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アルス村

前回のあらすじ

やらかしました。謝りに行きます。

 アルス村に入ったのはまだ日も沈まない明るい内だった。

 本来、湖からアルス村まで一日かかる道程ではないことを考えると一泊した時点で留まりすぎであり、遅い入村だった。


 朱里はシャンボークがしてくれている入村手続きを待つ間にフードを被り直した。

 ここまでは人が少なかった。同行の彼らも気にしていなかった。その上、戦闘中は邪魔だった。だから朱里はフードを脱いでいたのだが、やはり村へ入ると森の人の耳は人目に付いた。

 山の人のハンジュも耳目を集めていたが、彼は気にしていない。

 だが朱里は違う。

 何とも面倒なことだが、朱里がその視線を拒絶する以上、隠すという選択は仕方のない事だった。


 そうやって身なり人目を気にしている間に、シャンボークが入村手続きを終えて戻ってきた。

 傍らには行きにはいなった少年を一人連れている。


「あー怒られた、怒られた。お前ら俺だけに押しつけてずるいぞ!」


 連れてきた少年は、これからギルドへ向かい、買取や調査する職員を連れてきてくれるのだという。


「そこで改めて職員に説明してまた怒られるんだ。今度は全員でな」


 全員から、はあーっと盛大なため息が出た。

 悪いのは自分達だと分かってはいるが、怒られるのは誰だって嫌なのだ。


「今、衛兵数人が現場を見に行ってる。

 ゴキリウスが森から出て来ていないかの確認だ。あとギルドが対策立てるまで見張りをしてくれるとさ。

 で、俺たちだぎゃっ!?」


 そこまで説明すると、シャンボークが突然倒れた。いや、蹴り飛ばされた。


「「ガイン!」」

「シャンボーク!」

「……大丈夫ですか?」


 いつの間に近づいていたのか、シャンボークの後ろから現れたのは、赤い短髪に日に焼けた褐色の肌、引き締まったバネのような筋肉を身に纏った長身の男だった。

 ハンジュとテイジョウが彼の名を呼んだので、暴漢ではなく、シャンボーク達の知り合いだと朱里は理解した。


「よう、久しぶりだな。

 入村手続きは済んだな?

 立ち話はしんどいからなぁ。移動するぞ。

 あ、お前等の宿も取ってあるからな。

 なんか二人増えてるが大丈夫だ。四部屋取ってある。

 ついて来いよ」


 ここでそれ以上語る気はないようだ。すぐに朱里達から背を向けた。

 歩き出す彼の左手にはシャンボークの服の襟が掴まれていた。


 どれ程強い衝撃を与えたのか、あの青ランクのシャンボークが立ち上がれず、というか彼は気絶していた。

 意識のない人間は重い。筋肉質ででかいシャンボークはもっと重い。

 だというのに、ガインと呼ばれた男はシャンボークの襟首を引っ張り、左程重たさを感じさせずに、引きずっていく。


「ちょっと待て」


 どうすべきかと惑ったが、朱里が判断する前にハンジュがガインに声を掛けた。


「俺達はギルドに急ぎの知らせがある。

 今、ギルドの職員をこの少年に呼びに行かせる所なんだが、それが済んでからじゃ駄目か?」


 ガインは立ち止まった。


「別にかまわんがここにいたって待たされるだけだぜ?

