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第三話

 ――思えば、あの光が見えたのはあれが初めてだった。


 王国から遠方、吹雪の中で一人の男が歩いていた。

 白髪と顔に刻まれたしわは男が若くないことを表している。

 しかし体は衰えを見せず、動きにはキレがあり眼光は鋭かった。

 腰に下げた剣には王国の紋章が伺え、それは彼が王国の騎士であることを意味していた。


 彼の名はシルバ。

 スノーを主君として誓いを立てた、スノーの騎士である。


 シルバは歩きながら昔に思いを馳せていた。


 そのとき城は大騒ぎだった。

 姫達の消失が発覚したのが昼のことだ。

 それから城の者を総動員して探し回った。

 城にいない可能性が出てくると、騎士による捜索部隊が組まれることになる。


 シルバもそれに参加するはずだったのだが、そこで彼は妙なものを目にした。

 小さな、それこそ指の先ほどの青い光が彼の目の前に現れたのである。


 「これは......」


 初めて見る現象に息を飲んだ。

 光は何も言わないが、それでもその光が何か焦っているのが心に伝わってきた。


 シルバは賭けることにした。

 光の行く先に一人、歩きだす。

 単独行動は処罰の対象だが、姫達の安全には代えられまい。


 森の中に分け入り、光を追う。

 かなりの距離を進んで、日が落ち、さすがに焦りを覚えた頃洞窟が目に入った。


 その洞窟を覗き込むと、姫達が抱き合って震えているのだった。


 シルバは姫たちを保護し、城へと連れ帰った。


 結果が良かったとはいえ、勝手な行動をしたシルバは酷く叱られた。




◆□◆□◆□◆




 単独行動の罰としてシルバには夜間の城の見回りが命じられた。

 その晩もまた、勤めを果たしていた。


 そんなとき、微かな違和感を感じた。

 なんとなく普段よりも明るい気がする。


「......?」


 不審に思い、警戒しながら城内を歩くと中庭への扉にたどり着く。


 シルバはそっと扉を開いた。


 そこにには見上げるほどの光の柱とスノーがいた。


 シルバはスノーと共に妖精達の祭りを楽しみ、巡回中に姿を消したことを酷く叱られた。 


 ――あの頃のスノー様は、まだまだ幼かった。


 それから、シルバとスノーは仲良くなった。

 スノーは特にあの光についてよく話した。

 それまで、自分にしか見えていなかった好きなものが他の人と共有出来るのが嬉しかったのだろう。


 もともと無口な子供だったが、勤務中のシルバを見つけてはよく話しかけた。

 彼を見つけるとぱっと笑顔になる様はシルバの心をとても癒した。



 月日は流れ、シルバとスノーの仲が良いことを知った城の者達は優先的にシルバをスノーの警護に回した。

 だんだんとシルバはスノーの専属のようになり、やがて王のすすめもあってシルバはスノーとの主従の契りを結び、儀式を執り行った後本当のスノーの騎士となる。


 これには、スノーもかつてないほどのはしゃぎようだった。

 シルバは優しい笑顔でそれに付き添っているのだった。




◆□◆□◆□◆




 スノーが十四才になり、秋が終わる頃。

 スノーは四季の姫として初めて勤めを果たすことになる。


 ――あのときは可哀想なぐらい怯えていらっしゃった。


 塔の階段を登る最中、固くシルバの手を握って離さないスノーの姿を思い出し、シルバは笑みがこぼれる。


 塔の天辺の部屋へと着いても、青い顔をして震えていた。


「スノー様、大丈夫ですか?」


「だっ、大丈夫でへっ」


 声が裏返ってよく分からない舌の噛み方をする。

 スノーにとって焦ったり怯えたりするのは日常茶飯事なので、いつも通りと言えなくもない。


 スノーはノックをしようと震える手を扉の方へと近づけるとその前に扉が開いた。


「ひっ」


 スノーの肩が震える。


 中から出てきたのは、秋の姫であった。


「あっ、ようこそ。季節の塔へ。スノー」


 秋の姫はいつも通りの眠そうな顔で、しかし笑顔を浮かべてスノーを迎えた。


「お姉様......」


 ほっとしたように、スノーの表情が緩む。

 緊張が少しほぐれたようだ。


「緊張しなくても大丈夫だよ。落ち着いてやれば簡単。

もし失敗しちゃったら......。そのときは中庭で焼き芋しよう?」


 秋の姫とスノーは真顔で見つめ合う。


「ぶふっ」


 先に吹き出した、シルバである。


「......ふふっ。そうなったら落ち葉集め手伝いますね!」


「うん、よろしく~」


 少し会話をして秋の姫は去っていった。

 スノーの顔を伺えば、やる気に満ちているようだ。


「シルバさん。私、頑張ります!」


「はい。きっと出来ますよ」


 スノーは部屋に入った。

 心を落ち着けて、目を閉じる。


 シルバはその様子を部屋の隅で黙って見ていた。


 スノーの体が淡く輝く。

 光は段々と強くなり、一度強く発光すると、足下に雪の結晶のような青い模様が浮かび上がる。

 室内の気温が下がり、息が白くなる。

