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初めての冒険

前回のあらすじ

引き続き、リア充爆発しろ。

同行者と交流中。


※冒険=あえて危険を冒すこと(by三省堂ポケット国語辞典)

 大半の人が大っ嫌いな家庭内害虫が出てきます。

 苦手な人は注意してください。

 アルス村へと向かうなら、普通、クナウ川に沿ってティルド山へ向かう。

 街道も整備された観光ルート。当初、朱里が行こうとしていたルートだ。

 だが、一般的なハンターがアルス村へ向かう場合は違う。クナウ川を離れてティルド山脈の麓へ向かい、山脈沿いにアルス村へ向かう。

 山脈の麓には森の人が住んでいるから道はあるが、ほぼ獣道のハンター専用狩場ルートだ。


「俺らは森へ向かう。

 理由は二つ。

 一つは朱里とシーキュイを鍛えるため。

 草原じゃめぼしい獲物がカーウィックしかいねぇからな。シーキュイは仕留められてねぇが、獲物にも相性がある……のかもしれない。獲物を変えて様子見だ。

 後一つは、金のためだ。

 俺らハンターは狩らなきゃ仕事にならない。仕事がなければ文無し。生きてけねぇ。

 ……そろそろやべぇんだよな。カーウィックじゃ腹は満ちても懐は寒いままだ。金になる魔物がほしい。

 つー訳だ。

 ここからは魔物を狩りながらアルス村へ行くからな。周囲の警戒怠るなよ。特に山側。奴らが来るのはそっちだ」


 シャンボークは森の入り口で一旦足を止め、全員に、特にハンターレベルの低いの朱里とシーキュイに注意を促した。


 森は木の一本一本が高く太くまた枝が長く広く延びているため、光が十分に入り下草も豊かに茂っている。もちろん、落葉も多く、基本、足下の色は茶色だ。

 良い森である。


 だが、そのため足下に何かいても気づきにくい。

 豊かな森だけあって、あちらこちらで得体の知れない動物の遠吠えや、甲高い怪鳥の鳴き声も響いている。それらの声はあちこちで反響して山彦も混じり、声の発生源が特定できなかった。