 いつ来るかもわからない奴をここでぼへっと立って待つくらいなら宿で落ち着いて座って待つ方がいいだろ?お前の名前で宿に来るように言っとけよ。なあ?銀・ラ・ン・ク」


 反対意見を聞く気もない様子のガインという男は、そばでやっぱり突然倒れたシャンボークに慌てていた少年に宿の名前を言付けた。


「ギルドの職員を宿に呼びつけって出来るんですか?」

「普通は出来ない。ハンジュは銀だから」

「銀って偉いのねぇ」


 ハンジュは苦い顔をしたが、若者に苦言を呈すより先に、逃げ出すように駆けだしたギルドへ向かう少年を引き留める方を優先した。


「職員に来るときは魔法袋を持参するよう伝えてくれ。大容量の物で頼む、と」


 少年は、コクコク頷いて再び駆けだして行った。

 朱里は自分の魔法鞄をそっと撫でた。ゴキリウスの卵が入った鞄を。


「じゃあ行くぞー」


 用事が片づいたのを見て取ったガインが、再びシャンボークを引き摺って歩き始める。

 今度は誰も止めない。

 いや、シーキュイが悲鳴を上げて文句を言ったので、ハンジュが頼んでシャンボークはガインに俵担ぎで運ばれることになった。


 道中、シーキュイは安定のシャンボークにべったりだった。

 ガインがずっと顔をしかめるほどに。途中、歩きにくいと怒鳴るくらいに。最後まで離れなかった。


「あーここだここ」


 町中の割と大きな宿に一行は案内された。


 草原の国の宿屋の一階は大抵食事処なのだが、ここも例に漏れず、しかし、夕餉にはまだ早い時間で昼食には遅い時間とあって食堂は閑散としていた。


 その一角に一同は腰を下ろした。

 シャンボーク以外。


「いつまで寝てんだよ」


 何の気負いもなく、床に降ろしたシャンボークを、気絶したままの男の背を、すぱあんと小気味の良い音が襲った。


 ガインが叩いたのだ。


「うぅん……?ってぇな、何事だ?」


 シャンボークが頭を押さえながら起きた。

 叩かれたのは背中なのに。


「シャンボーク!大丈夫!?」


 すぐさまシーキュイが縋りつく。


「大丈夫だろ?そんな力入れてねぇし」


 答えたのはガインだった。


「あんたに聞いてないわよ!」


 シャンボークに対する猫なで声とは打って変わった刺々しい声がすぐさまガインに反論する。

 朱里は、


(やっぱりこの子の社交性大丈夫かなぁ)


