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初めてのゲテモノ料理

前回のあらすじ

朱里の魔法鞄に卵が入荷しました。


※引き続き巨大家庭害虫の話卵編。

 この話は言うまでもなくフィクションです。本物の生態とは異なります。ご留意ください。

 青い空。涼やかに草原を撫でる風。時折、飛び跳ねるカーウィックと逃げるトーンボー。

 朱里は昼食のパンとスープを食べながら、安穏とした平和を堪能していた。

 だというのに、食休み中に安穏は崩された。


「なあ、ゴキリウスの卵、食ってみたくねぇか?」


 シャンボークがじっと興味津々に朱里の鞄を見て言った。


「貴族が喜んで食う位だもんなぁ。うまいんだろうなぁ。食べ方は知らないが」


 ハンジュの好奇心に満ち溢れた瞳も魔法鞄から離れない。


「ちょっと興味あるよね」


 テイジョウまでもが朱里の肩に掛かったままの魔法鞄の紐を引いて催促をした。


「……知らないって言いなさいよ。私は食べたくないわよ。あんたも嫌でしょ?」


 紐を掛けた肩とは反対側の腕をシーキュイがぎゅっと握った。

 少し痛い。


「…………」


 ここでちょっとリプレイ。


 朱里が卵を食べると聞いて驚いたとき、朱里は「レシピ豊富!」と叫んでいた。

 叫んで、しまった。つまり、


「朱里は知ってるんだろう?レ・シ・ピ」


 ハンジュの尻尾が今まで見たことがないくらい嬉しげにブンブン振られている。

 男達の食に対する好奇心は、女達の嫌悪感を圧倒的に上回っていた。


「そう嫌がんなって!うまいんだろう?」


 朱里の向かいに座っているいい笑顔のシャンボークが朱里の両肩を叩いた。

 

「痛いですよ!

 あのですねぇ!例え美味くて高級品でレシピが豊富だろうと!一般に出回らないのにはそれなりに理由があるんですよ!」


 朱里はシャンボークの両手を捕まえた。だが、押し返せたのは朱里の実力ではない。シャンボークが引かなければ、朱里には弾き返すことすらできなかった。


「理由?ゴキリウスの卵って事以外に?」

 

 シーキュイの問いに、痛む自分の両肩を擦りながら、朱里は嫌そうな顔をして答えた。


「世の中、ゴキの何が怖いの?って人もいるんですよ。素手で掴んで愛でてる人とかね!」

「何それ変態!?」

「同意。でもそうじゃなくてね?」


 朱里は人差し指を一本立てた。


「まず、卵の下処理」


 テイジョウと座っている場所を交代したハンジュが動いた。

 おもむろに朱里の後ろにあった鞄に手を突っ込む。


 前を向いていた朱里は気づかなかった。


「殻を割って中身を取り出せば、変態中のゴキリウスの幼虫はさすがに死ぬんだけど、すでに変態が終了している場合もあるでしょう?

 そうすると割った途端大惨事になるじゃないですか?

 そんな賭けしてたらコックの命がいくつ有っても足りませんよね?

 だから、卵を割る前に中身を殺しておく必要があるんですが……」


 話している途中で、隣でゴソゴソやっていたハンジュにようやく気づいた。


「……何してるんですか?」


 ハンジュは悪びれずに言った。


「ん?実際やってみようと卵を出そうと思ったんだが、卵のこと考えてても、別の人間が手を突っ込んだら取り出せるって物でもないんだな」

「当たり前ですよ。それに私、卵の話してても卵を出したいとは思ってませんから」

「だよなー」


 はっはっはーとハンジュは笑って頭を掻いた。


「やるにしても話終わってからにしてください。途中で孵化されたら嫌です」

「了解」


 悪気はなくても悪いと謝れるハンジュがすまんと手を合わせたので、朱里は話を元に戻す。


「で、卵の中の変態中のゴキリウスを殺す方法がですね、普通の人には無理なんですよ」


 朱里は一端、言葉を切った。

 もったいぶって、声を落とす。


「溶岩に三日程漬けるんです」


 シーキュイがはぁ?と目を剥いた。他の三人もシーキュイ程ではないが驚いてくれたので、朱里は満足して続きを語る。


「なにせ殻の耐熱・耐寒が酷いんです。中に熱を通そうにもそれぐらいの熱さが無いと通らないんです。

 溶岩で最低ですよ?

