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第五話

 ――あなた様は決して、間違ってなどいない。


 吹雪の吹き荒れる極寒を、腕で目を庇いながらシルバは歩き続けていた。


 これまでならば今はもう春に当たる。

 終わらない冬。

 シルバは毎日歩き続けた。


 食料の少ない冬の森を越えてから、凍った湖を越え、小さな山を越えた。

 体はもうボロボロだ。

 防寒に使う火の魔石も水の魔石も、もう魔力を多くは蓄えていないだろう。


 ――けれど、恐れなどない。


 また一歩、歩を進める。


 ――これは、あなた様のもたらした冬ですから。

 

 シルバはその時、人影を前方に見つけた。

 吹雪の先に誰かが立っているように見える。


 ――幻覚か......?


 目を凝らして、先を見つめる。


 ――いや、間違いなく誰かいる。


 疑心よりも相手に対する心配が先に立つ。


「おい! 大丈夫か!」


 シルバは声を上げ、走り寄った。


 どうやら相手は、こちらを見て立ち止まっているようだ。

 フードを被っていて、顔を見ることは出来ない。


『私の声が、聞こえるか?』


「......なに?」


『ついてくるがいい』


 シルバの戸惑いに構わず、相手は背を向けて歩きだした。


 相手の進む先にはぼんやりと、洞窟のような影が見える。

 休める場所があるなら休んでおきたい。

 シルバは警戒しながらもあとに続いた。


 慎重に周囲に気を配るも、どうやら自分と相手の他に生き物はいないようである。 


 洞窟の中は薄暗い。

 しかし雪は入ってこないため、ほのかに暖かい。

 シルバは一息ついた。


「何故、あのような場所にいた?」


『君が来ると知って、待っていた』


「......どういうことだ?」


『すまないが、余裕がないのは君も同じだろう?