と思って見ていた。

 隣でハンジュもため息を吐いた。

 テイジョウは変わらず、というかこちらに興味なさげにメニュー表を開いていたが。


「おーおっかないなー。

 お前の彼女?」


 肩をすくめて笑った男は器がでかいのか、軽いだけか。


「その声、ガインか。シーキュイどけ」


 シャンボークはシーキュイを言いながら遠ざけた。

 もちろん立ってイスに座るためである。

 シーキュイも抵抗することなく、シャンボークの隣に座りなおした。


「別にシーキュイは俺のじゃねぇよ。

 それよりどこだここ」


 シーキュイの顔が歪む。泣きそうな方へ。

 しかし、シャンボークは気づかず、構わない。


「ガインが選んだ宿だ」


 答えたのはハンジュだった。


「おう。女二人はハジメマシテだな。俺はガインだ。

 しばらく、こいつ等の仲間の勇者に同行していたが、こいつらと仲間ってわけじゃねぇ。勿論勇者ともな。

 ここでお前等を待ってたのは伝言を預かったからだ。

 ちなみに、ここのお勧めの飲み物はトリガ茶だぞ」


 最後の一文はテイジョウ宛だろう。

 その言葉でテイジョウはメニューを閉じ、カウンターにいた店員にトリガ茶を注文した。


「あ、俺たちの分も頼む。全員分な」


 追加で声を掛けたのはハンジュ。朱里も喉が渇いていたのでありがたく見送った。


「私は朱里と言います。

 草原からここまで彼らに同行しましたが、私も仲間という訳ではないですね。……外した方が良いでしょうか」


 朱里は自己紹介とシャンボークへの問いかけをした。


 だって明らかに朱里には関係ない事情だったし、なにより彼らは国の指示で動いていると以前言っていた。聞かれてはまずい内容もあるだろう。しかし、


「……いや、ちょっと待て。

 ガイン、相談があるんだが、彼女について。同席のままで構わないか?」


 シャンボークは少し考えてガインに尋ねた。


「ふぅん?別に構わないが」


 聞かれたガインも、特に伝言が他人に聞かれて困るものではなかったらしく、軽く許可を出した。

 腰を浮かした朱里はシャンボークに手で座れと合図を寄越され、座り直した。


「で、そこで牙むいてる自己紹介も出来ない子猫は?」


 ハッと見下した目でシーキュイを見る辺り、実はかなり苛ついていたようだ。


「何よ!悪いのアンタでしょ!?人浚いみたいにシャンボーク連れてったくせに!人が礼儀知らずみたいに言わないでくれる!?」


 シーキュイがすぐさま噛みついた。

 その姿は、ガインが言うような子猫というよりは、よく吠える小型犬の様だった。

 その上、礼儀に関しては彼の言うとおりなので、付き合いの浅い朱里からしても苦しい愛想笑いしか浮かばない。

 しかし、朱里はシーキュイをフォローすることなく黙っていた。

 シーキュイが口を開いている間にトリガ茶が届いたからだ。

 決してどうでもいいかとか思ったわけではない。だって彼女の人生だし。


「で?名前は?」


 トリガ茶は麦茶のような茶透明の液体で飲むと少しスパイシーな味がした。匂いがバニラのように甘かったので意外だった。


「シーキュイ。俺の幼なじみだ。……どっかで帰してぇんだが、帰らなくてな……」


 シャンボークの声が疲れている。

 甘い物が必要かと思った朱里はメニューに手を伸ばした。が、どれかわからない。


「お前も大変だねぇ。結構苦労人だったんだな」


 そもそも字が読めない朱里は隣のハンジュにどれが甘いのか聞いてみた。

 朱里が字を書けないことはハンジュも知っているので、すぐ教えてくれるだろうと思っていたのだが。聞いたハンジュも頭を悩ませてしまった。ついでにテイジョウも。

 どうもこの食堂のメニュー名は店の人間が勝手に付けているらしく、どれがどんな物か分からないらしい。

 テイジョウもさっき、それで悩んでいたそうだ。結局はガインに教えてもらった名称で注文したのだが。


「なによそれ!事情も知らないくせに勝手なこと言わないで!」


 シーキュイは元気だ。元気に怒っている。怒りすぎてシャンボークがさっきから宥め役だった。


「で、お前等は何マイペースに悩んでんだ」


 ガインがこちらに話を振ってきた。

 三人はこれ幸いとガインにメニューを見せる。


「お腹が空いた」

「甘い物が欲しいらしくてな」

「疲れたときは甘い物がいいんですよ」


 ガインは頷いた。


「お勧めはこれだ」


 指さされたそれは、


「これ、言うのか」


 ハンジュが難色を示した。


「なんて書いてあるんですか?」


 朱里が首を傾げる。


「小鳥の愛の囁き……朱里、字を読む方も出来なかったの?」


 テイジョウが教えてくれたので、ガインが読み上げず指さしでお勧めしてくれた理由が分かった。

 これは言い難い。恥ずかしいという意味で。


「はい。読み書き両方とも出来ません。

 いずれ覚えようとは思ったのですが、ギルドでも不便無かったので、つい、後回しに……」


 朱里はテイジョウにメニューを渡した。その意味は、


「甘いのダメな方がいらっしゃらなければ、全員分お願いします」


 テイジョウはハンジュに回した。


「これ開いて指さしてくればいいから」


 ハンジュは朱里に。つまりは戻ってきた。


「どんな罰ゲームだ。朱里は女の子だろう?」


 朱里はシーキュイにメニュー表を渡す。


「そういうこと言っちゃダメですよ。年齢ってものがあるでしょう?」


 渡されたシーキュイは今までシャンボークになだめられ、人に対する態度について説教を受けていて話を聞いていなかった。なので、突然回ってきたメニュー表に首を傾げた。が、朱里に「甘い物は好きですか?」と注文を頼まれると喜んで受付に向かってくれた。