 それ以上の熱が有れば時間は短縮されますけど、溶岩に三日漬けて殻が黒く変色するまで待つんです。

 ね?普通の人には無理でしょう?そもそも、溶岩に浸せる籠がない」


 シーキュイがすっごい勢いで頭を縦に振っている。が、


「だがそれは、普通のコックが調理する場合だろ?幼虫に対処できる奴が割れば、賭けの方でも良くないか?」


 シャンボークは立ち上がったシーキュイに蹴られた。


「良くないわよ!馬鹿じゃないの!?幼虫は小さくて凶暴でやっかいだって言ったじゃない!

 料理に命賭ける様なキャラでもないくせに無謀なことしないでよ!」


 もっともである。

 朱里はシーキュイに同意してこくこく頷いた。


「シーキュイ、俺、伊達に青ランクじゃねぇんだけど。ゴキリウスの幼虫ぐらいどうにでもなるぞ?」


 これ以上蹴られないように、振り上げられたシーキュイの足を掴んで引っ張り、胡座の上にシーキュイを乗せて抱き込んだシャンボークは拗ねていた。

 彼なりに青ランクに誇りと自慢があったのだ。それを事も無げに無碍ににされた。だから分かりやすく拗ねた。


 だがシーキュイは気づかない。


「だから何よ!進んで危ない事する必要はないでしょー!!!」


 両手両足を押さえられて、暴れるがシャンボークの檻は壊せなかった。


「へーへー、悪かった悪かった」


 シーキュイの頭に顎を乗せたシャンボークはやる気無げシーキュイを宥めた。もちろん、火に油だった。


「ねぇ、溶岩以上の熱量が有ればいいんだよね?」


 その間に、テイジョウが朱里に手を伸ばす。

 掌を上に何かを貰おうとする様に。否、様にではなく、貰おうと。


「一個貸して?」

「危なければ俺が対処しよう。

 このメンバーの中では俺が一番上のランクだ。信用してほしい」


 ハンジュの後押しもあり、朱里はテイジョウに卵を一つ渡した。

 もちろん、テイジョウの両手の上に袋を逆さにして一つだけ出すという方法で。


「獄炎」


 テイジョウの手が卵ごと黒と白の炎に包まれた。


 掌の上で炎に邪魔されて見えにくいが、瞬く間に卵が黒茶色から真っ黒になっていく。断っておくが、炭になっているわけではない。そして、テイジョウの手は燃えていない。


「出来上がり」


 炎が引いた後、火傷のないテイジョウの掌には、艶やかな程真っ黒な卵が乗っていた。繰り返すが炭ではない。


「お見事!」


 ハンジュが手を叩いた。


「僕、火の扱いはうまいんだ」


 テイジョウが嬉しげにはにかんだ。

 朱里は唖然としていた。


 テイジョウが掌で炎を出していたのはほんの数分なのだ。溶岩三日分の熱量を数分で作り出す魔法使い。


 朱里は突っ込まなかった。説明も求めない。聞いても分からないだろうから。


「……まあ、後はこの殻をどう割るかなんですけどね」


 テイジョウが卵を地面に縦に立てた。


「とかく、硬いんですよ。熱を加えることで一層硬くなってしまって並の人間は割れない「鉄斬!」……です?」


 朱里が言い終える前に朱里の前を剣線が走った。

 正確に言うなら、卵の上部を掬うように剣が切り飛ばした。


「シャンボーク、殻が飛んだぞ」


 シャンボークは地面にシーキュイを置いて振るった剣を肩に乗せ、わっははは!!と大口を開けて笑った。


「すまん!ハンジュ。だが、これで食べれるだろう?こっからどう調理するんだ?」


 殻を刈り取られた卵の上部から白くてプリンとした中身が顔を出していた。

 おいしそうである。


 だが、並の人間には割れない卵を切り飛ばしたシャンボーク、それを当然と受け入れているハンジュに朱里は眩暈がした。


 これが上位ランクの実力……!


