その2 新聞部の救世主
部室に戻ると、栞がうろうろと歩き回っていた。先ほどのことについてやはり後悔している点があったのだろう。
「兼部よ、兼部制度を作って新聞部とどこかを兼部してもらえばいいのよ」
「そんな学校のルールなんて簡単に変えられるんですかー?」
半分心配声で奏が栞に尋ねた。すると栞の代わりにガクが回答した。おまけに完璧な模範解答で。
「無理無理。常識人じゃまずもって簡単には変えられない。しかも生徒総会は10月、体育祭が終わった後すぐ。しかもしかも俺達新聞部には連文祭というビッグなイベントがある」
「何だ布良。革命でも起こす気か」
「た、多田先生」
いつの間にかドアを開けて入ってきていた多田は鼻で笑った。多田は私達の顧問の先生。担当科目は現文。稀にしか顔は覗かせず、意味不明なことだけ言って去っていくのが先生だ。
「まあ良いさ。生徒会に盾突いて新聞部が廃部になった暁には、俺の立場が少し軽くなるからな。新聞部の顧問っていう」
「ひどい!!」
「先生、何か良い案無いですかね?部員が少なくて、生徒会に目をつけられているんですよ、私達。これガチの話ですよ」
どうしようもなくなり私が多田に助けを求めると、多田は腕を組みながら言った。
「・・・・・・どうにかなる。最低基準は達している」
「速水氏は聞く相手間違えてんだよぉー」
「うるさい!」
「でも俺も多田ティーの言うことに一理あるぜ。なるようになるさー。多分ね」
「その多分って言葉のせいで私達は生徒会に揺すられてるんでしょーが!!」
「揺すられてるって言葉がなかなか黒いよ速水氏」
しょんぼりとしながら栞は自分の椅子に腰掛けた。そしてぼそりと呟いた。
「あーあ、転入生でも舞い降りてくればなぁ・・・・・・」
「まだ五月だしこんな早い時期に、しかも高校に転入生なんか来るわけないでしょ・・・・・・」
「あ」
不意に匠が思い出したように声を上げ、多田ティーも含めた私達は一斉に彼に注目した。彼はきょとんとした顔で栞に一言言った。
「来ましたよ、転入生。ちょうど今日」
「えええええええっ?!?!?!」
そう叫ぶ他何も無かった。そして、栞が続けて叫んだ。
「その転入生、新聞部がもらいましょう!!まだ間に合うはずよ!!」
「で、でも絶対入りたい運動部とかある人だったら・・・・・・」
「そんなことは会ってから考えましょう?私が勧誘に行く!きっと何とかなる!!」
翌日。栞は本当にその転入生とやらに会いに行った。匠と同じクラス、ということで私も少し覗きに教室までついて行った。あまりよく覚えていないけれど、転入生の第一印象はどこかを遠くを見てぼーっとしていたってこと。何かに思い悩んでいるような顔にも見えた。こんな早い時期に転入してきたんだから、訳ありなのは当然だ。
実際にその時話したのは栞だけだったから、どんな様子だったかは栞が教えてくれた。
栞と転入生は静かに話す為に屋上へ行ったという。普通の男子なら栞と二人きりになんかなったら、大変なことになるが彼はそうでもなかったらしい。冷静さを保っていた、らしい。
「私、新聞部の部長なの。うちの高校、部活が強制なこと知ってるでしょ?」
「ああ、知ってますよ。変な決まりですよね、俺は帰宅部だったので」
彼は整った顔をしていたが、目つきは悪かった。髪には少し茶髪が混じっていて、転入二日目にして制服の着こなしは乱れていた。一瞬ヤンキーか何かだと思ったとか。でも先輩に対してはちゃんと敬語だった。
「・・・・・・それだけを教えるためにわざわざ俺を呼び出したんですか?」
「いいえ。・・・・・・あなたに新聞部に入部してもらいたいの。部長直々の推薦よ、どう?」
「何で俺なんかが新聞部に?しかも俺、まだここに来て今日で二日目。学年も違うのにどうやって俺のことを知ったんですか」
