その5 新聞部の改革
「連文祭の反省を受けて、少しファンファーレの改革を行いたいんだけど」
「改革?」
「今度は一体何をおっ始める気だ布良さん」
連文祭、入賞をするためにいつもよりも丁寧かつ慎重に新聞を作成した結果、日常との違いがバレたのか私達は何も得ることができずに終わった。
「写真の質をもっと上げようと思うの」
何故、とガクがぼーっとしたような顔で頬杖をついて栞に視線を向ける。必要ない、と言いたげである。
「だってコピーするとモノクロになって写真潰れちゃうじゃない。こんなの先生達が発行するちゃちい学年通信と同じようなものじゃない」
「カラーにするってこと?結構お金かかるよー栞。部費跳ね上がるよー」
今回ばかりは私も簡単に賛成せずに言った。すると栞はうなった。
「でもせっかく一眼持っているのに、なーんか上手く使えていないような気がするのよ」
「新聞部の活動紹介みたいな感じで、上手な写真の撮り方とか記事にするのも面白いんじゃないですか?」
そう言い出したのは匠だった。それを聞いて数秒後、栞は手を叩いた。それで良い、という合図だ。
「良いわね!!じゃあ早速誰が一番センスがあるか決めましょう!!」
「センスがあるか無いかは誰が判定するんだい?」
ガクがいつも通り口を挟んだせいで沈黙が流れた。私はすかさず助言した。
「やっぱ写真は写真部じゃない?リアルの人に聞くのが一番面白いと思うよ」
ということで私達は写真部の小さな部室を訪ねることになった。交渉が得意なのはもちろん栞だから、栞が先陣切って部室のドアをノックすることになった。何故か私と市来くんまで連れてこられた。
「何で俺まで」
「仁だって読者コーナーの担当でしょ。交渉くらい上手くできるようにならなきゃ。私の後継になるんだからね」
「栞先輩アポは取ったんすか、アポは」
「アポなんか取ったら相手にしてくれないことは分かってるの」
「ええ・・・・・・でも確か写真部って文芸部に変わる逃げ部活、って言われてませんでした?」
逃げ部活、というのはその名前の通りである。部活入部が強制のうちの高校にとっては必ず一つはできてしまう部活だ。前は文芸部がその位置だったが、生徒会にバレて廃部となった。文芸部が廃部になったのもつい最近の話で、文芸部員達は最も活動が少なく見える写真部に流れたのだった。要はまあ、そういう感じの人達が多い。
「しかも今の新聞部の部長って確か、二年生の大将みたいな人じゃなかったですか?」
「見た目はね」
「喧嘩して拳一発彼に食らったらぶっ飛びそうな」
「だから見た目はね・・・・・・駄目よ仁、人は見た目じゃないんだから」
部室のドアを栞がノックして開けると、中には部員が4人居た。さっきまで市来くんが話していた大将的部長と、その後輩だ。別に活動をしているわけではなかった。トランプを持って輪を作っていた。部長以外の3人は口をぼーっと開けていた。
「折り入ってお話がありまして」
そう栞が切り出すと、部員は顔を見合わせた。すると部長が市来くんを指さして言った。
「俺が抜けると勝負が成り立たねぇ。お前、ちょっとこっち来て俺の代わりにやってくれ」
市来くんがえ、と少し戸惑った表情を見せたが栞がすぐに背中を押した。市来くんは他の一年生の部員(全員男子だ)の輪の中に入った。その途端大富豪が始まった。
部長は気難しそうな表情をして腕を組んで私達の話を聞いた。
「写真の質を上げたいから俺達写真部の力を借りたいと・・・・・・」
「そう、そういうこと!」
「・・・・・・その前にだな、俺達は前々から言おう言おうと思っていたんだがな・・・・・・」
部長は次の言葉を言うまでに時間を溜めた。言葉を選んでいるのか?いやでもそんな酷いことを私達に言う気なのか?