 やはり、シーキュイも女の子の例に漏れず甘い物が好きだそうだ。そして彼女はあのメニュー名が恥ずかしくないらしい。「可愛いー!」とむしろ喜んでいた。


「かわいい女の子しか声に出すことを許されないメニュー名ですよ。あれは」


 シーキュイの後ろ姿を見送りながら朱里が呟いた言葉に、


「可愛い女の子だろ?お前も」


 向かいに座っていたガインが朱里に指を突きつけて不思議そうな顔をした。

 が、その指は朱里がすぐに片手で押さえてテーブルに向けさせてもらった。


「人に指を突きつけてはいけません。

 可愛いと褒めていただき有り難いですが、私はすでに女の子、という年ではありませんので」


 まあ、前の世界なら、朱里の年齢でもあのメニューを恥ずかしげもなく、むしろ嬉々として言える女性が大半を占めていただろうが、朱里には無理だった。


「へぇー……何歳?」


 朱里はまだ年齢を気にする程妙齢ではない。更に、この世界では若いままの年齢が長い種族が多いので、年齢がわかりにくい。

 だが、礼儀として、一応脳内知識に問うて確認すればこちらも同じだったので、怒って見せた。姿勢だけ。


「女性に年齢を聞くのは失礼ですよ」

「そうか、すまん。で?」


 相手もポーズだけと分かっているのだろう、質問を下げなかった。

 指は指摘してすぐ下げたのに。


「もう数ヶ月で二十歳、ですねぇ」


 そういえばまだ未成年。

 いや前の世界の話でこちらの成人年齢はもっと若いけれど。と、流れる脳内知識に、つい遠い目をしてしまった。


「は!?二十歳!?嘘だろ!?」


 しかし、その間に見せた相手のリアクションがおかしかった。

 朱里の予想では「ふーん、まだ許容範囲じゃね?」位でメニュー名に恥ずかしがる年齢ではないだろうと突っ込まれる程度だと思っていたのだが。


「嘘だろ?目上!?」


 シャンボークも、


「逆サバって奴か?大人ぶりたいからって嘘はダメだぞ?」


 ハンジュも、


「若返りの薬……?」


 テイジョウも、


「嘘言ってんじゃないわよ!?ケーキあげないわよ!?」


 戻ってきたシーキュイさえも信じてくれなかった。


 ちなみに、小鳥の愛の囁きはパンケーキの類だったそうだ。実物はまだない。飾り付けに時間が少しかかるそうだ。それはともかく、


「私、どんだけ幼く見られてたんですか?」


 朱里は不安になった。


 管理者は、サイは、確かに、確かに言ったはずだ。こちらに転生する際の体は、今の、朱里が死んだ年齢からスタートだと。

 それに、この世界に来てすぐに鏡やガラスで見た顔は、前の世界の自分と同じ顔だったはずだと。


「十二、いや…四……?」


 さすがに小学生はないだろうと朱里がガインを睨めば、僅かに上がった。


「十二ぐらいでしょ?」


 シーキュイが無駄にしたが。


「そんなに幼い訳ないでしょう!?」


 さすがに朱里は抗議した。

 これはしなければならない案件だった。


 彼女は確かに150センチと背は前の世界でも低い方だった。

 こちらの世界ではさらに低い分類にどうやら入るようだとすぐに気づけるぐらいには周りの人間の背は皆高かった。

 だがしかし、幼女ではない。断じて違う。

 前の世界では学生で、まだギリギリ未成年で子供に分類される年だが、もうすぐ成人で幼女ではない。


 繰り返す、朱里は幼女ではない。


 だが、全員目を逸らした。

 朱里は崩れ伏した。


「なんてこった」


 あれだろうか、この世界の人間はどちらかと言えば西欧系の顔立ちだ。朱里はその中で、アジア系の顔なのだ。

 西欧人にはアジア系が若く、いや幼く見えるという。

 それだ。

 朱里は自分を無理矢理納得させた。自分は童顔ではない、と。


「あー、まあ、うん。これでも食べて落ち着こう」


 いつの間にか、疲れたシャンボークのために注文したパンケーキが届いていた。落ち込んだ朱里のためのパンケーキとなって。

 ハンジュの心遣いに朱里はハンジュを見上げて涙した。


「年の数え間違いなんてよくあることだ」


 涙はすぐに止まった。

 無表情になった朱里はハンジュの尻尾を思いっきり握った。

 ハンジュは「きゃん!」と悲鳴を上げて飛び上がったが、後悔も反省もしない。


 もふもふ万歳!


20.4.28 改稿

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