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マンマミーア!

前回のあらすじ

宿屋で一休み。

主人公は成人前ですが、幼女ではありません。

 目の前にあるのは、パンケーキだ。


 前の世界でも見慣れた、茶色くて丸い二枚重ねのパンケーキ。

 そのパンケーキを囲うように飴細工で巣が作られ真ん中に小鳥が二羽乗っている。

 この小鳥は砂糖と小麦粉で出来ていて食べられるそうだ。


 おいしそうである。


 見た目が可愛いのは勿論だが、焼け具合が完璧。前の世界のホットケーキのパッケージ写真そのまま。

 これは期待が高まる。


 そしていざ実食。


「ふぁ~おいしい~」


 シーキュイはとろけた。


「うん。これはなかなか」

「おいしい」

「見た目は女向けでアレだが、うまいじゃないか」

「だろー?」


 男達の評価も高い。


 だがしかし。共感できない人間もいる。


 特に、この世界にくる前に、地球のそれも日本というその世界でも食文化上位にあった国に生まれ、その世界で多種多様なお菓子を食べた記憶のある人間とか。


 つまり、朱里にとっては甘さが足りなかった。


 朱里はそっと魔法鞄から前の町で買った樹液のシロップを取り出した。

 いうなればメープルシロップを。


 こっそり掛けた。つもりだった。


「あ、朱里が一人だけ何かおいしくなる事してる」


 テイジョウの目は欺けなかった。

 ハンジュという壁があったのに。

 そして差し出されるテイジョウの皿と他四人の視線。


「ちょーだい?」


 テイジョウは朱里が掛けたのが何か知らないだろうに、おいしくなると疑いを一切持たずにおねだりをした。


「なあに?それ?」


 更に寄越されるハンジュとシャンボークの皿。二人もまた、うまくなることを疑っていない。

 まだ三回しか朱里の手料理を食べていないはずなのに。

 原材料すら怪しまないのはいかがなものかと朱里は思った。


 その点、先のゴキリウスの卵の件もあり、シーキュイはまずものを確かめてきた。

 初対面のガインは言わずもがな信用がないので皿を出すことはなかったが、興味はあるようだ。目が外れない。


「樹液です。甘い樹液をシロップにした奴。これをこのケーキがビタビタになるくらい掛けたらもっと甘くててしゅわしゅわでおいしいと思って」


 朱里の国語の表現力はそれほどない。一般的だ。だから、想像を食レポリポーターの様においしそうに表現することはできない。

 だが、想像力豊かな人間はそれを補ってくれるようで。


「いいなそれ」


 ガインの皿が追加された。


「そんなに掛けて大丈夫?甘すぎない?」


 そんなことを言いながらも、物が樹液なので警戒を解いたシーキュイの皿も追加された。


「……これ、買うと結構するんですけど……」


 朱里はそう言いつつ自分のと同じように全員の皿に樹液を掛けた。


 なにせ、樹液シロップは時間はかかるが作るのは簡単だ。

 この樹液の元になっているマールの木も大概の町や村の周囲に取り囲むように群生している。

 値段が高かったのは単に、あまりマールの木の樹液が甘いことや食用可な事が知られておらず、流通していなかったせいだろう。実際、購入した店の店主もこれが何の樹液か知らなかった。