少し一方的になってしまうが、私の話を聞いてくれ』


 シルバは頷きで答える。


『ありがとう。

まず最初に......、君の目的は今の君では成し遂げられない』


「なっ......!」


 相手は続ける。


『君に力を貸そう』




◆□◆□◆□◆




 「スノー様! どうしたのですか!? ここを開けてください!」


 シルバは季節の塔、最上階の部屋で叫んでいた。

 少し前からスノーの様子はおかしかった。

 青い顔をして笑わなくなった。


 シルバが問いかけても、首を振るばかりで何も答えない。

 それがとうとう今日になって、部屋に閉じ籠ってしまっていた。


 扉を叩いて呼びかける。


「スノー様! スノー様!!」


 しかし中から答えがないことを確認して、シルバは荒い息を落ち着けた。

 スノーが一人になりたいと言うならば、シルバは何も強制しない。

 しかし、シルバは分かってしまう。

 スノーの抱える苦しみを感じてしまう。


 なぜなら彼女は、自分のために人を拒絶など出来ない、優しい子なのだから。

 シルバは静かに語りかける。


「......あなた様が何かに悩んでいらっしゃったのは分かっていました。

私はあなたの騎士です。あなたが助けを求めるときは何を犠牲にしてもお助けする。

これは、あなたがまだ幼い頃に立てた誓いです。

そして、間違いなくあなたは今、助けを求めている」


 シルバは扉に片手を着いた。

 扉は冷たく、冷気を放つほどだ。


「あなたは、賢いお方です。

困ったときには、人に相談することが出来る。

それをしないと言うならば、それは誰かを傷つけてしまうからなのでしょう。

そして、その誰かとはきっと、私なのでしょう。

......だから、あなたは私を遠ざける」


 部屋の中で、微かにスノーの息づかいが聞こえた気がした。

 シルバは歯噛みする。

 自分の無力が情けない。

 こんな方法しかとれない自分が、ひどく情けない。


「スノー様。

私は今、この扉に手を着いています。

あなたが開けて下さらないならば、私が手を離すこともない。

......たとえ、この手が凍傷に失われたとしても、絶対に」


 静寂が満ち、扉は静かに開く。


「ずるい......です......」


 スノーは泣いていた。


「どんな罰でも、お受けします」


 もちろん、スノーはシルバに罰など与えない。

 しかし、シルバにとっては、スノーの涙に勝る罰はないのだった。




◆□◆□◆□◆




「戦争......ですか」


「はい......」


 スノーは全てを語った。

 彼女が妖精さんと呼ぶ光から教えられた全てを。


 全ての発端は魔石に関することである。

 衣食住何においても、この世界で生きる人間にとって魔石は無くてはならないものだ。

 世界に魔力が満ちなくなって数百年。

 魔力が供給されなければ、掘り出される魔石はいずれ尽きる。

 自国で手に入らなければ、他国から奪う。

 そう決断を下した国があり、その標的になったのがスノー達の住む王国であった。

 つまり、このままでは他国が攻めてくる。

 光が伝えたのはそういうことだった。


「確か、なのですね?」


「妖精さん達が嘘をつく必要は無いと思いますし、小さい頃からの友達ですから」


 シルバは頷く。

 スノーと光達の関係はシルバもよく知っていた。


 シルバはため息をつく。

 解決策など、一つしか思い浮かばない。

 そしてスノーも同じ結論に達したからこそ、シルバを遠ざけようとしていた。


「私が行きます」


「っ......」


 世界樹に行き、どうにか魔力でこの世界を満たす。


 方法はこの一つしかない。

 しかし、根拠のない話を語ったところで国の戦力を世界樹に向けることなどできない。

 他国が攻めてくると言うならばなおさらだろう。 

 シルバが行くしかないのだ。


「で、でも、今まで世界樹にたどり着いた人はいないって......」


「そうですね。世界樹の周りには湖があって、そこには人の敵わない化け物が住んでいます。

これは事実であり、実際に調査に向かい発見されています。

そして、化け物を避けられるのは湖の凍る冬の間のみ。

しかし、あるかもわからない世界樹へ向けて、猛吹雪の中、兵を行軍させることは出来ません。

何より、この国は世界樹に接する唯一の国。

そのためか魔石は豊富にありましたから」


 シルバは言葉を一度切る。

 いつの間にか、スノーはシルバの袖を掴んでいた。


「冬の間は、敵も攻めては来られない......。

あなたは、国を守って下さい。

私は必ず成し遂げる」


「だめです......」


「スノーさ――」


「だめです!!」


 スノーは叫んだ。


「なんで、なんで、シルバさんなんですか!?

シルバさんが行くなら私が行きます!!

国を守りながら、世界樹にだって行くから!

だから、ねぇお願いですシルバさん!

行かないで! ここにいて!!

私が皆を守るから! 危険な目になんて、誰にも合わせないから!!」


 スノーは涙を溢れさせる。

 彼女はシルバが行くことに反対しても、他の誰かに行かせることは出来ないのだ。

 ならばと、残った自分に背負わせようとする。

 内に持つ勇気に比べ、あまりに大きな優しさは、臆病な自分を(ないがし)ろにしてしまう。


 シルバはそんな彼女を誇りに思い、深く愛する。

 そっと、いつかの再現のようにスノーの頬を包み込む。


「あなたは優しい。

冬をもたらすあなたの心は誰よりも暖かい。

あなたが皆を守ると言うならば、私は世界を守ってみせる。

あなたのことを、あなたの大切なものを含めて、私は守りたい。

私はあなたの騎士なのですから。

私は冬の姫スノー様に仕える、一の騎士、シルバ。

あなたの起こす奇跡に、私の思いは負けないでしょう。

魔法が思いの力ならば、強い思いは魔法に勝る。

私はそう信じています」


「もし、シルバさんがいなくなったら」


「必ず、帰ってきます。

なにせ、この頬は、離すとすぐに冷たくなってしまいますから」


 シルバは微笑んだ。

 スノーも泣きながら、少し笑った。




◆□◆□◆□◆




 フードを被った者と別れ、シルバは歩いた。

 そこからは、休むこともなく黙々と。


 やがて吹雪は止み、周囲は急な斜面へと変わっていった。


 両手も使って、雪の積もった岩肌を登っていく。


 手の感覚はとうに無くなり、冷たさも感じなくなっている。


 どれ程登ったのか、下を確認するのも(はばか)られるほど長い時間、上だけを見て進んできた。


 そして、ついに――。




「着きました。スノー様」




 シルバの前には、紫色のクリスタルで根から葉まで覆われた、




 世界樹があった。


 






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