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最終話 転生 前半ー星降るときに願うことー

 リコリスは、数瞬間ぶりに竜宮城の中を散歩していた。やっぱりまだ、一人で部屋の外には出られないこともあってお供も一緒だ。


「なぁ、リコ。人間が嫌いにならないのか」

「うーん。嫌いだけど好きだよ。どうしたの、突然」

「ずっと聞きたかった。リコにあんなひどいことをしたやつらは、罪には問われたけど生きているだろう」


 ふわりと髪を広がらせて、わらう。


「そーだね。ひどいことされたからそいつら死んじゃえ、なんて思わないよ。それにね、せっかく助かった命だもん。だからね、まぁ、そいつらなんてどうでもいいって、あんたらなんて忘れたよって鼻で笑って、勝手に幸せになってやるって思うことにしたの」


 短い人生の中で嫌な感情ばかりにとらわれて過ごすのはもったいない。世界にはこんなにも美しいもので満ちている。心花たちの目に映る自分の姿が、恥じないものでありたい。たとえ、命の終わりをむかえようとも、記憶や心に姿が残してもらえるように。


「リコちゃんらしいです。でも、わたしは納得がいきません。一人で外歩けなくなるくらい繊細なリコちゃんの心をバキバキにした罪は重いと思うの。わたしのかわいい、かわいい妹なのにぃ」


「え、ちょっと、心花? あたし、妹。あたしが姉でしょう」

「だって、家族になった順番的にどう考えてもリコちゃんが妹だよ」

「え、この五年間。心花は妹だと思ってあたしに接してきたの」


狐につままれたような顔でぽかんと心花を眺める。


「うん」


すごくいい笑顔で頷かれた。思わずといった風体で吹き出したレグルスは、口を押えて笑いを堪えている。


「のぉおおおおおおお!」

「そうそう、船長さんにもし指切りを実行することがあるのなら、レムリアにいるわたくしの妹を押してくださいませ。この方々に、アポイタカラ病の研究を邪魔されて大層ご立腹ですのよ。もし、彼らのオペをする機会があるのでしたら是非にと」


 心花はマリアに駆け寄りぐっと感激したように手を握り合う。マリアもそれに付き合いながら、ふと呟く。


「人間を、嫌いになりませんの。わたくしは、きっと嫌いになっておりますの」

「あたしね、人の酷いところをたくさん見てきたよ。愚かしいところも、ひどいところも、叫び出したいほど知ってきた。だけどね、どうしようもなく好きなの。命に必死に縋りつく姿も、死を悼む優しさも、生を大事にする願いも、誰かのために頑張れちゃう姿も。ぜぇーんぶ、好きで好きでたまらないの」


 おかしいねとわらう。戦勝祝いとして、見晴らしのいいデッキを身内と、家族ぐるみの付き合いのあるほんの数人だけ、数時間貸し切った。


「レオくんには、ばれたくなかったのになぁ。議会がいくら長引いても、あたしが壊れるよりも前に火星に戻る手はずだったでしょう」


 隠し通せると思ったのにとふてくされる。

 生きながらにして体が金属に代わっていくリコリスの冒されているこの病は、その金属の希少性ゆえに死体が高値で取引される。また、死後の美しさも相まって死体愛好者や貴族の好事家に高値で取引される。特にリコリスのように若く整った体を持つ者のヒヒイロカネの像は、望外の値段で売り買いされるに違いない。


「アポイタカラ病は発症初期から外見に出るんだろう。初期の症状なら治療法なら、上弦さんは見つけていたんじゃなかったのか。あの人はそれで、火星から追放されたんだろう」


「そうだよ。まぁ、あの頃のあたしは何もかも信じられなかったんだもん。上弦を信頼できる頃には、もう結構病状進んじゃって」


 自業自得だ。助かる術があったのに、世界が狭すぎて、あるはずの選択しすらも見えていなかった。ただ、隠すことばかりに目が言っていた。その隠す力が、竜宮城の人たちとの中を深めたというのだから、幸か不幸か、甲乙つけがたい。


「リコちゃん、上弦先生のことを信頼できるようになってからは、一応、リコは信頼のできる医療スタッフのみ、自分の身体を調べさせ症状を把握し続けていたんだよ。でも、リコちゃんがCOSMAPでずっと隠し通していたって気が付いた時は、もうなんというか一言でいい表せないくらいおかんむりだった」


 竜宮城のスタッフに出来たのは、ただの延命処置と苦痛を軽減させる薬品を渡すくらいだった。それをひどく悔いていた。その顔を見るたびに、胸が締め付けられた。


「はぁ~あ、わたくしの妹、あの有名な医療国家レムリアの天才医師ですの。アポイタカラ病の治療法を見つけちゃったから、火星から追い出されてしまいましたわ。危うく口封じされそうになってレムリアに逃げましたのよねぇ……」


 マリアはそう言ってチラッとリコリスに視線を送る。この肌色の皮膚の映像の下には、赤いうろこでおおわれた異形の身体が今も変わらずにある。ヒヒ色がねという伝説上の金属がある。この病は、人体からその金属が生成される奇怪な現象の仕組みは解明されていない部分の方が多い。


「マリア、あたしの医療データを妹さんに渡してくるかしら。それは好きに使っていいわ。あたしはもう末期だけど、次、この病にかかった人間を助けてあげて欲しい。COSMAPで設けた財産の何割かをあなたの妹さんの口座に振り込むわ。場所もここを提供するわ」


 マリアは首を決して縦には振らずに、横に振り続ける。ただ、じっと何かを待つように懐中時計を見つめる。マリアは視界の端にポップアップされたメッセージを目にした瞬間、にんまりと笑みを作る。


「そんなにうれしいの? マリアって意外に、シスコン?」

「ち、ちがいますの。たしかに妹を尊敬してますし。大好きですの。そうじゃなくて、はぁ」


マリアは天上を見上げて、ふと視界の端に流れていく星を見つめる。つられるようにして、リコリス達も夕立のように振り出したパンドーラ彗星を見上げる。


「レオくん、約束果たせたわね」

「あぁ。そういえば、一緒に見ようと約束したな」


 思えば随分と遠いところに来たと思う。感傷に浸るリコリスを、心花は、泣きそうな顔で見つめる。


「あたしは幸せだったわよ。だって、鬼退治までこの身体が持ちこたえたのだもの。そうね、でも流れ星に願えば、叶えてくれるかしら?」

「う、うん。リコちゃん。お星さまに、……本当の願いをちゃんと口にできたら、かなえてくれると思う。ね、マリアさん」

「そうね」


 そうして、リコリスは、蜘蛛の糸のように天井から垂らされた彗星に願いを口にした。




長々とお待たせしてしまいすみません。あとちょっとです。

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