その6 新聞部の失恋
「・・・・・・さて、どうしようかね。もう年も明けて、私達にも引退っていう時期が近づいているけれど」
「次期部長決めなきゃね」
「技術的な面は俺達よりも遥かに優れているから心配ないな」
私、栞、ガクの三人はスタバにて2年生のみの会議を行っていた。内容はまあいたって単純、次年度の部長を誰にするか。
「まあ、消去法的に匠くんしか居なくない?」
「消去法とか言わないの、栞」
「だって奏は結構マイペースだし、編集長よりもデザイン担当の方が良さそうだし。仁は仁だし」
「仁を外す理由が理由になってねーぞ」
ガクはそう言って抹茶プラペチーノを飲んだ。結局匠に部長は決まり、栞はそろそろ引き継ぎを行う、と言った。
「今年の後輩は皆ほぼ初めは素人だったけれど、皆この活動が好きだったわね。やっぱり"好きになる"って大事な事だなって思ったわ」
「次の後輩もそうだったら良いけどね」
「それはどうかな。俺達にとっちゃあまり手のかからない後輩だったから、次は大変かもしれないよ」
ふん、とガクは鼻で笑った。まあ確かにどっちかと言えば私達は栞部長に振り回されていた。匠くんが部長になったらどんな部活になって、どんな後輩が入るんだろう。引退してもまだ私のことを好きでいてくれるのかな。何だか関係の無い悩みの種が生まれてしまった。
「じゃあ俺これからオフ会だから帰るわ」
私達二人を置いてガクは帰っていってしまった。栞は私のことをちらりと見るとさっきまでと顔つきを変えて尋ねてきた。
「最近嵯峨くんとはどう?」
「どうって・・・・・・特に変わったことは何も無いよ」
「・・・・・・さっ、近いうちに杏の彼氏に部長の役を務めてくれるかどうか頼みに行かないとね」
「・・・・・・何かあったの?」
栞の声には何故か元気が無かった。栞は私の顔を見て少し笑い、そして静かに言った。
「振られちゃったの」
「振られた?・・・・・・栞が?」
「うん」
栞が告白?そして振られた?いや実は付き合っている人がいて、別れた?いやいやいや。栞が彼氏の話をしたことなんて一度も無かった。
違う。やっぱり栞は誰かに想いを伝えたんだ。こんなに寂しそうな表情の栞は見たことがない。
「告白、したの?」
「ええ」
「誰に?・・・・・・まさか・・・・・・市来くん?」
自然と思いついた名前を栞に言うと、彼女はまた困ったように笑ってうなずいた。
「ええ」
「・・・・・・ええっ」
「何で驚くの?何に対して驚いてる?私が告白したこと?」
「い、いや・・・・・・市来くんの答えに・・・・・・」
「仁は杏に、私が好きだとか言っていたの?」
「ち、違うけど・・・・・・何か、意外だなぁって。だって栞と市来くん結構仲良かったし」
そう言うと栞はうつむいて、今まで全く口にすることは無かった市来くんに対する気持ちを話し出した。栞の話には色々と驚かされっぱなしだったが、今回もまた私は驚かされることになる。
栞は、朝に市来くんを部室に呼び出して話をしたんだとか。自分よりも背が高い市来くんの前に立って、彼の顔をじっと見つめた。私と付き合わない?だとか、仁のことが好きなのとか、そんな在り来りの言葉を言おうとした。でも、何も察することは無くただ目をパチパチさせている市来くんを見たら、思わず顔を近づけてしまったらしい。
栞は少し背伸びをしてキスをした。閉じていた目を開けると、市来くんの顔が少し赤くなっていた。
「初めて・・・・・・じゃないですよね?」
「初めてだよ」
その途端市来くんは顔色を変えて、何回も謝ったらしい。それを見て、栞は彼の答えがわかった。彼の答えは至って単純なものだった。
「・・・・・・先輩のこと、そういう風に見たことが無いです」
「じゃあこれから・・・・・・」
「俺は先輩とは釣り合いません」
自信なさげにそう答える市来くんに、栞はそっぽを向いて話し出した。
「私はさ、今更自分のことブスとか言っても皆から嫌われるだけだからもう外見のことは認めてるんだけど。皆は私の表面しか見てくれていないの。だから今まで色んな人の想いを断ってきたけど。仁は・・・・・・」
「俺は確かに分かりますよ、栞先輩の色んなこと。意外と短気で喧嘩っ早いことも、無計画で俺達を振り回すことも。変なところだって知ってます。でも、先輩は俺にとっては救世主・・・・・・じゃなくて、師匠みたいなもんなんですよ」
「師匠?」
「はい。師匠と弟子は恋仲にはなれないじゃないですか」
「・・・・・・じゃあさ、仁に好きな人ができたら私に会わせてよ。私がその子に追いつけるかどうか見極めるから」
「・・・・・・わかりました」
「約束よ」
「約束です」
一通り話を本人の口から聞いても、やはり二人の関係は私にはよくわからなかった。付き合っちゃえば良いのに。そう観客は思うけれど、なかなか上手くはいかないんだよね。
「何だかちょっと悔しい」
「市来くんも罪な男よね。栞を振るだなんて」
「でも良いの。逆に何だか仁らしいし」
「良いの?栞はそれで」
「うん。良いの」
栞はゆっくりと息をついて、手に持っていたプラペチーノを飲み干した。
「仁は優しすぎるの。もっと言ってくれても良いのに。ずるい男だってつくづく思うよ」
引退まであと、一ヶ月。