管理者たちの憂鬱
そこは白い空間だった。
空中にテニスボールからバスケットボールまでの大小さまざまな球体が浮かんでいる。転がったり、ぶつかり離れたりしている。黒かったり青かったり赤かったり、カラフルな球体だ。
その自由に動き回る球体達には世話人がいた。
色とりどりの布で体を覆い、髪も皮膚も銀色の人々だ。一時期流行ったいわゆる宇宙人によく似ている。
表情が動かないため、人間には感情が読み取れないが、彼らは今、言葉を交わし、身振り手振り目の動きで心を伝え、目前に立ち塞がる問題に対処しようと右往左往していた。
「局長!」
呼ばれた世話人の一人は、銀色の顔を鈍く曇らせて、問題を抱えた紙の束にため息をついた。
部下の声に振り返る。
「どうしました?」
局長と呼ばれた人は部屋に転がり込んできた部下を落ち着かせるために、わざと落ち着いた声を出した。
明らかにまた問題が増えると確信していた。
頭痛が増した。
正直、もう勘弁してくれとさえ思っていた。
けれど局長と呼ばれる立場上、そんなことはおくびにも出さなかった。
みっともない上司は誰だって嫌だろう。
局長には意地があった。
「召還魔法です!」
その一言で、理想の上司たる努力は空しく瓦解した。
局長の顔が強ばる。
重大事件だった。
「どの宇宙です!?」
「Eー1からD-2です!」
「隔離急いで!」
「他の宇宙を巻き込ませるな!」
部下の叫びのような報告はその部屋一杯に響いていた。
世話人達はさらに慌ただしく、局長も含め、緊張感を孕んで動き出す。
「この前みたいなのはごめんだよ~」
白い空間を緩やかに飛び跳ねているEー1とDー2と名付けられた宇宙を捕まえて他の部屋に放り込んだ職員が祈るように呟いた。
「二ヶ月前のあれですか」
「あれです」
「確かにごめんですな」
他の球体を隔離部屋から遠ざけていた別の世話人達が言葉を拾い、同意する。局長も、言葉には出さないが他の職員たちも、だ。
二ヶ月前ーー。
「召還魔法です!」
同じ言葉で始まったその時、局長も職員もそれ程慌てなかった。
召還魔法が行使されることはよくとは言わないがたまにあることだ。一つの球体内で行われるか、二つ以上の球体間で行われるかの違いはあったがやることは変わらない。
対象となった球体以外を離して、ぶつからないように注意してやればいい。
慣れていた。油断していた。気を抜いていた。
けれどこの日、いつもの召還魔法だと対処し、行使された召還魔法は不完全なものだった。
不完全に未完成な召喚魔法は暴走した。
召喚魔法が掛けられた宇宙の球体そのものが引っ張られた。
ぶつかった二つの球体は爆発した。
衝撃は、離していた他の宇宙の球体にも開闢レベルの天変地異をもたらす被害を出した。
球体達が置かれている部屋にもひびが入った。
世話人達には大なり小なりの怪我人が出た。死者が出なかったのが幸いだった。
その事故の結果、それらを重く見た政府にこの施設自体が危険視されてしまった。
あれから二ヶ月。
局長は釈明と今後の対策に追われた。今も追及を受けている。
施設と生き残った宇宙達は、閉鎖と廃棄の危機に未だ立ち続けている。
施設の存続のため、ここで問題を起こす訳にはいかない。
前回の二の舞は論外である。
故に全員緊張し、固唾を飲んで召還魔法を彼らの信ずる者に祈りながら見守った。
果たして、
「終了ー!!!」
赤いレーザー光線の様なものがE-1からD-2に伸び、消えた。
しばらく待っても異変はなかった。
局長の歓声に職員全員が声を上げた。
「やったー!!!」
Eの担当者とDの担当者がそれぞれの宇宙に問題がないか確認する。
ここで問題があれば、閉鎖と廃棄だ。
浮かれる周囲をよそに二人は砂一粒見逃さない勢いで異常の有無を探した。
そして、
「あ、やっばいっす。局長」
Eー1を持っていた担当が、その軽い言葉とは対照的に絶望した顔を局長に向けた。
「え?」
局長は固まった。
17.8.1 1話と2話を入れ替え。
20.4.25 改稿