 樹液が入った瓶にも原材料は書かれていない。

 商品名はマンマミーア。


 どこの国の感嘆詞だ。


 それでどうやってマールの木の樹液だと分かったかと言えば、舐めた途端にギフト発動。脳内知識が教えてくれた。


「ちょっとちょっと、うちは味の付け足し禁止だよ!」


 全員に樹液を掛けていると流石に目に付いたのか中から料理人がでてきた。

 やはり、気を悪くする料理人はいるよなぁと朱里は申し訳なく思った。だからこっそりとしていたのだが。


「悪いな。メアリー。だがアンタも、もっとうまくならないか日夜研究していただろう?彼女がこうすればもっとうまくなると言った。

 試してみないか?」


 ガインは自分の分をメアリーと呼んだ料理人に手渡した。

 朱里は目を剥いた。


 だって、メアリー。男なのに、メアリー。


 驚いていない周囲に朱里は改めて思った。

 ここは異世界である、と。


「これ、高いんだろう?彼女が言ってたの聞こえたよ。これ以上コストがかかると店で出せないよ」


 それはともかく、メアリーは顔をしかめながら、それでもガインから皿を受け取った。

 そして食べた。


 人の顔はこんなにも劇的に変わるものなんだと朱里はその日初めて知った。


 不機嫌な顔が一気にとろける。目が細められ、口角が上がり、メアリーの逞しい体が震えていた。


「……お・い・し~~~!!!」


 野太い声が叫んだ。

 マンガなら口から光線が出ていたであろう雰囲気。いつから現実は美食マンガになったのか。朱里は首を傾げた。


「まあ!まあぁ!!なんておいしいんだい!?

 私の素晴らしくふわっふわのケーキに滴るほどにかかった樹液のシロップが、甘さと口にした途端にケーキが溶けるような触感を与えて、飴細工の甘さと喧嘩することなく、むしろ飴細工のパリパリ感が溶けて消えたパンケーキの余韻を引き出して!こんなのはじめて~~~!!!」


 ガインはすぐさまメアリーからパンケーキを奪い返した。


「なんだこれ!うまいな!」


 ガインが口にする前にシャンボークががつがつと食べ始め、その横ではシーキュイが食べるごとにバシバシとテーブルを叩いて踊っている。


「樹液のシロップ、か」


 ハンジュは感慨深そうにゆっくり余韻を味わっているし、テイジョウは見たことがないほどテンションが上がり目が輝いていた。


 そしてガインは、


「うまいな。それに何か懐かしい味だ」


 その外見からシャンボークの様にがつがついくかと思えば意外とゆっくり味わうように綺麗に食べていた。


 朱里ももちろんおいしく頂いた。


 甘くしゅわしゅわになったパンケーキが思った以上においしかった。それはやはりパンケーキの生地自体がふわっふわにうまく作られているからだろう。


「あ、そうそう。これ、マンマミーアっていう商品名だったんですけど、買えば高いですが、自作は簡単に出来ます」


 全員が朱里を見た。その顔は驚きに満ちている。


「どういうこと!?」


 メアリーが朱里に詰め寄った。


「これ、その辺に生えてるマールの木の樹液シロップなんですよ。雪解けの時期にマールの木の樹液が甘くなるんです。それをマールの木が枯れない程度頂いて煮詰めて出来上がり。

 簡単でしょ?

 ただ、樹液なので一日に一本の木から五百ミリぐらいしか採れませんし、十リットル採っても煮詰めると完成時には一リットルぐらいに減ってしまいますけどね」


 へぇ~とメアリーの感嘆の声が聞こえた。


 朱里にとってありがたいことに、この異世界では物を計る単位が基本、前の世界と同じだった。違うのも当然あったが。

 前の世界でだっていろんな計量単位があったことを考えればおかしいどころか異様だが、朱里が住む地球を含む世界を作った人(?)との同種の人間(?)が作った世界であるのでこういうこともあるのだろうと納得している。


 都合がいいので朱里は深く考えなかった。


「木を枯らさないために太さが二十センチを越えるまで穴を開けちゃいけないんです。開ける穴も三つ以下。自然に出なくなったらおしまい。だから本数がいるんですけど、」

「マールの木は群生してるからな」


 ハンジュに朱里は頷いた。


「煮詰めるときも時間はかかるし焦げやすいしで大変ですが、春の風物詩ですよ」


 朱里はにっこり笑う。


「やけに詳しく教えてくれるけど、教えちゃっていいの?」


 余りにたやすく高価な食材の作り方を解説する朱里に、メアリーは裏を感じていた。しかしそれは自分を貶めるものではないだろうとも同時に感じていた。


「ええ。

 だって、市場にないから高いんですよ。広まれば安くなるじゃないですか。

 それすなわち、おいしい物が増えるじゃないですか。

 私は勿論作れますが、旅をしながらマールの木を枯れないように管理して樹液を採ってマンマミーアを作ることは出来ませんし、そうなれば欲しければ買うしかないですから、安くなって欲しいんです!」


 裏どころか食欲しかなかった。


 だが、作ればタダなのに買うと高いのは大変なストレスである。時間さえあれば自分で作れるとあらば尚更に。

 ならば、広めて安くしても良いじゃないか。


 朱里はその流れを当然の事だと思っていた。


 経済とか個人の売り上げとか難しいことは知らない。考えない。

 朱里は美味しい物を食べるために異世界に来たのだから。


「アンタ、メアリーさんに自分のために量産しろって言ってたのね」


 呆れたようなシーキュイに、


「だってこれおいしいでしょう?

