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第七話

 シルバは地面に突き刺さった剣を支えにして立ち上がる。

 確かな力強さで地面を踏みしめ、地面から剣を引き抜いた。


 ――次の一撃にかける。


 もう退くことはできない。

 腹からこぼれる血を左手で押さえつけ、走り出した。


 対して、世界樹は煌めく。

 先ほど同様クリスタルの欠片を放ってきた。


 欠片の一陣を剣の一振りで弾くと、追撃を横に飛び退いて避ける。

 地面を転がり立ち上がると、そのまま世界樹を回り込むように走った。

 同時に世界樹と自分の間の地面に小さな魔方陣を幾つも展開させ、走りながら炎の壁を作り出す。

 小さな欠片は炎で吹き飛ばし、大きな欠片は剣で防ぐ。


 欠片で裂かれ、炎で焼ける。

 常に痛みを訴える体に鞭を打ち、けれど勝利のその先に生はない。

 どこまでも孤独で、どこにも救いはない戦いだった。

 周囲に音はない。

 この世界には自分一人だけだと錯覚するような環境で、

 しかしそれを、雪の一粒が否定する。

 朦朧とする意識を雪の冷たさが覚醒させる。

 雪を通して、スノーの泣き顔が目に浮かぶようだ。

 戦って欲しくないと、傷ついて欲しくないと、そう叫ぶ声が聞こえるようだ。

 傷ついた人を見て、心にその人よりも大きな傷を負う彼女だから、

 こんな姿は見せられない。

 長い時をスノーと過ごして、彼女の成長を見守ってきた。

 それはかけがえのない日々であり、生きる希望であったのだ。

 ならば、こんな最期も悪くない。



 シルバは世界樹へと突っ込む。

 周囲を炎で覆って真っ直ぐに。

 左の肩を欠片が裂く。

 右の耳を欠片が吹き飛ばす。

 右太ももを欠片が貫き地面に膝を着く。

 しかし、


 ――着いた。


 世界樹の前、シルバはついにたどり着いた。

 これで、どんな魔法でも外すことはない。


 ここにいれば、命はない。

 けれどもう、命は要らない。


 紫のクリスタルが、自分に狙いを定めているのが感じ取れる。

 シルバは口を歪めて笑った。


「我が心臓を捧げる!

破滅魔法よ! 世界樹を解き放て!!」


 衝撃がシルバを襲う。

 身体中から全ての力を抜き取られたように体が揺れ、視界が歪む。

 何か大切なものをなくしたという喪失感。

 徐々に、心臓の力は失われていく。


 しかし視線を上に向ければ、確かに応えてくれたようだ。


 まるで一つの太陽のように、高台を越えて更に大きく、特大の火球が空に浮かんでいた。

 火球は周囲を明るく照らし出す。


 ――私もろとも、凪ぎ払え。


 火球が落ちる。


 世界樹は生き物のように体を蠢かせた。

 どこから出しているのか、世界樹は、絶叫した。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 再び煌めくと、火球に向けてクリスタルを打ち出す。

 クリスタルは火球の表面を抉り、波立たせ、飲み込まれる。


 無駄な抵抗だろう。

 そう思えた。

 その光景を目にするまでは。


 世界樹と火球の間。

 無数の赤い魔方陣が現れる。


「なっ......」

 

 シルバはその時、思い出した。

 フードを被った者の言葉。


『その血肉はまさに人々の思いと反する呪いのようなものだった』


 魔力は思いの力。

 怪物の呪いはつまり、


 ――魔法が扱えた。


 怪物の呪いがその魔法を選んだのは、シルバの全てを嘲笑(あざわら)う残酷さゆえだったのかもしれない。

 赤い魔方陣からおびただしい数の火球が放たれた。

 凄まじい轟音が鳴り響く。

 目を開けてはいられない程の光が炸裂する。


 特大火球の勢いは、小さな火球の群れに徐々に相殺されていく。


 シルバはただ見ていることしか出来ない。


 しかしぎりぎりのところで、特大火球は世界樹にたどり着いた。


 特大火球が世界樹にぶつかる。

 今まで以上の衝撃が大地を揺るがした。


 シルバは地に伏せ、堪え忍ぶ。

 空気の熱だけで体が焼けてしまいそうだ。


 光が弱まりゆっくりと目線を上げる。


「ばかな......」


 目の前には無傷でたたずむ紫色の世界樹があった。



 シルバは剣を離し、両手両膝を地面について頭を垂れる。

 シルバにはもう何も残っていない。

 全ては、終わった。

 



