第四話
――今も私が冬の姫でいられるのは、あのときのあなたの言葉があるからです。
あなたが冬を大好きだと言ってくれて、私がどんなに救われたか。
きっと、あなたも分かってないです。
あれから、六年。
スノーは毎年、冬の姫として勤めてきた。
隣にシルバがいれば、寂しいことなどなかった。
――だから今は、少しだけ、寂しい。
今、塔の部屋にはスノーしかいない。
部屋の中は外よりも、なおのこと冷たい空気が満たしている。
――やっぱり、私、間違ってたのかな? ねぇ、シルバさん。
スノーはテーブルに乗った本を瞳だけ動かして見た。
◆□◆□◆□◆
「昔は、皆が魔法を使えたんですか?」
スノーはシルバへ問いかけた。
「そうですね。まあ、昔と言っても数百年も前のことですが」
スノーとシルバは共に図書室で本を読んでいた。
『英雄説話』
本の表紙にはそう書いてある。
昔、国をを救ったとされる英雄にまつわる書物だった。
本が好きなスノーへ、シルバがこの本を薦めたのだ。
「今は魔石を使って水を出したり、火種を作ることしかできませんが、昔は個人差はあれほとんどの人間がスノー様のように魔法を使えたそうです」
スノーはうんうんと頷いている。
「その本にも書いてあるのですが、昔は世界に魔力が満ちていたそうです。それを扱うのが昔の魔法であり、魔力を蓄えた岩石が魔石になるとか」
「どうして、今は満ちていないんですか?」
「詳しいことは分かっていませんが、世界樹に原因があると言われています。それも書いてありますよ」
スノーはページをめくって世界樹に関する記述を探した。
「あった......」
『世界樹とは、世界の原点であり、魔力を司る樹木である。
その葉から垂れた雫は、致命傷でさえ即座に癒す効果がある。
世界樹は決して燃えることはなく、傷つくこともあり得ない。
全ての魔に関する事象は世界樹から生まれ、やがて根を伝って回帰する。
ゆえに、魔力は世界を循環していた』
「すごい......」
シルバの見たところ、スノーは書いてあることよりも、なにやら難しいことが書いてある本を、自分が読んでいることに興奮しているようであった。
大人に憧れる年頃である。
『しかし現在、世界樹の何らかの機能不全によって、魔力の流れは滞っている。
これにより、大気に魔力が不足し、多くの人間が魔法を使用不可能となった。
また、魔石の枯渇が危ぶまれており、魔石に変わる新たな魔力資源の早急な開発が求められている』
「すごい......」
「......この辺は少し難しいですね。英雄譚の方に移りましょう」
シルバがページをめくると、一人の人間が、禍々しい怪物と対峙している挿し絵が現れた。
「わあ......」
スノーは本当に本が好きなのだ。
読んでいると、自然と語彙が不足する。
シルバが口を開く。
「これは私も好きな話です。過去の大英雄が単身、民を恐怖に陥れる怪物に立ち向かい、ついには討伐を成し遂げるという物語で、一説では実話であると言われています」
スノーは挿し絵を示して首をかしげた。
「ここのところ、白くなってますけど、どうしてですか?」
そこはちょうど英雄の胸に当たる位置であった。
シルバは少しだけ、渋い顔をする。
「そこは......、破滅魔法によるものです」
「はめつ......?」
「代償を用いれば、大きな魔法を使うことが出来る。
それの最たるものが破滅魔法です。
強力な怪物を倒すため、英雄は自らの心臓を代償として、大魔法を放ちました」
「え......」
魔法の代償については自身にも経験があるため、スノーの顔は青くなる。
「しかし、怪物はその大魔法でさえものともしなかった。
全ての攻撃を跳ね返され、心臓もなくなり、戦いを見ていた全ての人間が勇者の敗北を幻視しました」
スノーが頷く。
「けれど、英雄がまさに死にゆくとき、英雄の体は黄金に輝いた。
最期の最後。英雄はかつてないほどの一撃で怪物を打ち倒し、共に消えていったと言います」
「英雄は死んじゃったんですか......?」
「精霊になったと、言われています」
しんみりとした空気が二人の間に流れる。
「私は前々から、スノー様や私に見えるあの小さな光のことを不思議に思っていました」
「えっ?」
「スノー様は声も聞くことの出来るあの光はもしかしたら、精霊なのではないかと」
「妖精さんのことですか?」
「そうですね」
「妖精さんが精霊......」
「もし本当に精霊ならば、いつかスノー様の前にこの大英雄が現れて、お話しすることが出来るかもしれませんね」
スノーの顔が明るくなる。
「本当ですか!?」
「はい」
シルバは目を細めた。
「いつか、きっと」
◆□◆□◆□◆
――本当に楽しかった。
シルバと共に過ごした日々は、かけがえのない宝物だ。
それから月日が流れ、今より少しだけ前のこと。
スノーが受け持っている今の冬。
それが、もうすぐ終わろうかという時期だ。
スノーは塔の部屋で本を読んでいた。
読んでいるのは『英雄説話』だ。
お気に入りのこの本を、気付かず鼻歌を口ずさみながら読んでいた。
その時、青い色の光がスノーの前に現れた。
「あっ妖精さん」
スノーは笑顔で挨拶をした。
光は慌てた調子でスノーに語りかける。
スノーの表情が変わるのはすぐだった。
青い顔をして、ぼそり、呟いた。
「戦争......?」