 そして、スノーが直視できないほどに青白く輝くと、ふっと光が収まった。


 次の瞬間。


 スノーの体から光の波がドーム状に広がり、町を覆ってさらに広がり、やがて消えた。


 スノーが目を開く、額にうっすら汗をかいていた。

 スノーはシルバの方へ振り返った。


「終わりました......」


「お見事です、スノー様」


 スノーは笑みを浮かべる。

 ふっと力が抜けたように倒れそうになった。

 それをシルバはしっかりと抱き止めた。


「少しだけ、眠ります......」


 限界だったのだろう。

 スノーはそのまま、寝息をたて始めた。

 シルバは優しく微笑む。


「あなた様は、よく、頑張られた」


 スノーの寝顔は穏やかだった。




◆□◆□◆□◆




 それからの月日は平穏に流れていった。

 シルバはスノーと共にほとんどの時間を塔の部屋で過ごした。


 しかし、ある日問題は起こった。


 よれよれと弱った蝶がどこからか部屋に入って来る。

 飛び方が不安定で、スノーの側へ寄ったとき、ついに力尽きてしまった。


 これにスノーはショックを受ける。

 自分の行いは生き物を殺すことなのだと涙を流した。


「それは違います、スノー様。冬は無くてはならないもの。大切なものです」


「でも、でもっ! 冬が来れば多くの生き物が死んでしまうんです。もし、私が冬を来させなければ今の蝶だってもう少し生きられたかもしれないのに!」


 スノーは泣きながら叫ぶ。

 罪悪感でスノーの心はいっぱいだった。


「冬は確かに生き物にとっては厳しい季節でしょう。......ですが、だからこそ生き物は暖かい間に懸命に生きるんです。熊が冬は長い眠りにつくように、小さな植物が雪の中を耐えきるように、生き物は冬を乗り越え、そして生きられるよう懸命に戦うんです。今の蝶だって卵をこの世に残して、満足の中、逝ったのかもしれない。その戦いから目を背けては駄目なんです。生き物の戦う姿はこの世で何よりも、尊いものであるはずですから」


「冬が来なければ、戦う必要もなく幸せに生きられたかもしれない!」


「本当にそうでしょうか。世界の摂理を変えてしまって、この国の生き物はこれまでと同じように生きられるでしょうか。熊が冬眠しなければ、襲われる生き物が増えるかもしれない。冬が無いということは、春がやってこないのと同じです。冬を越えるために働いた生き物達は上手く目を覚ますことが出来ますか? 卵から産まれることが出来ますか?」


「っ......」


 少しスノーは落ち着きを取り戻す。

 けれど、窓の方へ手を向けると言った。


「冬の、雪に覆われた町では人がほとんど出歩きません。人にとっても冬は辛いです。元気に遊ぶ子供も懸命に働く大人も見えません」


 スノーは一度、言葉を切る。

 スノーはいつも寂しかった。

 塔の中にいても誰の姿も見ることが出来ず悲しかった。

 涙を堪えようと下を向いて手を強く握る。

 この先は言いたくない。

 でも、優しいスノーは無視できない。


 「町の皆だってっ、ぐっ、ふ、冬なんてっ!、冬なんて、来なければ良いと――」


 スノーが最後まで言い切る前に、シルバはスノーの顔を両手で包み込んだ。

 頬から耳まですっぽりと優しく包み込む。

 思わず、スノーは口をつぐんでしまった。


 シルバは、静かに語りかける。


「スノー様。どう、感じますか?」


「......へ。ど、どうって」


「スノー様の頬は冷たくなってしまっていますね。私の手は、どうですか?」


 細かな傷の多い、ごつごつした、無骨な、それでいてスノーの大好きな手の感触だ。


「......温かい、です」


 シルバは頷く。

 スノーに窓の外を示した。


「外には人の姿がありませんね。では、皆どこにいますか?」


「家の、中に......」


「そうですね。あの、たくさんある家の中ひとつひとつに人が住んでいます。外は寒そうで、家の中はここから見ていてもなんだか暖かそうです」


 シルバはしっかりとスノーの目を見た。


「人と人が一緒にいて手を繋げば、暖かく感じます。

体だけではなく、心まで暖かくなるんです。

冬は、人と人との距離を近くしてくれる。

誰かと共に暖め合えば、その人が自分にとって、大切な人だと気づくことができる。

その時きっと、人の心も体も春の日のように暖かくなる。

あなたのもたらす冬が、皆に、それを教えてくれます。冬が皆を暖めてくれます」


 スノーは涙を湛えて、震えながらシルバを見返す。

 シルバは微笑んだ。


「だから私は、冬が、大好きです」


「ふっ、うっ、うっ......、うわあああああああああ!!」


 いつもは静かな少女。

 それが今は、大声で泣いていた。

 次から次へと涙を流し、それが頬を冷やし、シルバの手がまた頬を温める。

 シルバの手の中、その手に自分の手を重ね、いつまでも泣いているのだった。

 スノーの心は今、暖かかった。



  




 

 

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