◆□◆□◆□◆




 突然現れた特大の火球。

 そしてそれに対抗するように現れた、小さな火球の群れ。


 どちらにしても、スノーにとっては不安に心を掻き乱す要因になった。

 何が起こっているのか分からない。

 自分ではそれを知ることも出来ない。


 どうしてもシルバの側に行きたかった。

 なぜ、どんな方法を使ってでも一緒に行かなかったのか。

 後悔が波のように押し寄せる。

 シルバの姿が見たかった。

 シルバの無事を確認したかった。

 何度も何度も心の中で、シルバの言葉を反芻する。


 ――必ず返ってくる。


 あのとき、シルバを信じた。

 今も、信じている。

 だけど、シルバは絶対に、国やスノーのことよりも自分を大切にはしてくれない。


「っ......」


 声が出せない。

 不安を外に吐き出せない。


 涙が溢れる。

 目からこぼれた大粒の涙は、すぐに凍って床に当たって砕け散った。


 細かい、氷の割れる音が室内に響く。


 スノーが残せる物はもう、きっとこの涙だけだ。


 自分の力を越えた魔法を使うには代償がいる。


 限界だった。


 随分と長い間、冬を維持してきた。


 体のどこにも熱を感じない。


 足の先から凍りつき、それは今、開かれた瞳にまで達している。


 瞳孔まで徐々に、薄い氷で覆われていく。


 瞳も、もう動かせない。


 幻だろうか。

 眼下の町が光っているように感じた。

 しかしそれもすぐに終わる。

 何も見えなくなる。



 ――ごめんなさい。

シルバさんが帰ってきても、会えなくなっちゃいました。

でも、最期に、最期だから、わがままを言わせて下さい。


......どうか、幸せに。


......どうか、笑ってほしい。


......あなたの、笑顔が見たい。




◆□◆□◆□◆




 ――私は、何も、守れないのだろうか。


 走馬灯。

 過去の出来事が甦ってくる。


 自分の子供の頃。

 両親の顔。

 友の顔。

 師の顔。

 騎士になった頃。

 怯えた様子の四人の少女。

 スノーの顔。

 スノーの泣き顔。

 スノーのすねた顔。

 スノーの寂しそうな顔。

 スノーの笑った顔。

 最後に見た、泣きながら必死で笑ってくれた顔。


 ――最後、あなたは、傷だらけだった。


 ――戦争を起こさないために、冬を終わらせることはできない。

けれど優しいあなたが、民を飢えさせることに何も感じないはずがない。

きっとあなたは、この国で誰よりも傷ついていた。

民を守るために傷ついて、民を思って傷ついた。

本当に、あなたという人は、優しすぎる。

けれど氷細工のように繊細で、傷つきやすい。

それでも、民を守ろうとするから壊れてしまう。


 シルバの瞳から涙がこぼれる。


 ――スノー様。

私は、あなたの傷を少しでも癒したかった。

もう私にはあなたに向けられる顔などないが、せめて、最期に、願いを残せるならば。

この国で、一番傷ついたあなただから、お願いです。


笑って下さい。


幸せな、あなたの笑顔を、最期に見たい。





 シルバから遠く離れた王国、シルバの背後に広がる王国で、一軒の家がぼんやりと輝く。

 さらにもう一軒。

 ゆっくりと、次々に家々が光を宿す。


 光を宿す家はやがて王国の端から端までに至り、光は王国から溢れんばかりに大きくなった。


 一筋の光が一つの家から放たれ、凍った湖を越える。

 それに続くように別の家から光が放たれる。

 絶え間なく、王国中の家から光が放たれた。


 やがて光は目的地に着く。


 背を向けるシルバのもとへ。


 光がシルバにぶつかる。

 その瞬間、シルバは黄金の光を身にまとった。


 ――なんだ......?


 手のひらを見ると、輝く右手。

 ぼやけた視界が一気に鮮明になる。

 全身から光が溢れ出ているようだ。


 やって来る光の塊は止まらない。

 続々とシルバに当たり、その度に光は強くなる。


「ウオオオオオオオオ!!」


 呪われた世界樹が吠える。

 何が起こったと怒り、大量の紫の欠片と火球を放つ。


 しかしシルバの宿す黄金の輝きは、全てを跳ね返した。

 シルバには傷ひとつ付きはしない。

 シルバには一つ、この現象に思い当たる節があった。


 ――これは............共鳴魔法。


 シルバの望んだ最期の願い。

 それは、スノーの笑顔だった。

 誰よりも大切な人の笑顔だった。


 王国の人々は終わらない冬に絶望を抱き、そして皆願ったのだ。

 どうか大切な、大好きな人が、

 幸せに笑えますように、と。


 それを理解したシルバは全身に力を込めて体を起こす。

 片膝立ちになり、離した剣を拾い上げる。

 腰を捻って溜めを作り、剣の先を世界樹に向ける。

 同時、高台全てを覆う大きさで、地面に黄金の魔方陣が浮かび上がる。


 ――絶望に抗う人の思い。受けてみよ! 怪物!!


 シルバは剣を突き刺した。

 魔方陣から黄金の奔流が天に向けて放たれる。


 周囲は昼のように照らされ、轟音は遠くの草木を揺らす。


 剣と世界樹の接点、一筋のヒビが入る。

 黄金の輝きの中、己の全てをかけてシルバは腕に力を込めた。

 ヒビが大きくなる。


 その時。

 王国において一番高い建物、季節の塔。

 その最上階の部屋が黄金に輝く。

 その光は他を追随するように放たれた。

 まるで今から、愛する人のもとへ行くかのように、真っ直ぐに。

 歓喜を表すかのように、より強く輝いて。


 その光がシルバに当たる。

 黄金の奔流が、爆発的に大きくなった。


「うおおおおおおおおおおお!!」



 ついに――


 クリスタルは、決壊する。


 甲高い音をたてて砕け散った。


 世界に、魔力が解放される。


 魔力は世界樹から溢れ、世界を包んでいった。



 シルバはこの瞬間、国を、世界を、


 そして何よりも大切な最愛の姫を、救ったのだった。



 黄金の奔流は徐々に勢いを無くしていき、クリスタルの欠片を全て消滅させると共に消えた。

 そして見上げると空が少しずつ白んでいく。

 夜明けだった。

 あれほど長かった夜が明けようとしていた。


 シルバは仰向けにどさりと倒れる。


 息は、していなかった。




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