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卵の買取

前回のあらすじ

パンケーキ美味しい。

後の事を考えて行動しましょう。

「で、収穫したゴキリウスの卵とや等はどちらに?

 どなたが魔法袋を持っていらっしゃるので?」


 ようやくお説教が終わり、卵の買取の話に移ることが出来た。

 卵が美味しくて抵抗感は減ったが、それでも早々に手放したいと思っていた朱里は、職員の言葉に立ち上がって手を挙げる。


「はいはい!私です!受け取ってください!」


 職員は懐からだいぶ汚れてくたびれた麻袋を取り出した。広げるとそれは人一人入りそうな程の大きさとなった。


「ではこちらに。卵ならば八十は入ります」


 職員は言いながら、そんなにはないだろうと見下した様な顔をした。

 それに気づいてしまった朱里は、しかし、そこまで魔法袋の性能が自慢できる物なのだろうと、沸き上がってきた熱い不快感を飲み下した。


 だが、不快感を飲み込んでいたのは職員も同じであった。


 常識で言えば、魔法袋よりも魔法鞄は容量が小さい。

 もちろん使われた糸や魔法のランクにもよるが。

 だから、魔法鞄に入れてきたと言ったならば当然、普通の大きさの魔法袋で対応可能だ。


 だが、ギルドにもたらされた伝言には大容量の、と指定がなされていた。


 職員達は不愉快になった。


 ただでさえ、容量の大きな魔法袋の所持はギルドの自慢である。

 それなのに、魔法鞄に入る量が入らないと判断されたのだ。

 しかも中身は卵だという。ゴキリウスの。

 確かに大きいが、普通の魔法袋であっても三十は入る。

 鞄の容量ならば十そこそこが限度だろうに。


 そう、実際にギルドの職員達は、どれほどの見栄張りなのだかと嘲笑した。


 しかし指定は指定なので。しかも銀ランク様の指定なので。ギルド・アルス村支所にある中で最大の物を用意したのだ。




 双方が不快感を飲み込みながらも、職員は袋の口を広げ、朱里は広がった口の上で鞄を逆さにして振った。




 どさささざーーーーー




 四十五個もの茶色の固まりが袋に入っていく。


「「は」」


 職員と見ていたガインの目が点になった。


 朱里は熱心に鞄を振った。

 卵が出なくなってからも数回振り、パネルを呼び出して内容量を確認してゴキリウスに関わる一切の物がないことを確認した。


「やった。これで私の鞄からゴキがいなくなった!」


 喜びのあまり万歳三唱までする朱里。

 職員は正気に戻った途端、パニックを起こした。


「いやいやいやいや!ちょっとその鞄!何ですかそれ!どんだけ入る鞄ですかそれ!」

「すげー。魔法鞄ってこんなに入るのかー」

「いやいやいや!入りませんって!普通、卵なら十個程度がせいぜいですって!」


 ガインは普通の魔法鞄の容量がどの程度のものか知らなかったようだ。

 まあ、手に入らない物の知識など、早々頭の中に入れてはいないだろう。

 だが、すぐさま入った職員の突っ込みに目を見張る。


「……何個だ?」


 職員は魔法袋のパネルを呼び出して確認した。


「……よんじゅう…ご……?」


 半分を超えて埋まってしまったギルド最大容量の魔法袋を握る職員の固そうな黒い毛に覆われた太い指が力の籠もりすぎで震えていた。

 ガインは呆れたように口を開けたまま、朱里を、朱里が持つ魔法鞄を振り返って凝視した。


 そんな二人の反応に朱里の顔からは血の気が引いた。


 朱里は気を抜きすぎていたのだ。

 自分が持つ管理者特製の魔法鞄の異様性を忘れていた。

 あっと思った時には手遅れであった。後からしたので後悔である。


「姉がくれた鞄なんで、私は一切何も知りません」


 あげませんよー?とギルド職員とガインの注目に、朱里は小首を傾げてにっこりと。自分が可愛らしいと思う顔で笑って見せた。

 口の端がひきつりうまく笑顔になってくれなかったが、力を込めて、笑う。誤魔化す。押し通す。


「一財産築けますよ!!!そちらもギルドに転売しませんか!?」


 だがしかし、誤魔化されてくれなかった職員はゴキリウスの卵よりも鞄に食いついてきた。


 当然だ。


 床に全員が重そうな背嚢を置いている。

 その中で小さな鞄一つしか見た目の荷物がない朱里の鞄に、ゴキリウスの卵だけしか入っていない訳がない。

 旅に必要な物も入っているであろうその容量を想像するに、明らかに国宝級物だった。

 その価値たるや、高級食材といわれるゴキリウスの卵が百あったとしても敵うべくもないだろう。

 手に入れたら、ギルドにといいつつ、隠して己の物として裏で売却すれば、更に高値がつく。

 そんなことをすればギルドには居られないが、いる必要もないくらいの有り余る金が得られるから関係ない。


 以上、後に部下の失態に頭を地面につけたギルド長に教えてもらった鞄の世間的価値の話である。




 閑話休題。




 そこまで具体的には知らないなりに、高価な物だということを知っていたはずなのに、朱里と同じく忘れていた、そして大量の卵が入れられて便利ーくらいにしか考えてなかったある意味無欲なシャンボーク達は、職員の言動にうわ~と顔をしかめた。

