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九.鬼との決着

 とん、とリコリスが地に足を付ける音が聞こえるか聞こえないか、その瞬間にリコリスの姿がぶれたのだった。ガッン、と硬い何かがぶつかり合うとともに、衝撃波が辺りの看板を揺らした。リコリスと鬼とたった一合交わしただけで、それだけの影響を与えたのだ。


「くっ」


 連戦に続き、病の進行も合わさり、とてもじゃないが最高のコンディションで戦えているとはいいがたい。それでも、この戦いは譲れなかった。たぶん、あのまま地面にへたり込んで気絶しても誰もリコリスを責めはしないだろう。責める人がいても、親しい者たちがその声を論理的に看破するに違いない。それでも、立ち上がらずにはいられなかった。


 リコリスのプライドが、崩れ落ちることをゆるさなかった。

 ギリギリのつばぜりあいをし続けていられるのは、体力が残っているうちだけだ。何せ、少しでもタイミングを見誤ればすぐさま、鬼の鋭い爪で一突きされ、絶命するだろう。

 リコリスは、一撃で鬼の意識を刈り取るつもりでいた。けれど実際はその一撃は止められ、しかもどうやら今のリコリスと鬼の力は拮抗しているらしい、その原因は思っていた以上に鬼が強かったというのもあるがそれ以上にリコリスが自分の力を引き出しきれていないことに合った。


「っう」


 やはり、病の進行が進んでしまっている影響は大きいらしい。実際に強者と戦ってみてわかることもあった。リコリスの付け焼刃の身体を痛めつけ両な戦い方は、むしろ回りをハラハラさせるだけだということが。隣で戦うレグルスはもちろんのこと、女であり怪我も相当ひどいマリアもまた連戦であるのに戦えている。やはり日ごろの鍛錬と努力というものは馬鹿にできない。


「偽物の才能はやっぱり本物の努力と才能にはかなわないものね」


 マリアとレグルスが両側から鬼の集中を乱すように、宙を駆ける。さすが、エリートな騎士だけあってもう空中戦等のコツをつかんでしまったようだ。リコリスが何カ月も何年もかけて習得したものを非常時だとはいえこうして一瞬のうちに習得されるのは悔しいというより堪えるものがある。


 でも、今はそんな彼らの才能が頼もしい。


 鬼の集中が乱れるその一瞬を狙って距離を取り、そこからすぐに脚部に力を入れ鬼に向かい踏み込む。離れた直後に一瞬にして助走を加えた打つ込みを繰り返す。鬼は避けようと考えるがレグルスとマリアの攻撃がそれをさせない。


「はぁ、はぁ。なかなかやるじゃない。でも、あんたがあたしに夢中になっているおかげで、手下どもの動きが鈍いわね。みんなが片づけてくれているわ」


 当たればただでは済まない。そんな破壊力を持った武器を振るい合っているのだ。にやりとつばぜりあいの最中にもかかわらず笑みを鬼は浮かべる。降り注ぐ致命的な鬼の爪の攻撃の乱舞を、小柄な影は最小限の身のこなしで避け続ける。リコリスは、宇宙船竜宮城のコア、ワッカ・カムイとのリンクをそのままに、短期未来予測を利用し続けていた。


「さて、そろそろ決着といこうじゃない」


 避けても次の一手を持っているのはリコリス達だ。

 鬼はリコリスの蹴りを正面から叩き落そうとする。目にもとまらぬというのが比喩にならないほどの速度で降下してくるリコリスの蹴りに、それを叩き落とすべく爪を振るう鬼。 キリキリとした痛みの度合いから、タイムリミットを算出しそれまでに決着がつけられなかったら自分の手でこの鬼を地獄に送り返すのはあきらめるしかないと強く拳を握る。


「はああああっ」


 一声とともに、長い脚が跳ね上がり、牛鬼の樽のような腹に真下から穿たれた。鬼はたたらを踏みながらも、迎え撃つように十本の爪をリコリスへ伸ばす。迎え撃つように振り下ろされた赤い靴に迎撃されたすべての爪が地面に激突する。その衝撃で、自己再生能力のある特殊構造の建物がたわみ、円状のクレーターのようなものを生み出す。

 リコリスはレグルスたちに合図を送る。

 交差する人と鬼。

 金属と爪がぶつかり合う音がして次の瞬間斧が空に舞っていた。


 その瞬間に鬼は勝利を確信した。そう、思わず人語を口にしてしまうほどに。他の鬼の追随を許さないほどの肉体の再生スピードを誇っていた。一つに集中させて高速再生させた爪が確かに女の武器をはじいた。


「勝たっ」


 けれどその次の一瞬の間にリコリスと目が合った鬼がその瞳が消して負けを認めたものではないことに気が付いた。考えてみればおかしいのだ。リコリスの攻撃、余りにも軽すぎた。まるで、本命ではなかったように。


 そして次の瞬間鬼は両側から迫る攻撃に気が付いた。軸足を入れ替えたリコリスの最後の蹴りが思い切り振られて鬼の頭部に命中し、くらくらとした。


「誰の勝ちだって? チェックメイト」


赤が凝縮したそれは形だけ見ればまさしく刀だった。しかしその輪郭は揺れて不安定だ。 刀が高く振り上げられていて、すぐには反応できないことを理解した。そして、リコリスはそんな隙を見逃すはずがなかった。


「……!」


 鬼が、何かを言おうとした。それは、感嘆の言葉だったかもしれないし、また悔恨の台詞だったのかもしれない。しかし、その瞬間、自分が何を言おうとしたのか、鬼が思い出せる機会は来なかった。

 赤い刀は真っ直ぐに突き込まれて、鬼の太い首に思い切りえぐり込むように進んでいく。

 気づいたときには意識は暗闇の中へと落ちていき……その一撃の重みに鬼は耐えきれずにそのまま崩れおちる。


「あ……ぐ……ほッ……」


 言葉にもならない声が出てきて、目の前が暗闇に沈んでいく。そんな鬼を見下ろしつつ、リコリス心臓部に刀を押し込んだ。


「……はぁはぁ……さすがに疲れた。もう、眠っていいよね」


 鬼が動きを停止したのを確認して、リコリスは刀のように鋭くとがったヒヒイロカネの鉱石を手に生やしながら崩れ落ちた。



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