 だが、そのことに関して口は開かなかった。投げた。

 あいつらは一般人じゃないと頭に叩き込んだ。


「……一番良い状態のでしたね。これ一番おいしい状態ですよ。

 このまま魚醤でいただくも良し。スープの具にしたり、サラダにかけるソースにしたり、生クリームと合わせて冷やしてアイスにしたり。……どんな風に食べたいですか?」

「ほんとに豊富だな。

 一番これの味を確かめられるのはどれだ?」


 ハンジュがツンツン突っつくと卵の中身はプルプル合わせて震える。

 おもしろかったのかテイジョウも参加した。


「魚醤でいただく、ですかね?手間もないですし」

「魚醤?って何だ?」


 シャンボークの問いに朱里は、そういえば魚醤がこの辺りでは一般的でない調味料だと言うことを思い出した。

 シャンボークの巨大な陰からはシーキュイも顔を出して首を傾げていた。


「海辺でたまにある調味料です。

 私、持ってますから出しますよ。魚を食べるときに良く使うんです」


 朱里は言いつつ、魔法鞄から魚醤と皿と匙を取りだした。


「まあ、まずは、食べたいって言った人から食べてください」


 有言実行

 毒見を男達に押しつける。

 男達に否やはなかった。


「おう、じゃあありがたく」


 シャンボークから受け取った皿に卵の中身を盛りつけ、


「魚醤はどんくらいだ?」

「その量なら縦に二回くらいじゃないですか?」

「こんくらいか?」

「後は食べて調節してください」


 調理された卵は、見た目が黒い殻に包まれた果物のようで、ゴキリウスと言っても朱里の嫌悪感は成虫程湧かなかった。

 シーキュイも興味はあるのか、じっとシャンボークを見ている。朱里と違い、顔は少し青いが。


「……うまい!」


 最初に声を上げたのはハンジュだった。


「ちっと薄いな」


 そういってかき混ぜた卵に魚醤を足したのがシャンボーク。

 テイジョウは無言ではくはくと匙を動かし、一番に食べきった。


「さすが!貴族はうまいもん食ってるぜ!」


 ハンジュの髭に白いかすが付いている。


「お前等も食って見ろ!食わなきゃ人生の損だぞ!」


 シャンボークは自分の皿と匙をこちらに寄越してきた。

 もちろん、上には新たに盛った卵が、シャンボークが最適と思った量の魚醤をかけられて乗っている。


 朱里とシーキュイは顔を見合わせた。


 皿はシーキュイが受け取った。


「ゴキリウスとか考えずに食べて見ろ。うまいぞ」


 二皿目を食べるハンジュは、自分も食べながら、自分の皿と匙を朱里達に渡してしまったシャンボークの口に卵を入れる。

 朱里は慌ててもう二組皿と匙を出した。

 一つはシャンボークに渡し、一つは自分が使う。


 シーキュイに渡して、シャンボークの分は本人に戻そうかとも思ったが、シーキュイはシャンボークから受け取った匙を握って放さなかった。乙女である。


 先に匙に卵を乗せたのは元・食に貪欲日本人である朱里だった。

 嫌悪感はもちろんあった。

 だが、横でうまいうまいと、一人は無言で、ひたすら食べ続けるのを見ているとどれ程うまいのかと好奇心が強烈に刺激されるのだ。

 それにさすがにゴキリウスの成虫は無理だっただろうが、これは卵。

 ゴキリウスを連想させる要素が無かったのも、手を伸ばせた理由の一つだろう。


 シーキュイがすごい目で凝視してくる中、朱里は魚醤のかかった白いプルンとした卵を目を瞑って口に入れた。


 下にトロリとした触感が流れ込む。

 プリンかゼリー、そして味は白子のようだった。魚醤のしょっぱさが淡白な旨味を引き立てる。


「……おいしい……」


 口に含んだ卵はするんと喉奥に消えた。