 こんなふわっふわのケーキ、余所じゃなかったでしょう?少なくともリンドの街では見たことないですよ。

 これにマンマミーア。最高じゃないですか!」


 脳内知識は教えてくれた。

 このふわふわは最近できた数少ない調理法であると。

 そして実際リンドの街で食べ歩いたときのパンケーキは、パンケーキというよりお母さんが作ったホットケーキといった感じのおいしそうに狐色だが、ぺちゃんこの甘みのない物だった。甘みはジャムで補って食べるのである。

 ついでに言えば、ジャムも日本のジャムに比べると甘くない。酸っぱい。


「確かに王宮でこんなふわっふわのケーキが出たことがあったけど、ここまでじゃなかったわ。ましてや、樹液のシロップなんてかかってなかったし」


 シーキュイは聖女として王宮に呼ばれた事がある。その際に最高級のおもてなしを受けていた。その時に舌が肥えていた。


「良い舌だね。確かに私は王宮で働いていたことがあるよ。その時このケーキを習って更に改良したんだ」


 しみじみと思いを馳せたメアリー。


「そう、だね。おいしい物はみんなに食べてもらいたいよね。そのための料理人だ」


 自分の中の何かに納得したメアリーは朱里の両手を捕った。


「おいしい物をありがとう!マンマミーア、だったかい?マールの樹液シロップ。きっと安く広めてみせるよ!

 手始めにこのレシピをうちで使いたいんだけど良いかな?」


 吹っ切れた一点の曇りもない笑顔だった。


 メアリーはまだ若い。それなのに料理の腕は王宮で働いていた経歴から見ても一流だろう。なのに、観光客しかいないアルス村で自分の店を持たずに宿屋付属の料理人をしている。


 王宮で何かあったんだろうと邪推は簡単だった。


 しかし、朱里はそんなこと一切合切かまわず歓声を上げた。


「是非お願いします!」


 王宮で何かあったとして、それはメアリーの人生で朱里がそこに関わることはないからこそ、そこを掘り下げる必要はない。

 ましてや、朱里は世間話で根ほり葉ほり人の人生の気になることを聞いて回る程、人に興味を持てる人間ではないのだから。


 こうして出来た宿スバロウの食事処の改良版・小鳥の愛の囁きは、やがてこの店の名物となり、クナウ川観光の終着点というだけで見る物も特になかったアルス村の観光の目玉になった。