 たまに地響きもする。それが魔物によるものか魔法によるものかは鑑定しなければ分からないが、両方混じっているに違いない。


 今まできた道を振り返れば、まだすぐそこに草原が見える。森のごく浅い部分なのだ、ここは。

 けれども、朱里は今までの人生では当然味わった事のない、安全を確保されていない危険地帯に足を踏み入れている恐怖に背中をじっとりとした汗で濡らしていた。


「緊張してる?」


 テイジョウが朱里の袖を引いた。


「料理以外は兄頼りだったので」

「そう。でも一人で旅するなら慣れなきゃね。

 安全な場所で穫れる生き物はギルドの買い取り価格も安い。だからそれだけじゃ生活できない」

「ですよね」


 朱里は魔法鞄の中から、ここにくるまでに拾った手頃な石を三つ四つ利き手とは逆の手に転がした。


「近いぞ!」


 ハンジュが耳をピクピクさせ弓を構えた。

 連動するようにシャンボークは大剣を抜き放ち、シーキュイは短い双剣を、テイジョウは杖を構えた。

 朱里ももちろん、いつでも石を投げれるように身構えた。


 陣形はシャンボークを筆頭に中にシーキュイとハンジュ。尾にテイジョウと朱里だ。

 そう、朱里は最後尾だった。 

 だから始め分からなかった。

 人壁に遮られ、何にも見えていなかった。


 だが。


 最初はシクラメンの香りがやけに鼻につくなと思っていた。 


 その内、朱里の耳にもがさささ、と地面に落ちた葉の上をナニカが走る音が聞こえた。それは、周囲からも聞こえるような気がして朱里は首を巡らせた。


 姿はない。


 だが、音は聞き覚えがあった。


 ほ乳類ではない。ハ虫類でもない。もっと身近な、それこそ家の台所とかで感じる気配ー。


 朱里はぞわりと肌を粟立たせた。


 頭を一振り。

 考えを散らす。


 が、そのせいで人壁からはずれた前方左。やけにでかい葉が動いているのが見えた。見えて、しまった。


 距離はあるのに動きが見える。どれほど大きな葉っぱだと思っていると、その葉からみょーんと細い糸のような繊維が伸びた。


 ……違う。


今度は考えを認めたくなくて何回も首を振った。


「今年は街でも大発生してるらしいからなぁ」


 ハンジュが構えていた弓を下した。そしてなぜか下がってくる。


「ギルドにも依頼あったな。茶色だったが、百匹以上からの駆除依頼」


 自分のランクでもないのによく見ていると感心もできないでいる内に剣を仕舞ったシャンボークも下がってきた。

 代わりにシーキュイと朱里の背中が押され、前に出される。


「なぜか街のは小さくて、森のはでかいんだよねぇ」


 テイジョウのげんなりした声が朱里の横ではなく後ろから聞こえる。

 だが朱里にはその声に反応できる余裕はなかった。


 目は前方左から移動して真ん前に固定されている。


「まあ、でかい分、茶よりはレベルがないときついが、ちょうどいいな、シーキュイ。でかいだけだ。がんばれ、朱里」


 シャンボークは事も無げに言い放ち二人の肩に手を置いた。

 だが、シーキュイも朱里も返事はない。いや返せない。

 二人は目の前のこちらに近づいてくる一メートル程はあろうかという茶色の集団に顔色を無くしていた。




 目の前には地面を埋め尽くす巨大なゴキブリ軍団が迫っていた。




 先頭はこちらを警戒して一キロ先で待機している。

 朱里とシーキュイは生理的嫌悪から逃げようとしたが、シャンボークに先程がっしりと置かれた肩の手でもって下がることすら許されない。


 見つめ合う両者。


 先に動いたのは巨大ゴキブリの方だった。

 後方にいた巨大ゴキブリが進まない前方にいら立ったのか、追い抜きをかけたのだ。


 すなわち、飛んだ。


「「いやーーーーーーー!!!!!!!」」


 シャンボークが手を離すと同時に、シーキュイはうずくまった。

 朱里は持っていた石を巨大ゴキブリに投げつけた。


 石は過たず、巨大ゴキブリを撃ち落とした。


 それがきっかけ。


 朱里の世界のゴキブリとの違いが如実に現れる。


 一般的にゴキブリとは臆病な生き物である。何らかの気配を触手に感じれば、すなわち逃げる。

 羽は早々使えるものではなく、高い場所から滑空するのに使われる。

 暖い場所に水があればそれなりに生きられるが、寒い場所では死ぬ可能性もあり、一匹見つけたら三百匹と言われるのは、それだけ生き残る確率が低い故の多産の結果。


 それが朱里のいた世界のゴキブリだ。


 だから今、目の前にいるのがそのゴキブリであるのならば、会った時点で逃げる。飛ばない。追い抜かない。


 朱里の投石により打ち落とされたゴキブリはすぐ仲間に集られ覆われた。バキゴキと音を響かせて。


「……喰ってる……」


 朱里は青ざめた。

 こんなゴキブリ知らない。見たくない。

 だが暢気に観察できる暇はなかった。

 仲間を食べるゴキブリの周りを他のゴキブリ達がざざっと回り込んで前にでる。


「あーやばいな」


 朱里と顔を上げたシーキュイはそんなのんきなシャンボークの声を聞き、前に出てきたゴキブリに威圧され、後ろに下がった。

 ゴキブリ達は羽を広げた。

 朱里達はさらに下がった。

 ゴキブリ達は地面を滑るようにカサカサカサと音を響かせて進軍を開始した。


「って飛ばないの!?」


 朱里の言葉と共にゴキブリ達は空を舞った。


「よかったな。希望通り飛んだぞ」


 後方かなり遠くからハンジュの声が聞こえた。いつの間にかハンジュとテイジョウは朱里達の後ろから消えて遠くに避難していた。


「よかないよ!」


 それまでの対外的に採っていた当たり障りのない丁寧語がとれていたが、朱里は気づかなかった。

 そんな余裕ない。

 魔法鞄から今まで拾っていた手頃な石を取り出して投げつける。

 すべて的中。ギフト万歳!