 確かにゴキリウスの卵というだけで嫌悪して遠ざけていれば後悔する味だった。というか朱里はした。


「これ、おいしいですよ!」


 二口目からは全く抵抗がなかった。固まるシーキュイを余所にとろけ落ちそうな頬に手を当てる。


「下手物万歳」


 朱里は今天国にいた。

 余りにもおいしそうに食べる朱里を目にしたシーキュイもまた、


「早くしないと無くなるぞ」


と言ったシャンボークの言葉に押されるようにほんの少しだけ匙に乗せた卵を口の前まで持っていった。

 その間に朱里は二皿目に、シャンボークとハンジュは三皿目に、テイジョウはなんと五皿目に突入にていた。


 シーキュイはがんばった。

 好きな人と同じ物を食べてその感動を共有したいとがんばった。けれど、


「無理!匂いがどうしても駄目!」


 そう、見た目はゴキリウスを連想しない。だが、匂いは逆に成虫よりも強かった。

 卵を割った時点で辺りはシクラメンの香りに包まれ、卵自体もシクラメンを口に入れたかのように強い香りを発していた。


 そして、匂いは記憶を呼び起こす。


 朱里よりも体液を被りまくっていたシーキュイはシクラメンの匂い=ゴキリウスという認識が先ほどの冒険で身に染みてしまい、どうしても嫌悪感が先立ち、匂いに吐き気を催していた。そのため先ほどから青い顔をしていたのだ。


「そっかー、匂いはどうしようもないですね」


 朱里は理解を示した。


 朱里だって、前の世界では、ライチの匂いが駄目でライチが使われた物は口に出来なかったから。

 シーキュイのそれとは意味合いが違うが、そこまで察することが出来なかった朱里は言葉通り、シーキュイはシクラメンの香りが駄目なのだと受け取り、しょうがないとした。


「うまいのになー」


 シャンボークも残念そうにシーキュイの頭を撫でた。

 ハンジュもシーキュイに同情の目を向け、まあ無理するなといった雰囲気だった。


「ね、まずくない?」


 今まで無言だったテイジョウが声を上げたのはその時だった。


「お前、一番食っといてまずいはないだろう」


 ハンジュはすでにお代わり七回目に入ったであろうテイジョウの手元を見た。


「違う。この匂い」


 テイジョウの視線は山に向かっている。


「ゴキリウスは匂いで群を作るとも言われているんだよ」


 シャンボークとハンジュがすぐさま山に警戒の目を向ける。

 シーキュイと朱里は肩を震わせ、二人の後ろに逃げた。


 シーキュイはもちろんだが、朱里だって卵が食べれるようになっただけでさっきの戦いが、ゴキリウスがトラウマになっていない訳ではないのだ。


 山は静かに聳え立っている。


「もうあらかた食ったな?」


 シャンボークが全員を見渡す。


「ああ、卵はここに置いて行った方がいいだろう」


 話す間に皿と匙を布で拭き、ハンジュは朱里に食器を返した。朱里はそれを急いで魔法鞄にしまった。


「急いで離れるぞ。周囲の警戒を怠るな」


 空気はピリピリと朱里の肌を刺した。

 一行は山へは向かわず、アルス村に足を向けた。


「一応、警備隊に言っとかなきゃな」


 シャンボークは渋い顔で頭を掻いた。


「ギルドにもだな」


 ハンジュの言葉にため息しかでない。


「怒られるんだろうなぁ」


 シャンボークは肩を落とした。しかし、


「食べなきゃ良かった?」


 テイジョウの質問に、


「それはねぇな!」


 即答し、笑い声を上げた。

 おいしい物は怒られたって食べたいのだ。


 朱里も再びゴキリウス戦になるかもしれないこの状況で自然と笑っていた。

20.4.28 改稿

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