見送って、兄貴が旅に同行してたんだろ?

 なら、姉貴に番が出来たから、嫉妬煽らないために二人が旅にでて、兄貴に番が出来たから、こいつが一人旅になったんじゃないか?」

「身内にも嫉妬するの?」

「番の事になると心が狭くなるからな。男も女も。

 周りも心得てるから番には手を出さない。

 番が出来るまでは身内をこれでもかと過保護に囲い込むんだがな。

 まあ、普通は、番が出来ても同じ森で家を分ける程度だが。つーか森から出したりはしないが。

 よほど相手の嫉妬がひどかったか、森に人が居なかったか、血が濃くなったか。

 とにかく、旅に出た森の人間は同族との出会いに飢えることになるのは確かだな。

 何せ、森から身内を出したがらない種族だから」

「じゃあ、今のガインにとって朱里は……」

「番じゃなくても、猫にタタービならぬ小魚。砂漠の水とまで行かなくても、水を含んだサボサボ」


 ちなみにタタービはマタタビと同じ作用を持つ猫お気に入りの木の根で、サボサボは砂漠を行き交うサボテンのように飲める水分を持った簡単に捕獲可能な魔物だ。


「まあ、だから兄君は知識と森の人間への警戒を朱里に植え付けたんだろう。

 番でなくても、愛情を持て余した森の独身男に浚われたら監禁されることがあるからな。

 そうなれば、男に番が出来るまで放してはもらえなくなる。下手すりゃ婚期を逃すな。とはいえ、そこまでいったら、よっぽど気が合わない場合を除いて、そいつをそのまま番にしちまうが」