「貴方と同じクラスに、私の後輩がいるから。入部届に名前を書いてくれるだけでいいの、お願い!うちの部活、部員が足りなくてギリギリなのよ。このままじゃ廃部になっちゃうかもしれないんだ」
「・・・・・・考えておきます。あんまり乗り気しませんけど」
「考えてくれるだけでも嬉しい!!もしも入ってくれたら、貴方はうちの部の救世主よ!私は、二年の布良栞・・・・・・貴方は?」
栞が変に前向きだったからなのか、しばらくの間彼は黙っていたらしい。でも栞が投げかけた言葉にはちゃんと返事をした。
「俺は、市来仁。・・・・・・あの、俺と同じクラスの新聞部の奴の名前とか、教えてくれたり」
「その子はね、嵯峨くん。嵯峨匠くんよ。面白くて良い人だから、仲良くするときっと良いことあるよ。じゃあ明日、またここで!」
「えっ明日?!?!」
市来くんの驚いた声を無視して、栞はその後すぐに屋上からの階段をかけ降りたんだって。その後知った話だけど、市来くんは栞に個別で呼び出しされたことで他の男子から色々と聞かれたりしてついでに友達がたくさんできたらしい。栞は何だかんだで幸運を落としていっているような気がした。
でも翌日、栞は昼休み先生に呼び出されてしまい行けなくなった。
「屋上できっと待っててくれてるから、一人で放っておくわけにはいかないの」
そう栞は私に言って、私に市来くんと会ってくるように頼んだ。私が屋上のドアを開けると、そこには彼以外誰もいなかった。彼は壁に寄りかかって、タバコを吸っていた。・・・・・・タバコ?!?!
「あ」
「え」
私を見ても慌てる素振りは無く、市来くんは携帯用灰皿にタバコを入れて胸ポケットにしまった。
「新聞部の人ですよね?すみません、なかなかやめられないんです。だいぶ本数は減ったんですけどね」
市来くんは困ったように笑って見せた。あれ、この人意外と怖くない。おまけに目つきが悪いって感じはあまりいない。
「目つき悪いって何か・・・・・・噂に・・・・・・」
「ああ、俺目が悪くて。昨日やっとコンタクトデビューしたんですよ」
「へ、へぇ・・・・・・何か、栞が・・・・・・あっ部長が変に強引でごめんね。今日は呼び出しされてて私が代わりに来たんだけど。私は速水 杏。市来くん、だよね?」
「はい。・・・・・・だけど安心しました。昨日はちょっと疑ってたんですよ、部長さんのこと。だってあんなに綺麗な人だから、やばい部活かと思って」
私みたいな女子が来たから安心したってこと?遠回りにひどいこと言ってない?この人。
「俺、本当に名前貸すだけでいいんすか」
「え・・・・・・いや、勿論部員になってくれたら部活には参加してくれて構わないし。新聞部って地味そうに見えて、結構楽しいよ。たまにでも来てくれれば、それでいいから」
「ふーん。良いのかなぁ、新聞部」
「まあ、部室は禁煙だけどね・・・・・・」
すると市来くんはいきなり声を上げて笑った。
「禁煙の方がありがたいです。あの、部長さんに言って欲しいんですけど。嵯峨って奴、なかなか面白い奴ですって」
「うん、わかった。じゃあ・・・・・・」
「入部のことは部長と直接また話します。あの人には敵わなさそうって思ってるんですけどね」
そうして、本当になるようになってしまった。市来くんは新聞部に入部し、栞がいつも担当していた読者コーナーの担当者となった。まあ、ちゃんと来るかどうか分からないけど。これによって、栞と生徒会長の冷戦もひとまず終戦を迎えた。
よくわからないけど栞は一方的に市来くんのことを気に入っているらしくて、よくいじったりからかったりしていた。一応市来くんは新参者だけど、匠や奏とも結構打ち解けて思っていたよりも部活に顔を出すようになっていた。ちなみに、市来くんにも入部試験はあった。俺が入部したことで新聞部が救われた、それがスクープだったらしい。
市来くんはただの男じゃない。そう栞が何回も言っていたことも思い出した。