「写真が上手く撮れるだ撮れないだの前に、お前達の新聞の写真は潰れてて何を写してるんだかさっぱりだ」
「八切り!!」
私達の沈黙を破るかのように大富豪中の後輩が叫んだ。なおも部長は言葉を続けた。
「せっかく人物を写しているのにその顔が見えなくておまけに不気味に写ってしまっている。それに俺は知っているぞ。連文祭の新聞コンクールには、写真が美しいと頂ける特別賞が設けられているということ。最低限それくらいは取ってほしいと思っていた」
「も、もしかして、新聞部希望だったの?」
私がおそるおそる尋ねると、その通り、と部長はゆっくりうなずいた。
「俺は写真が好きだ。だから入部試験で写真の話をしたら、写真部へ行けと落とされた。俺は新聞部にはこういう人間が必要だと少なからず思っていたんだ。それとな」
「・・・・・・はい」
「いくら写真部が逃げ部活と言えど、アポの1つくらい取るのが常識なんじゃないのか?お前達は遊びに来たんじゃなくて、こう依頼をしに来たわけだ」
「ごめんなさい、今度からちゃんと事前に確認を取ります。・・・・・・その、困りますもんね?大富豪とかやってるの見られると」
栞が少し冗談を混じえて言うと、大富豪組からまた声が上がった。
「縛り!」
部長は少し困ったような顔をして口をもごもごとさせた。
「・・・・・・見ての通りうちは部員数は多くても実際に部活に来る奴はこのくらいの人数しかいないのだ。兄貴と慕ってくれるのはあいつらだけでな」
「何なのここの部活・・・・・・組か何か?」
私は思わず呟いてしまった。しかし部長はそれには触れずに話を続ける。
「俺についてくるのは男・・・・・・野郎どもだけだ。写真部はいわゆる逃げ部活と化しているのではないかと生徒会が目を光らせている。生徒会はこうやってアポ無しでいきなり訪れる。その時に部員が5人も居なかったら廃部になるかもしれん。だからあの大富豪で負けた奴が女子達を呼びに行くシステムだ」
「まあ女の子はついてこないわよね・・・・・・そういうのには」
「・・・・・・それでだ。話を戻すが、お前らは写真の質の前に掲載で失敗している。それだと質も何も無い。新聞部に高岡学・・・・・・ガクがいるだろう?あいつをパソコン部に派遣しろ。それで写真加工やら何やら教えてもらえ、詳しく」
「パソコン部?!」
「レイアウト担当はガクで間違っていないだろう?というかパソコン部は男しかいないから行くなら男が良い」
「わ、わか、わかった。すぐにガクが派遣できるか聞いてみます」
「革命!!」
大富豪組の一人がそう叫ぶと、市来くんが何っ、と言った。市来くんが負けたところで、私達も写真部をあとにした。
そして数日後。パソコン部に無理やり派遣されたガクは疲れきった顔で部室に戻ってきた。ただただ奏は行かなくて本当に良かった、とだけガクは何度も言っていた。詳細は私達には話してくれなかった。パソコン部のおかげで印刷しても写真が潰れなくなった。凄い!と奏が叫んだ。
「布良栞」
そう言って部室のドアを開いたのは写真部の部長だった。部長は写真コンテストを行う、と言った。
「この前大富豪に負けた奴がいただろう。お前には規則通り女子を部活に来させてほしいのだ。その際、人物写真のモデルになってくれるよう頼め」
新聞部と写真部合同の写真コンテストは中庭で実施された。写真部の女子5人組はモデルを引き受けてくれた。
トップバッターは奏。撮るよー、と奏は声をかけ女子達に自由にポーズを決めさせた。うむ、と写真部部長はうなずいていた。悪くはなさそうだ。
次は匠。匠は真剣な顔で一眼を覗いて手で色々と示した。
「あーもうちょっと左。一番左の人ちょっと顔が隠れてる。角度は斜めに撮るよ」
「今の後輩二人は誰に対しても同じように接することができるな。写真を撮ることは、コミュニケーションをとることでもあるのさ!」
「随分写真にうるさいのね、あなたは」
「それを言うなら布良栞、お前もだろう。あなたは新聞を愛する女だ」
「よくわかっていらっしゃる」
匠の次は市来くんだった。市来くんはカメラを持ちながら手を振った。女子達は市来くんの言葉に自然と笑いながらポーズを決めてくれる。
「撮るよー。おっいい感じだね・・・・・・そうそうもっと目線ちょうだい?・・・・・・じゃあ今度は流す感じでね。良いよー今の顔、最っ高。輝いてるよぉ皆。さぁもっと大胆に体を―」
「タイム!ちょっタイム!!」
そこへいきなりガクが現れて口を挟んだ。そして市来くんの肩をバシンと叩く。
「仁、お前はグラビア撮ってるんじゃないんだぞ」
「わかってますよ」
「仁の撮り方は女にしか通用しない。おい匠!お前がモデルになれ」
匠はしぶしぶガクの言うことに従い、カメラを構える市来くんの前に立った。嫌そうな顔をして立つ匠を見て奏が声を上げて笑った。別のところでは女子5人組が女子トークにふけて笑っている。奏もあんな風に女子会をすることがあるのだろうか。
「奏も友達とああやって女子会したりするの?」
軽い気分でそう尋ねると、奏は少し笑いながら首を振ったのだ。
「私は女の子の友達、あまり居ないので。というか、そんなに必要に思わないって言うか」
「そうなんだ。でも、今のうちにね勉強もだけど遊びに行くのも良いと思って」
「私にはロゴマーク達がありますから。それが彼氏みたいなもんです。私、自分がやばい奴だってこと、自覚してますから安心してください」
「・・・・・・そう。私はやばい奴、結構好きよ。それに絶対、ロゴマークが好きな奏のことを好きな男もいるに決まってるよ」
「そうですかね。でも」
笑って答える奏からは全く不安や寂しいという気持ちが見届けられなかった。
「今は嵯峨さん達がいるから、全然寂しくないです。・・・・・・これからもずっと、仲良くして欲しいなぁ」
写真コンテストの一位は嵯峨くんだった。というか上位を殆ど後輩で占めていて、来年度は写真について心配は無用のようだ。
奏ー、と市来くんが手招きをして奏は私の隣から向こうへ行ってしまった。いつの間にか1年生の撮影会へと変わっていた。
彼らは仲が良い。私達よりもずっと。
「たくさん写真を撮って、もっとファンファーレを改善していかなきゃね!」
栞はいつでも元気だった。今年最後の部活はあっという間にやってきて、冬休みに突入した。