「森の人怖ぇな」


 朱里は森の人の愛情がそこまでとは知らなかった。

 兄姉設定も知識や行動を不審に思われないための設定で、穴だらけ。

 なのに、森の人の性質が穴だらけの設定を補完し、自然な森の人一家の設定を作り上げてしまった。


 どうしようか悩んだ。だが、


「なんか間違いあるか?」

「いえ、ありません。すごく言い当てられるので驚いてました」


 朱里にこれ以上の設定を完璧に盛ることは無理だったので乗っかった。

 何より手が痛い。怖い。

 早く話を終わらせたかった。


「そして改めて不安になりました。このままついて行って本当にいいものか」

「それね」


 シーキュイは賛同してくれたが、ガインは賛同してくれなかった。

 拒否を告げるように更に手の力が強くなる。


 骨が折れそう。痛い。怖い。


「俺、一人っ子なんだよな。ついでに両親がめっちゃ仲良かったから独り立ちも早くてなー?」

「兄弟っていいよなー。姪っ子とか甥っ子とかでもいい」

「うちの村、年下少なかった上に年下は大概兄姉持ちでなー。触らせても貰えなかったんだ」

「もうすぐ二十歳なら俺の方が年上だな!」

「弟妹に武術指導すんの、夢だったんだよなー」

「他に当てないんだろ?弱いままじゃすぐ死んじまうぞ?」


 だんだん強くなる握力に、だんだん朱里の顔色が悪くなる。

 なんか手がミシミシ音を立てていた。

 痛い。本当に痛い。


「一緒に旅、しようぜ?いろいろ教えてやるから、な?」


 手の握力の強さを感じさせない爽やかな笑顔のガインに、朱里は頷くことしかできなかった。


「ちょっと!いいの!?ちゃんと考えなさいよ!?」


 シーキュイの言葉に涙が出た。が、


「……逃げられると思えないなら、懐入った方が楽かなって……」


 朱里は不安を押し殺して思い込む事にした。

 ガインは弟妹を欲していたところに年下の子分が出来て喜んでいるガキ大将だと。番として朱里を欲しているわけではない。だから、大丈夫だと。


 希望を添えて。


「朱里、悪かった」


 シャンボークが頭を下げた。


「何かあったら連絡して」


 テイジョウに片方を持つ相手と一回だけ連絡が取れる魔法玉を渡される。


「すぐ、駆けつけるからな」


 ハンジュに頭を撫でられた。


「おいこら。森の人は愛情深いんだぞ。俺が朱里をいじめてるみたいじゃないか」


 ガインは不服そうに唇を尖らせ、ようやく放した片手でテーブルを叩いた。

 が、


「今の話の中に愛情深さで安心できる要素なんてなかっただろ」


 ハンジュに睨まれた。


「安心できる要素しかなかったろ?()()()()()()()()って言ってんだから」


 銀ランクの睨みも何のその。

 心底不思議そうな顔をするガインに、全員が種族の壁の厚みを感じたのだった。

 もちろん外見森の人中身草の人寄りの朱里もその一人だった。




 その日の夕食は肉の煮込み料理だった。


 ようやく訪れた恐怖からの解放は、朱里に疲労と空腹を与えた。

 いい匂いにおなかがきゅうと絞られる。

 もう食べることに集中して何も考えたくはなかった。


「何肉ですかね?」


 朱里はこの世界にはまともでない食材があるという事を知ったので最初に尋ねた。


「ガルガイアの良いのが入ったからね。それをトーメで煮てみたのさ」


 マンマミーアを納得がいく量手に入れることが出来たのだろう。直接給仕をしてくれたメアリーが機嫌よく教えてくれた。


 ガルガイアはこの辺の畜産で一般的な牛型の生き物である。

 茶色く毛深く牛並にでかい。

 トーメは野菜の名前だ。

 味はトマトだが、姿は星形というかわいい野菜である。

 残念ながら、煮込まれた今その形は消え失せているが。


 リンドで食べた肉よりも軟らかいのは、ナイフを入れた瞬間に分かった。

 一体何時間煮込んだのだろう。

 少なくとも朱里達がこの宿に訪れたときにはすでに煮込まれていたに違いない。

 口に入れて噛めば、柔らかく肉がつぶれてちぎれた。

 日本の和牛のように口に入れた瞬間とろけるなんて事はない。だが、簡単にかみちぎれるそれは、歯ごたえという楽しみがあり、朱里は頬が落ちないように顔に手をやった。


「おいしー!」


 言える言葉はそれ一択だった。

 パンも柔らかかった。

 日本で一般的なフランスパンぐらい柔らかかった。

 顎が痛くならない食事に朱里は舞い上がった。


「おいしー!」


 出た言葉はそれだけだったけれど、朱里にとって最高の賛辞だった。


「アンタさっきからそれしか言ってないわよ」


 シーキュイには呆れられたが、


「だってリンドのご飯がひどかったから!

 草原の人はあんな固くて味の薄いご飯を食べているのかと思ってたから!

 おいしー」


 言っておくが朱里に悪気はない。

 ひたすら正直な感想である。

 草原の人の料理を貶める意図など一切無い。

 だが、聞く人が聞けばそう聞こえることも否定しない。


 現に、


「おいアンタ、どうやら他種族らしいが、どれほど旨い飯を食って暮らしてきたのか知らんが、リンドの飯はまずくねぇだろぉが!ここの飯は確かに旨いが、リンドの料理貶してんじゃねぇぞ!」


 絡まれた。

 酔っぱらいに。


 この場合、言い返せば喧嘩になる。

 言い返さなくても不快な思いはするが、食事処で暴れたくない朱里は黙った。

 とはいえ、朱里には喧嘩が出来るほどの戦闘力もないのだが。


「何とか言えやぁ!前言撤回しろぃ!」


 繰り返すが酔っぱらい。

 顔が赤くて声がでかくて息が酒臭い。


 朱里は思わず顔をしかめてしまった。

 それは悪手だと知っていたが、言動は流せても悪臭は流せなかった。


「すかしてんじゃんねぇ!」


 相手は逆上した。

 ハンジュとシャンボークが立ち上がった。


 だがそれより早く、


「うるせぇよ」


 ガインが男に水を被せた。


「個人の嗜好にケチ付けてんじゃねぇ。

 朱里もああいう手合いはさっさと「ごめんなさい」って言っときゃ収まんだから無視するな」

「相手すると却って刺激しそうでしたので。すみません。助かりました」

「だから謝るのはそっちだ」


 ガインは男を指さした。


 突然水をかぶった男は呆然としていたが、はっとしてガインの方にその赤ら顔を向ける。


「てめぇ……!」


 だが、言葉は続かなかった。


「すみませんでした。リンドを貶す意図はなかったんです。不快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません」


 朱里は椅子に掛けていた鞄から小さいハンドタオル位の布を出した。


「良かったらどうぞ」


 男は差し出されたそれを受け取った。

 居心地悪そうに濡れた顔を拭いていく。


「ちっ。次は気をつけろ!リンドは飯のまずい街じゃねぇ」

「はい。すみません」


 投げ返されたタオルを受け取り、朱里は頭を下げた。

 男が離れて元の席に着くとようやく頭を上げて自分の席に座る。


「でも、味が薄くて肉が固いんですよねぇ」


 今度は男に聞こえない声量で呟いた。


「お前……」


 ガインを中心に呆れたと言わんばかりの声と目線が朱里に集まった。


「水を差してしまいました。ごめんなさい」


 朱里はテーブルを見渡して再び頭を下げると、再び食事に戻った。

 すぐに口に入った肉の柔らかさに顔が緩む。

 朱里は今、今後の不安も考えなければならない問題も全て頭から消え去って、只々、口の中の幸せに浸っていた。


 色々あったが、終わり良ければ総て良しな一日だった。


20.4.29 改稿

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