 更にその後、アルス村はメアリーの指導の元、マンマミーアの一大産地となるのだが、今はまだ夢の向こうの話である。


 そんな未来の話は今はさておき。


 小鳥の愛の囁きを堪能した一行はガインの本題に耳を傾けることにした。


 ちなみにメアリーはマンマミーアを買い出しに行った。

 マンマミーアは高い。だからといって今はマンマミーアが作れる時期ではない。

 しかし、店で出すには更なる研究がいる。そのためには高くても買わねばならない。


 メアリーは情熱に一直線のプロの料理人だった。




「あーいろいろ脱線しちまったなぁ」


 脱線させた三人はわずかに気まずそうに身を縮めた。


 だが、トリガ茶のお代わりをマンマミーアの作り方のお礼にと全員が頂いて。

 さあ聞こう、と全員がガインを見たその時。


「ガインさーん、お客様ですよー。ギルドの方ですがお通ししてもよろしいですかー」


 メアリーの代わりにトリガ茶を入れてくれた店主の間延びた声が受付の方から聞こえた。


「そういえば、緊急の用事があるから呼んでもらったんだったな」

「緊急に怒られる用事」

「忘れたかったわー」

「早かったですねー」


 ガインの許可と共に入ってきた明らかに山の人な真っ黒い犬耳と尻尾と厳つい顔とでかい筋肉だらけの体躯を一望して、朱里は逃げたくなった。


 だってあれ絶対怖い人。


「なんだ、まだ報告してなかったのかよ」


 気絶していたシャンボークはすでに終わったと思っていたイベントの復活に頭を抱えてうなだれた。


「当たり前でしょー!?」

「そうならもっと早くに起こしている」


 同じ机の余った席に早速座った職員は、


「どのような報告なのでしょう?」


 意外に丁寧なそして柔らかな口調でテーブルに座る全員を見回した。

 伝言に走った少年からは伝言以外何も聞いていないようだ。


「あー、森にでるゴキリウスの件でな」


 知っていれば早かったのにと誰が話すか揉めるかと思われたそれは、シャンボークが話し始めたことで揉めることなく穏やかに始まった。


「今年は多いですね。ですが、人的被害は大して出ていないようで、ギルド職員一同ほっとしております。もちろん油断はできませんが」


 ギルド職員は運ばれてきたお茶をすすり、嬉しそうに顔をほころばせた。


 このお茶はシャンボークの奢りである。

 相談はなされていない。だからシャンボークは知らないが、奢りである。


「そりゃよかった。だが警戒は必要だよな」


 うんうんと頷くシャンボークをガインが胡乱な目で見た。


「お前、何かやらかしただろう」


 職員の下がっていた目尻がきゅっと上がった。


「どう言うことです?」


 シャンボークは目をそらした。


「ど・う・い・う・こ・と・で・す?」


 職員の手がカップの柄ではなく、机を越えてシャンボークの襟を掴んだ。


「その、だな。ゴキリウスを森で倒した後、草原で卵を食ったら、思いの外、匂いが強くてな。……草原に、広がっちまった」


 朱里の目の前を横切るギルド職員の腕がじわりと太くなった。


「ゴキリウスは、同族の、匂いに、誘き、出される、習性が、ある、ん、だって、な?」


 シャンボークの声が途切れ途切れに聞こえる。シャンボークの尻は椅子から浮いていた。


「そーぅですねぇえ?」


 ギルド職員の顔が鬼瓦のようになった。


「すまん……草原に、ゴキリウスが、出没する、かも、しれん。警戒を、頼む……」


 シャンボークの声がかすれて小さくなり最後は音ではなく息を吐くだけのものとなった。


 職員の顔を正面から見ることになったシーキュイ、目の前で太くなり血管が浮く様を見せつけられた朱里とハンジュ、そんな職員の隣に座ることになったテイジョウは顔を真っ青にして体を震わせた。


「よく調理法知ってたなぁ」


 ほぼ全員が青い顔をしている中、ガインだけは、我が関せずと言わんばかりに、実際関係ないのだが、平和に呆れていた。


「朱里が知っててな。魔法鞄を持っていたから使わせて貰って、ギルド持っていく前に試食がしたいって事になったんだ」


 朱里はハンジュの口を心底縫い合わせたいと願った。

 鬼に進化したギルド職員がこっちを見て、正確にはハンジュを見て、笑ったのだ。

 朱里は真正面からそれを見てしまった。


「おいしかったですかぁ?」


 笑顔が怖い。


 朱里は何も言えずにただハンジュと共に首を縦に振った。


「良かったですねぇ?こちらにも仕事を下さったようで、ありがとうございます」


 次は左右に振った。

 声はやっぱり出なかった。


 それからギルド職員はこんこんとゴキリウスの危険性と出没地域の変動が与える観光収入の変動について一頻り語った。

 主にそれがアルス村の収入にいかに打撃を与えるかという点について熱く熱く語った。


「二度と排気処理設備のないところで迂闊なことをしないで下さい!

 というか魔法使いがいるなら風で匂いを飛ばせなかったんですか?」


 ガイン以外がうなだれて聞いていた。


「僕、火専門。風できなくもないけど被害も大きいよね」


 職員のため息が聞こえた。


「くれぐれも!後のことを考えた行動を!」


 小学生の夏休み前の教訓のようだと朱里は思って聞いた。

20.4.28 改稿

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