第六話
相手とシルバは互いに対面して座っていた。
『世界樹は今、呪われている』
なぜ、相手がシルバの目的を知っているのか、何故シルバを先回り出来たのか、疑問はつきない。
しかし話は全てを聞いてからだと、とりあえず耳を傾ける。
『原因は端的に言ってしまえば、かつての怪物と英雄にある。
彼らの戦った場所、そこが世界樹の真上だった。
英雄の最後の一撃で怪物は打ち倒された。
けれど、かの怪物は人々の悪感情によって生み出された悪鬼の類いでね。
その血肉はまさに人々の思いと反する呪いのようなものだった。
魔力は思いの力。怪物の血は不幸にも魔力を循環させる世界樹に蓋をしてしまった。
......いや、あれこそが怪物の最期の逆襲だったのかもしれない』
シルバはいきなりの内容に、理解は出来ても反応は出来ない。
『そしてその呪いは力だけではどうしようもないんだ。
解呪するには魔法の力が要る。
怪物の呪いを吹き飛ばすほどの強い力が』
見も知らぬ相手からそんな話を聞かされて信じろと言うのか。
信頼に値する根拠も理由もない。
戯れ言だと切り捨てたい。
しかし、相手の言葉に宿る底知れぬ悲しみのようなものがシルバにそれを許さない。
「私では無理、ということか」
『だから言った、力を貸すと』
「......どういう意味だろうか?」
『私の力がそのまま使えるわけではないが、君自身の力として魔法を扱えるようにしてあげよう』
相手は立ち上がると、シルバに歩み寄ってきた。
「むっ......」
シルバは警戒する。
『そのまま、座っていてくれ』
シルバの経験が、相手に敵意がないことを感じさせる。
緊張を保ちながらも、相手の言葉に従うことにした。
相手は手のひらをゆっくりとシルバの額に当てる。
『......応援している。
この世界と、君の姫を救ってみせたまえ』
相手はそう言うと、音もなく消え去った。
あとに残されたシルバは、ただ唖然とするしかなかった。
◆□◆□◆□◆
「これが、世界樹......」
紫のクリスタルで覆われた世界樹は美しい。
周囲は崖になっており、周りには他に物が存在しない。
降り注ぐ雪も手伝い、幻想的な光景だった。
シルバは剣を引き抜いた。
足に力を込めて、弾かれたように走り出す。
世界樹との距離は一瞬にしてゼロとなり、全力で剣を振り抜いた。
甲高い金属の音が鳴り響く。
「ぐっ......」
紫色のクリスタルには傷ひとつ付いていない。
やはり、剣では無理のようだ。
シルバは世界樹から距離をとると、乱れた息を整えた。
地面に剣を突き刺す。
魔法など使ったことはない。
しかし今、まるでもうひとつの腕のように魔法を扱えるという確信がある。
――いったい何者だったのか。
なんとなく予感めいたものはするものの。
確証は得られない。
――とにかく今は、感謝します。
シルバは念じる。
世界樹は決して燃えることはない。
よって想像するのは紅蓮の炎。
呪いを焼き尽くす、灼熱の業火。
そして、思いは現実となる。
世界樹へと向けた右手の前に赤い魔方陣が現れる。
シルバの呼び声に応じて刹那、真っ赤な炎が吹き荒れた。
ゴウゴウと音をたてて、炎は周囲の雪を吹き飛ばしながら世界樹へ向けて直進する。
世界樹と炎が接する瞬間、轟音と共に炎は爆発し世界樹を飲み込んだ。
「ぐあっ!」
シルバにも余波が返ってくる。
腕で顔をかばい、腰を落として衝撃に耐えた。
風が止み、シルバは世界樹を見る。
そこには、雪がなくなり露出した地面に、世界樹が立っていた。
しかし、クリスタルも無傷であった。
シルバの長い戦いが幕を開ける。
◆□◆□◆□◆
見つめる先、遥か遠くの高台で真っ赤な炎が吹き荒れた。
「ああっ......」
スノーはか細い声を出した。
何故かは分からない。
考えれば、そうであるはずはないのに。
スノーには、それがシルバの行いなのだと確信があった。
――あんなに遠くで......
あんなに遠くで、シルバは一人で戦っている。
スノーは、あなたを守ると、一人旅立ったシルバの後ろ姿を覚えている。
シルバはどんな時でも、スノーに弱い姿を見せてくれない。
あのときも笑顔のまま、絶対の自信があるかのように行ってしまった。
それはシルバの姿が、降る雪の影に消えてしまうまで変わることはなかった。
――でも、私は、
でも、スノーは知っている。
シルバが強くないことを知っている。
スノーが泣くのを見るとシルバはいつだって、自分も泣きそうな顔になる。
その表情を隠して、強さを見せて、スノーを元気づけようとする。
それは、シルバが優しいから。
いつでも自分を後回しにして、スノーを、誰かを優先してしまう。
――でも、私はそんなあなたを愛しています。
シルバが戦っているのに、自分は見ていることしか出来ないなんて。
自分の無力が情けない。
他に出来ることなんて何もないから。
スノーはただ、雪を降らす。
例え遠くにいたとしてもこの雪だけは、シルバを励まし元気づけると信じて。
◆□◆□◆□◆
やがて日は落ち、夜となった。
自分の中のこの魔力がどこから来るのかは分からない。
しかしシルバは己の全てをかけて、炎を生みだし続けていた。
今やシルバの着ている服も上半身は黒く焼け焦げ、所々肌を露出させている。
肌にも赤みが差し、火傷は数ヵ所に留まらない。
腕の一振りに応じて自分の背丈を越える炎が、蛇のようにうなり世界樹へ襲いかかる。
爆音と光の炸裂が繰り返され、草木のない高台がまるで山火事のように常に炎に囲まれていた。
鬼気迫るシルバの表情は鬼のように荒々しく、それでいて高潔な騎士に相応しい覇気に満ちたものだった。
炎の渦に囲まれて堂々と立つその姿は、かの大英雄にも引けをとらない勇姿である。
しかし、それは唐突にやって来た。
世界樹が煌めく、何が起こったとシルバが様子をうかがうと突風と共に飛んでくるものがあった。
唐突な出来事にシルバは反応できない。
軽い衝撃。
シルバが下を見ると、紫色のクリスタルの欠片が腹部を貫いていた。
「ぐあああああああああ!!」
たまらず膝をつく。
ぜえぜえと荒い息を吐きながら、自分に起こったことを理解した。
恐らくは怪物の呪いがシルバに反撃をして来たのだ。
それを確信して、シルバは顔を歪める。
油断していた自分を恥じた。
――申し訳ありません。スノー様。
シルバはうつむく。
治療の手段がないこの場所で傷を負ってしまった。
もはや、帰ることは出来ないかもしれない。
シルバの視界が絶望で歪む。
放ち続けた炎も掻き消える。
炎が止んで、目に入るものがあった。
ゆらゆらと舞い落ちる。
雪である。
手のひらを上に向ければ、いくつも肌に触れて溶けていく。
火照った体を冷やし、うずく火傷を癒してくれた。
――あなたはまだ、戦っておられる。
シルバは手のひらを握りしめた。
――国を、世界を、あなたを。
何に代えても守ってみせる。
シルバは顔を上げる。
闘志は更に増していた。
長く息を吐き、少し吸って呟く。
「破滅魔法」