 だが、止める手だてが物理しかない。

 それはさすがに今後のギルドとのお付き合いを考えてもまずいので、手を出しあぐねていた。


 朱里もまた、しつこく唾を飛ばし、身を寄せ、いかに今自分に売却する事がお得であるか、売却を強請って、朱里を説得しようと話続けるギルド職員に引いていた。

 更には面倒になっていた。

 しかしこれまた撃退方法が物理しか思いつかない。

 思いつかないが、今のところ攻撃という意味で手を出してきていないこのギルド職員を殴って、正当防衛で衛兵に立件されずに見逃して貰えるのか。朱里の中にあったこの国の曖昧な法律知識を持ってしても、なんかやばそうだな、位しか分からないため、どうしようかと身を引きながら考えていた。


 もちろん売却ではなく、もう物理で行こうかという方向で。


 異世界人ではあるが、朱里自身、喧嘩など荒れた経験はないものの、体力自慢の森の人。当たれば何とかなるだろうと考えた。

 死なないかなと躊躇しつつも手を握ったり開いたり。やろうかどうしようかためらったりを繰り返した。

 

 口で「売りません」と答えつつ。


 だがその時、


「見苦しいぜ?売らねぇって言ってるだろ?

 あんまりしつこいとギルド長に報告するぞ?私物を職員に強請られたってな。

 なぁーにここには銀も青もいる。面会も希望すりゃ速攻だろうぜ?」


 ガインが朱里の肩を掴んでかぶり付いていた職員を引っ剥がし、その間に入った。

 丁度、職員の壁になるように。


「アンタの仕事は、ゴキリウスについての報告をギルドへ持って帰る事と、卵を買い取っていく事。だろ?なら、余計なことしてんじゃねーよ」


 ガインの顔は朱里からは見えない。

 だが、対峙する職員の血の気が一気に下がっていった顔はよく見えた。


 どんな顔をしていたのか。

 店に来た時は、恐ろしくもあった職員の厳つい顔が恐怖にひきつり、耳は垂れ、尻尾が内股に入り込んでいる。


「ん?」


 ガインが首を傾げると職員はガクガクと頷いた。

 同時に魔法袋を抱えて文字道理尻尾を巻いて逃げた。挨拶さえもしていたのかどうか。

 少なくとも朱里には聞き取れなかった。


「助かりました。ありがとうございます」


 お礼を言うために、朱里がガインの正面に回り込んで見上げた時、ガインはすでに照れくさそうな顔をしているだけだった。


「気を付けろよ。お前等もだ!職員だって善人ばっかじゃねーんだから!」


 ガインの振り向いた先、助けようとしてくれていたのだろう、腰を上げた格好で固まっていたシャンボーク達は、


「あ!あいつ支払いしてねぇぞ!」


 シャンボークの言葉に全員「あっ」と声を上げた。


 結局、ガイン以外、せっかく呼びつけた職員を追いかけてギルドへ向かう羽目になった。

 職員の逃げ足の早さとシーキュイとテイジョウの足が意外に遅く、朱里達のスピードにブレーキがかかった結果、一行は職員に追いつく前にギルドに着いてしまったのだ。


 ギルドの受付で事情を話し、出てくることになったギルド長に頭を下げられ、ようやく朱里達は五等分に分けられた報酬をそれぞれ受け取ったのだった。


 鞄を強請った職員は減棒に処されるらしい。


 そうこうしていると草原を偵察していた衛兵達が報告のために一部戻ってきたのがギルドにもやって来た。

 ギルドはその対応策に慌ただしくなった。

 用事の済んだ朱里達はギルドを後にした。


 翌日には草原のゴキリウス駆除の依頼がギルドに張り出されることだろう。予想通り出没していたらしいので。


 朱里達は、というかシャンボークとハンジュとテイジョウは、この依頼を強制的に無償で引き受けることになる。

 ランクの関係で朱里とシーキュイは免除されたが、その分、シャンボーク達が依頼したという形になったために発生したギルドへの依頼料を、男三人の分も分割負担して多めに支払うことになった。