 次々と空舞う巨大な体が地響きと共に落ちてゆき、地を這う者の行く手を遮ってくれるが、いかんせん数が多い。何とか近づけさせずにすんでいるが、それも時間の問題だった。


 一方、隣にいたシーキュイは、ゴキブリが空を舞うと同時に地に残ったゴキブリ達に突っ込んで行った。

 両手に持つ双剣でゴキブリの頭をはね飛ばす。

 カーウィックと違い、逃げずにこちらに向かってくる巨大な獲物を彼女が逃すことはなかった。

 頭と体をつなぐ関節の細い部分をうまく捉える身体能力と剣の切れ味の良さに任せた体力勝負の力技だ。


 ゴキブリ達は寄らば切られ、白い体液を辺りにまき散らしながら山となった。


「いやー!もうーっ!なんなのよ!この白い体液ー!気持ち悪いー!」


 全く持ってよく動き、よく叫ぶ。

 隠蔽を全く必要としない狩場では、シーキュイは強かった。


「そいつら、町のと違って人も食うから気をつけろよ!」


 どこからともなく、シャンボークの声がする。見つけることは出来なかった。

 が、その忠告は二人に新たな嫌悪感と恐怖を与えてくれた。


「もー!!!「「いやーーーーーー!!!」」「こっち来るな!」「馬鹿ーーーー!!!」」


 朱里とシーキュイの罵声が入り交じり、山の麓に響いた。しかし当然ながら二人の周りのゴキブリ達は斟酌せず、二人を波のように襲う。


「「やだー!!!」」


 二人は武器を振りかざすしかなかった。

 今の所、二人は何とかゴキブリを退け、襲われることなく均衡を保っていた。そう、今の所は。


 白い体液まみれになりながらも戦うシーキュイに投擲が攻撃方法で良かったと内心思っていた朱里の形勢逆転がまずやってきた。


 石が尽きた。


「……投げるものー!」


 朱里は叫んで逃げた。

 逃げながら周囲に目を走らせる。


 ふっかふかの落ち葉と暖かい日差しに育てられた下草が広がっている。

 朱里の背丈の半分の太さはある倒木には苔。

 所々に大きな岩が転がってはいるが、小石はない。

 松ぼっくりのような木の実はあるが、しけてふやけている。


 この山に殺傷能力のある手頃な大きさの投擲物はなかなかに少なかった。

 特にこの焦って視界が狭くなっているこの状況では見つけられる物も見つけられない。


 そして巨大ゴキブリに囲まれた。


「氷球!」 


 朱里は左手で握れるサイズの氷の固まりを魔法で作り出した。


 だが、彼女は森の人だ。

 異世界から来たと言っても、サイに用意してもらった今の体は間違いなく正しく森の人だ。サイから他の同族より多い体力を貰っていても、寿命までの不死を貰っていても、森の人でしかない。


 森の人の魔力はほとんどが肉体強化に当てられるため、他の魔法に使える量は少ないのが普通だ。つまり、森の人である朱里は五、六個氷の固まりを作っただけで魔力が尽き、嫌が応にも肉弾戦に突入せざる得なくなった。


 とはいえ、前の世界で武術を習っていたわけでもない、ごく普通の女子大生の肉弾戦などたかが知れている。


 むちゃくちゃに殴って蹴る。

 それでも肉体強化された森の人の身体能力はすばらしく、がむしゃらな蹴りや拳は当たればそれなりの威力を発揮した。

 ゴキブリが退いたり、白い体液を吹いてひっくり返ったり。

 でもそれだけ。

 すぐに前を飲み込み、乗り越えやってくる波に、そのスピードと数に朱里は絶体絶命に追い込まれた。


 丁度その頃。


 投擲の様に投げる物が尽きることのない双剣と言えど、粘つく白い体液をかぶり続ければ切れ味も鈍る。鈍れば一撃即殺など難しく、余計に避けたり剣を振るったりしなければならなくなる。結果、体力の消耗は激しくなり、その割に撃退出来る数は減る。

 体力は有限である。

 サイからいろいろギフトを貰って異世界から来た朱里とは違い、生まれてこの方この世界の住人であるシーキュイの体力は、ごく普通の、否、聖女としての仕事ばかりで野良仕事をしてこなかった分、一般的な田舎の草原の人よりも体力が少なかった。


 シーキュイの体力に限界がきた。

 数で押してくるゴキブリをスピードで捌ききれなくなってきたのである。


 双方、別々の場所で押され囲まれ迫られて。もう無理だと思ったその時、


「うぉらあああああ!」


 二人を避けて目の前を風が通った。

 瞬間、ゴキブリ達が次々と切り飛ばされていく。


「シャンボーク!」


 シーキュイのほっとした嬉しげな声が離れた所で聞こえた。


 多分、シーキュイにすれば危機的状況を助けてくれたヒーロー出現的なヒロイン側のうれしさを味わっているのだろうが、原因もそいつだと言うことを忘れてはならない。


 朱里は眉を寄せた。


「伏せろ」


 最初のシャンボークの攻撃を飛んで避けたゴキブリ達は、ハンジュの忠告と共に何の魔法だか一射でことごとく射抜かれ、


「燃えろ」


 シャンボークとハンジュが取り残したゴキブリはテイジョウの声と共に灰となった。


 白濁まみれになった朱里は、先ほどまでの朱里とシーキュイの戦いとは違う、圧倒的な力の差を持って討伐されていくゴキブリ達を呆然と、腰を抜かして見上げていた。

20.4.28 改稿

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