 いわゆる罰金であったが、ゴキリウス討伐に行かなくていいならとシーキュイと共に喜んで支払った。

 幸いなことにゴキリウスの卵の報酬が結構良い値段だったので余裕で払える額だった。




「勇者は今、サーラ国へ向かっている」


 朱里の脳内知識には地図は入っていない。

 地図は高級で一般的ではないからだ。軍などの機密情報でもある。だから旅の前に買った地図にも大ざっぱにしか描かれていなかった。


 だが、サーラ国の知識はあった。

 ご飯のおいしい国である、と。




 ギルドから宿へ戻れば、夕餉には少し早いけれど、早々に宿に入った泊まり客が荷物を置いて食堂に集まりつつある頃になっていた。


 だんだんとにぎやかになる食堂で一人、自分は関係ないからと宿を出る前と同じテーブルに座り、荷物番を請け負ってくれていたガインの元に朱里達は戻った。


 ガインがまず口を開いたのは、シャンボーク達がここで合流するはずだった勇者の動向だった。


 正直、朱里は無関係の話で興味もなかった。


 だが、シャンボークたちにとっては仲間の話で必要な情報である。

 全員、椅子に座って真面目にガインの言葉に耳を傾けた。


「砂の国サーラ。確か医療と占術の国で砂の人を管理している中心地だったな」


 ハンジュが難しい顔をしている。

 朱里には理由がわからなかったが、他人種の国だし何かあるのかもしれないとその様子を眺めていた。

 もっともハンジュや朱里にとってはここも他人種の国ではあるのだが。


「リュウの故郷だね」


 初めて出たであろう名を挙げたテイジョウの言葉をシャンボークは頷いて肯定した。


 勇者の名前だろうか?朱里は思うだけで口にしなかった。自分は蚊帳の外だと分かっていたので。


 シャンボークの隣でシーキュイが顔を強張らせていた。

 億劫そうに言葉が落ちる。


「一度会ったことがあるわよね。私、あの人、嫌いよ」

「そうだな。会ったことあるな。あれにも事情があるんだからそう毛嫌いしてやるな」


 シャンボークはシーキュイの頭をグシャグシャにした。

 シーキュイはすぐに何時もの様に「やめて!髪がぐしゃぐしゃ!」と怒っていたが、顔の赤みは怒りからでは絶対ない。


「なぜ俺たちを待たずに二人で行ったんだ?」


 ハンジュの問いにガインはため息と共に答えた。


「あの姫さんの事情って奴のせいだ」


 ハンジュは二人、と言った。

 最初に彼は、勇者を勇者と呼んでいたから、新たに出た人は勇者ではなくて、姫さんが新たに出た人で……。


 一応、話を追っていた朱里だったが、面倒になって、頭の中で追って構築していた関係図を放り出した。

 覚えていられる気もしなかったので。


 ガインは不服そうに唇を尖らせている。

 ハンジュは難しい顔続行中。

 それにテイジョウが加わった。

 シャンボークはシーキュイを宥めているので加わっていない。当然だがシーキュイも。

 こちらは別の意味で唇を突き出して不機嫌だ。


 不機嫌な人が多いなぁと、朱里は観察を続けた。


「それがなきゃ、お前等が来て合流するまで、俺は奴とやりあっていられたんだ」


 ガインは拗ねていた。

 そういえば、森の人。

 戦闘狂だった。きっとやり合う=殺りあうだろう。


 ガインが勇者が砂の国に行くことになった経緯を詳しく語り始めた。


 朱里はガインの話を聞き流し、トリガ茶を口に含み、足を揺らす。

 ここの椅子は、朱里の座高よりも高くて足が着かないのだ。

 決して、朱里が胴長短足という訳ではない。この世界に背が高い人が多いせいだ。

 朱里は、そっとテーブルの下に視線を向け、西欧人より胴長短足だと言われている日本人体型の足を、机の下に並ぶ他の足に当てないようにピンと伸ばして、足の長さを目視で確認した。


(うん、短くない)


 納得した足は再び力が抜け、ゆらりゆらりと交互に揺れ出す。


 正直、暇だった。

 もはやガインの話は聞いていない。

 関係のない話だから。聞かなくてもいいと朱里は判断した。

 そうすると何もすることがなく、暇である。

 部屋に帰ってもいいのだが、宿に来た時シャンボークが朱里の同席をガインに求めていたことが気になって席を立てない。


 しかし、暇である。


 先に夕食にしようにも、人が増えたとはいえ夕食にはまだ少し早い。

 何よりさっきパンケーキを食べたからまだお腹が鳴らない。むしろ一杯である。


 それなのに、朱里はメニュー表に手を伸ばしていた。

 だって暇だったから。


 朱里にメニュー表は読めない。

 眺めるだけだが、模様のような文字は眺めていると絵のようでおもしろかった。

 周りを飾る本当の絵の縁取りの中に、いろんな料理が紛れ込んでいると気づいてからはそれを見つけてどんな料理か想像するのが楽しかった。

 良い暇つぶしが出来たと朱里の顔が知らず緩んでいた。


 つまり朱里は完全に周りの音すら耳に入れていなかった。


20.4.28 改稿

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